友とダイヤと夢を掘る

2121

鉄のつるはしは持ちましたか?

 地元は掘れば金や銅、ダイヤなどのお宝が出てくる。

 そんな眉唾な話を聞いたのは物心も付かない小さいときで、子どもながらに夢を膨らませたこともあったが、大人が子どもを楽しませるためにまやかしを言っているのだと小学校高学年になった頃には気付いてしまった。

 だから実際に掘りに行ったことは無かったのだが、友人の一宮いちのみやは高学年になっても本気にしていた。けれどどこを掘ればいいかまでは分からなかったから、とりあえず掘っても怒られない場所――一宮の家の庭を何人かで掘ってみたことがある。もちろんすごいお宝なんて出なくて、茶碗の欠片だとかちょっと白い綺麗な石とかがらくたばかりが出てきたけれど、あれはあれで楽しかったなと今でもいい記憶として残っている。

 お宝が出たら総理大臣になるとか、豪邸を建てたいとか、色んなところに旅行に行くとか、チーズバーガーを百個買って食べるんだとか、人生大逆転するとかそんな夢みたいな話をしながら、汗と土まみれになって大きな穴を開けた。穴の深さは一メートル程しか無かったように思う。一宮の親は俺達の様子を見守っていて、「死体を埋めるのに丁度良さそうな穴ね」なんて冗談を言いながら笑っていた。

 夕方になって疲れ果てた俺たちは、落胆をしながら穴を埋めていった。宝なんて何も出なかった。埋めたばかりの湿った土と側に転がっているがらくたを見ながら、二垣にがきは「売ったら金になったりしないかな」と呟いたが誰もそんなことは無いことを知っていた。太陽も沈んで、長かった影さえも夜に呑まれて「帰らないとな」と誰かが言ったから、俺たちは帰路へと着いた。

 肩を落とした友達と十字路で別れて一人になった俺は、夜の道をスキップで歩く。俺も友達と同じように落胆はしていた。けれどそれよりも楽しかったなという気持ちが勝っていた。

 すごく楽しかった。みんなで何かをするのって楽しいんだなと、手に持てるようなお宝は無くとも胸はどこか満たされていたのだった。



 大学生になったときにかつて庭を一緒に掘った友達と飲んでいたら、そこで再びお宝の話が出た。ビール片手に呂律の回らない三橋みつはしが言う。

「採掘してお宝が出るのは、北の方らしい」

 そのことに俺たちは妙に納得していた。この市は南北に長く居住地は南に密集していて、北半分は人が立ち入らない険しい山になっていた。何かが埋められているのならば、きっと北なのだろうとはなんとなく予想できた。

 そんな情報をどこで得たのかと聞くと、大学の研究で地元の周辺地域について調べていたら、郷土資料館で興味深い資料を見付けたのだとか。そこに書かれていたのは、かつて北のある地点で宝を掘り当て、栄華を極めた者の話だったそうだ。

「やろうぜ! 今日は決起会だ!!」

 一宮が言い、アルコールの勢いに任せて俺たちは乾杯をした。六つのジョッキが掲げられ、一気に煽る。

 その後は準備や予定を話し合った。採掘のためのつるはしや装備は、小学校の近くのホームセンターにあるだろう。

 時間はいくらでもある。俺たちは時間を持て余した大学生で、サークルにも入っていなかったしおあつらえ向きに夏休みになったところだった。大学生の夏休みは丸三ヶ月近くある。目的もなく過ごすにはあまりに長いから、遊び半分夢半分に採掘するのはありだろう。

 そして幼馴染みとつるはしを持ち、俺達は採掘に向かったのだった。



 つるはしを使うなんて初めてだったから、すぐ手にはマメが出来てぼこぼこになった。手が痛いと皆でぼやきながら休み休み掘っていく。

 俺たちも大人になったから、子どもの頃のように無計画に掘ったりはしない。掘って整地して、安全性を考えながら深く深く掘り進めていく。

 掘り進めて一ヶ月程経って「お宝なんてないのかもな」なんて言い始めた頃に、頬に土を付けた四塚しのづかが目の前の場所を指差して言った。

「なぁ、なんか硬いものにぶつかったんだけど?」

 見に行くと、その場所は確かに硬い上に何かキラキラと輝いているように見えた。優しく掘り起こしていくと、出てきたのは手のひらに乗る大きさの透明な石だった。その形に俺は見覚えがあって、思わず言う。

「これ……ダイヤの原石じゃない?」

 まじかよ。

 本当に?

 透明な石を皆で回して、光に透かしたり服の裾で拭ったりしながら、観察する。俺はスマートフォンを掲げて電波を確保しつつダイヤの原石を検索して皆に見せたら、それと今掘られた物はとてもよく似ていた。

「――やったー!!」

 俺たちは両腕を掲げて喜んだ。ついにお宝を掘り当てたのだ。

 その周辺は鉱脈になっていたようで他にも大小様々なダイヤが掘り当てられた。その他に、金やラピスラズリも見付かった。これを換金すれば、相当な金額になるに違いない。

 その夜のこと、一宮が掘り当てたダイヤを見て首を傾げていたからどうしたのかと聞くと、いくつかダイヤの原石が無くなっているのだと言う。

「数え間違いじゃない?」

 俺が言ったけど、一宮は絶対に違うと強い口調で言った。

「誰かが隠してるんだ」

 話を聞き付けた他の皆も一様に「俺じゃない」と首を振る。口論になっていたけれど、俺の頭はそれどころではない。なんせ夜だから眠いのだ。

「夜だから俺は先に寝るよ」

 そう言って皆の輪から抜けた。

「おう、おやすみ」

「お前じゃなさそうだしな」

「本当にマイペースだよなぁ」

「そういう純粋なところがいいんだけど」

「お前はそんな風に何も知らないままでいてくれ」

 夜に弱い俺はあくびをしながら仮拠点のテントに寝に行く。

 次の朝はいつものように朝日と共に起きて、簡単な体操をし、カロリーメイトとコーヒーを胃に流し込んで採掘場に戻る。皆昨日は遅くまで起きていたのかまだ誰もおらず、五本のつるはしだけがそこにあった。「そっか」と俺は呟いた。



 大学の夏休みと言わず暇があれば採掘し続けた俺たちは大人になり、宝を換金して生涯年収を遥かに上回る財産を得ていた。

 宝で得た資金で友達は豪邸を建て、旅行に行き、チーズバーガー百個を食べ、その内に一宮が市長にもなった。皆がそれぞれの夢を形にしていたが、俺はまだ採掘し続けている。自分が住む最低限の家くらいは建てたが、家にはたまに寝に帰るくらいだったから皆の広い豪邸とは違って敷地も狭い三階建ての簡素な家だった。

 代わりに宝で得た金で何本かいいつるはしを買った。用途によって使い分けるため大変効率のいいつるはしを一本と、丁寧に掘れるつるはしと幸運を呼び寄せるというこれまた眉唾なつるはしを手に入れた。

「お前は欲がないよな」

 一宮は市長室に俺を呼んでそんな話をした。総理大臣にはなれなかったけれど、彼はちゃんと人を統べる立場に就いて夢を叶えた。

 確かに皆で採掘をし始めたときもそうだったが、一宮は昔から人を率いて何かをするということに長けていた。

「何か叶えたい夢は無いのか?」

 俺にはあまり叶えたい夢という程の物は無かった。考えてもぼんやりとしていて、それなら目の前の採掘をすることが一番重要で有意義なことなんじゃないかと思えてくる。採掘の合間に釣りとかも出来れば、それで。

 一宮は今度二垣の家でホームパーティーをするらしいから一緒に行こうと誘ってくれた。俺はもちろんと返事をして家へと帰る。

 家のポストにはハガキが入っていた。三橋からで、ポストカードの写真から今はフィンランドにいるのだと分かる。ちょっと寒いから、日本に帰ったらゆっくり九州旅行でもしようかなと踊るような字で書かれていた。

 テレビを点けると、美食家の四塚がグルメ番組のコメンテーターをしている。皆が夢を叶えている中、一宮の言葉が思い起こされた。

『お前は何か叶えたい夢は無いのか?』

 欲がないわけではない。皆にどう見えてるか分からないけど、好物をいつでも食べられて、好きなように好きな時間を過ごして、俺なりにやりたいようにやっている。

 俺には何か取り柄がある方ではない。皆が才能を開花させて活躍しているのは俺としても嬉しい。そんな皆に凄いなとは思っても、俺も同じように才能を開花させて何かをしたいと思う程のことはなかった。

 俺の人生なのだし、俺が満足することをすればいいのだ。だから次の日もつるはしを持って採掘に向かった。

 採掘をしながら思う。

 俺の夢は多分、皆と採掘したときに叶っていたのだ。

 ああやって皆で採掘するのが楽しかった。子どもの頃にがらくたが出たことに皆で落胆することも、大学の頃にお宝が出て皆で喜ぶことも、全てが楽しかった。

 俺はずっとこうして掘っていられたらいい。あの楽しさを思い出しながら、こうして掘ることが俺の生き甲斐だ。今でも宝が見付かれば達成感もあったし、今さらその辺の会社に勤めるよりもこうして採掘している方が割はいい。

 だから俺は掘り続ける。

 敢えて俺の夢を語るなら、もう一度皆で採掘をしたかったなって。そんな淡い夢を思うだけで。



 あれから何十年も経って、一宮は市長を退いた。そして一宮は錆び付いたつるはしを持って俺の前に現れた。

「また一緒に掘ろうぜ」

 あるとき一宮は孫に昔の話を聞かせていたらしい。この地域は掘ったらお宝が出るという夢のような話。そしたら、「つるはしを持ってたなんて信じられない。おじいちゃんは力仕事とか出来なさそう」なんて笑われたらしい。だからまた採掘して見返したい、と。もちろんまた一緒に掘ろうぜと、俺は仲間の肩を抱いた。

 錆を落とす研磨剤を取ってくるからと俺は物置に取りに行く。そのとき目に止まったのは、何の変哲もない鉄のつるはしだった。採掘を始めたときに小学校の側のホームセンターで買った、少し効率よく掘れて耐久力のあるつるはし。一番愛用していたつるはしで、今でもたまに手入れをしていたから錆は付いていない。

 お宝が出たときにもっといいつるはしを買ったからよく掘れる物ではないけれど、思い出の詰まったつるはしだった。初心に返って、こういうので掘るのもいいかもしれない。それを手に取りかつての仲間と思い出のつるはしで採掘を始めた。

 しばらくすると噂を聞き付けた二垣もつるはしを持ってやってきた。犬歯に入れた金歯を見せ付けるようにして笑いかける。

「人間ドックの数値がこの頃悪くてさ……。ダイエットがてら採掘するのもありだよね。全身運動で健康になれてお宝も出るなんて最高じゃん?」

 試しに昔から使っているグループの連絡先に三人で採掘している写真を上げたら、三橋と四塚もつるはしを持ってやってきた。

「なんか楽しそうなことやってんじゃん」

「僕らも混ぜてよ」

「まさか二人も来るなんて思わなかったな。旅行には飽きたのか?」

「地元のことを深く知るのもまたある種の旅行かと思ってね」

「採掘に疲れたらまたチーズバーガー百個買うわけだ」

「今度はダブルチーズバーガー百個だ!」

 そんな冗談を言いながら、俺たちは掘っていく。そうして久々に採掘場に活気が戻ったのだった。どうせだからと採掘する場所も、初めてダイヤが出た場所辺りを掘ろうという話になった。大学生のあの日のように、俺たちは採掘を進める。

 しばらく掘っているとつるはしが何かにぶつかった。壊さないように優しく掘っていくと土にまみれた白い骨が出てきた。動物か何かの骨だろうか? まぁそんなこともあるだろう。掘っているとたまに骨が出ることはあるのだ。何かを思い出しかけたけど、俺はもう年を取ってあまり思い出せない。骨は後で肥料かなんかに加工すれば良いに違いない。近くに自分用の畑を作っていたから、そこで使おう。俺は側に置いて作業を続けた。

「六谷……いくらお前はなんでも採掘速度が速すぎる!」

 友達が口々に俺のことをそう褒めてくれた。

 当たり前だろう? 俺は一生かけて採掘していたんだから。それに俺は今ちょっと機嫌がいいから、いつも以上に速いんだよね。誰一人欠けずに皆でまたこうして採掘できて本当に嬉しいんだ。

 マメももう出来ない皮の厚くなった手でつるはしを握り、目の前の石に振り下ろす。

 俺の夢は今も叶い続けている。

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