第5話 擬似愛による歪んだ現実とその依存性
フィリスは大きな笑いを響かせていた。
「笑いすぎです、フィリス先輩」
「ごめんよ、でもすごく面白かった……はひゃひゃ!」
ある喫茶店でのありふれた風景であった。彼女らが暗殺をした後の話であり、これから作戦を遂行しに行くことを知らなければ、ただの学生の会話に聞こえただろう。彼女たちには基本的に善悪はない。この言葉は語弊が付きそうだが、実は言い換えたら殺人に善悪の感情がない。フィリスは暗殺惑星と呼ばれる所に3年間いた。彼女は元々NABOという下級位出身であった。星も下級星ゾィーダ出身である。この話は公に出せない。
周知の事実となってしまうと迫害を免れないからだ。それだけ底辺の底辺の惑星。なぜそんなところに住んでいたのか、それは誰も分からない運命の悪戯という他ない。
菜穂は自然保護区で保護された女性である。精神の汚染度50を超えており、処分か強制更生かを選択された少女である。97%もの機械化を秘密裏に行い殺戮兵器へと生まれ変わった。脳のフォーマットも強引に完了していた。自然保護惑星に居たことが幸いしたのかなんと過去の人としての記憶を残したまま更新することができた。
その後、暗殺者を教育する秘匿の惑星通称「冥府の断末魔」で半年間生活して、メキメキと殺人の腕を上げたのである。もともとは寡黙であったが、同期であったフィリスの溌剌とした笑顔に触発されて彼女とは話ができるようになる。
フィリスと菜穂のクラスには280名ほど生徒がいたが、卒業できたのは6名であった。他のほとんどは落第ということで下級クラスに戻されるか処分、または不慮の事故により死亡した。
暗殺を生業という残酷な集団がいたという事実は恐ろしく不思議な話ではあるが、POPIDがいなくなってしまった前からあることにさらに驚愕させられる。
中央評議会でも話題にはならなかった。この人口が多すぎる宇宙世界で、余分で蔑まれた人間や生活環境下位の悲惨な生活がクローズアップし続けていたのに関わらず、議題に上がることはなかった。
多くの人々の精神汚染のことも考えると大々的に公表するのは難しいのである。
0.01%にも満たない不幸な人間を見るよりも他の99.99%を大切にすることが肝心である。
宇宙人口は今や400兆人。不幸な人間はたったの400億人である。毎年宇宙では20億人ほどの死者が出ている。ちなみに子供の可能生産上限は、生誕星2つで年間最大20兆人である。今も膨大に人が培養されている。現在、人類の自然派性は数億人もいない。数多くの群星協約で基本的には禁止となっている。生産向上で健康指数を上げる目的がいつの間にやら形骸化し豊かな人間や評議会がらみが非常に影響が大きい。
捨てられる200億人を作らなければ人々は怖れを忘れ、本当の意味での自由となる。それはまるで体のすべての細胞が自由に核から離れてしまうことに類似する。恐怖は必要なのである。
そんな境遇を通りながらも今2人は懸命に生きている。そして東宇宙群星域の平和のために表と裏で活躍しているのである。
次の戦場は不思議な場所であった。システムズが5名派遣された。先鋒はいつものようにフィリスと菜穂である。その無人彗星は暗闇、総合演算装置Brynkを使っていても周りがどんよりと暗くて分からない。その時違和感がした。Brynkの不調か、実際の視線と位置情報にやや歪みが出たのである。
10mほど横にいた菜穂がロスト、そんなことはあり得ない。フィリスは慌てて周りの索敵を強化する。菜穂はあの惑星の卒業生だ。簡単に脱落することなどない。
すると、眼前にまさかの人物が立っていた。それは冥府の断末魔と言われたあの闇の組織の教師だった。失われた先生がそこに立っていた。
「ま……まさか……。お前は!」
「言葉が悪いぞフィリス。先生に向かってなんて口の聞きようだ。あと私は弱いものが許せない……。私たちが築いてきた屍の山を卒業した癖に、あいつはなんで弱さだ」
「天狗! 菜穂に何をしたんですか!」
フィリスは驚いて声をあげる。
「少しお仕置きをしてやっただけだ。やはり、体は鈍り切っていた……情けない。情けない」
「何をいっている……。それに今までどこに隠れていた……」
当時の事故を思い出す。生徒20人を犠牲にしたあの事故である。いや事故と片付けられたのだ。実態はただの虐殺だった。この天狗と言われる先生が生徒216人を拘束し拷問にかけた。今でもその地獄のような光景が目に浮かぶ。忍耐を学ぶためと釈明したがそのあまりの残忍で冷酷、そして傲慢で一方的な手法に賛同や擁護するものはいなかった。その後責任を追及されたが失踪していた。
「これをつけるといい」
瞬時に天狗がフィリスの目の前に来る。さっと身をかわしたが、頭にピストルで打ち込まれた、頭蓋骨に数ミリ入り込んだだろうか。
「くっ」
あまりの激痛に思わず声が出たが、それで全てを理解した。これは……。
フィリスはこの頭蓋骨の傷は2つ目であった。暗殺学校での訓練時にこの超小型爆弾をつけられ、そしてその後条件を満たした上で解除された。
自分から解除するのは不可能であり、そして教授の意思でいつでも起動できる。この授業も犠牲者が数名出てあまりの人権侵害として禁止になったと聞いている。
それはPOPIDも関与することができないという最悪の物質だった。なぜ、POPIDが関与できないのだろう、ふと思った。そうかこの状態だからわかる。”POPIDはすでに関与しているのだ”。
「て、天狗、まさかですよね……」
フィリスは天狗をキッと睨む。
「君のミッションは菜穂を殺す事だ、それだけだ。今日の日付変更までに勝負をつけろ。勝負がつかなければ2人は死ぬ。なぜ、怒りを覚えないフィリス君、彼女は半年しか訓練をしていない。それが卒業者だなんて、なんと腑抜けな」
こ、こいつ、ただ遊んでいる。あの時たくさんの生徒を虐殺して、そしてスクールから除名され、逃げたと思っていた。だがこのように非公開で、いまだに当時の生徒たちを探し苦しめ殺し続けている。
「フィ……フィリス……」
目の前には裸にされた菜穂が立っていた。体の所々から青あざや血が滲んでいる。両腕を2人の男に支えられてやっと立っていた。
「あいつら、遊んでいやがったな」
天狗は目に光の無い笑みを浮かべている。
体の数箇所に爆弾を仕込まれているようだった。確かに拉致をされて、そして体を弄ばれた彼女は失態であった。菜穂は優秀だ、だが卒業レベルかというと疑問が残っていたのは確かだ。まだ半人前であるのは本当だ。
彼女の特筆すべきは異常なまでの身体能力と、過去を捨て、人の心までを捨てた残虐性であった。
スクールでの卒業した人数は過去1000を超える、しかしその割合は、直近の過去20%でその人数の80%を選出していた。謂わゆる甘くなったのである。生存率が高まってきている。特に菜穂は半年での卒業なので異例中の異例であった。
「フィリスさん、た、たすけて……」
掠れるような声で懇願している。先程まで暗い笑顔をしていた天狗の表情がさらに冷める。
「今すぐに私が殺してやりたい、だがそれでは怒りがおさまらない。フィリスよ、この弱者を痛めつけ裏切り辱め、なぶり殺してくれ。存分に私を楽しませてくれ!」
フィリスは返事をしなかった。
バン! と菜穂の手首が飛んだ。いくつかの爆弾のうちの1つが起爆したのだろう。
「菜穂ぉ!」
フィリスが叫ぶ。苦しみ顔を歪ませる菜穂。
大笑いをしていた天狗が声を掛ける。
「手首だったか、内臓が飛ぶと更に愉快だったのだが、くはは。もう時間はないな、早く勝負をつけてくれ、すぐに戦わないと今度は左目が飛ぶぞ」
このままでは2人とも殺される……。フィリスは戦闘モードに切り替えて覚悟を決めた。
菜穂もその覚悟に頷き手首の出血を抑え、自らも覚悟を決める。渡された槍を持つ。自分の不甲斐なさは感じている。ここで勝負を避けるとフィリス先輩にまで被害が出る。死ぬのは自分1人でいい。
2人の壮絶な戦いが始まった。
片手の無い菜穂はそれでも強かった、槍が変幻自在にさまざまな角度から飛んでくる、それをフィリスは腕で跳ね除けて、菜穂の腹をパンチでえぐる。血が飛び散る。グッと菜穂は苦痛に顔を歪ませるが、天才と言われた少女……その瞬間槍がフィリスの横腹を襲う、寸前で避け反撃の足が菜穂の側頭部を襲う。思い切り吹き飛ばされる菜穂であった。
地面に叩きつけられ、はねる。だがすぐに手をつき菜穂は立ち上がる。
満面の笑みを浮かべる天狗「さあ、菜穂よ。お前がもし勝てば命だけは助けてやろう!」
なんとか立ち上がろうとしている菜穂に、表情の見えないフィリスが腹を殴る。以前の戦いではこれで大きな穴を作っていたのだが、それ以上の威力のあるパンチであった。カハっと血を吐く菜穂。その瞬間、フィリスはナイフを出した。
太ももをえぐる、さらに苦痛の声が漏れる。
天狗は一瞬、表情が固まった。「ナイフ?」「はは、辱めとはこういうことか」
天狗は少し顔色が変わったようだった。何がおかしい……。
これからなんと数秒間菜穂の体をナイフで差し続けて、そして左目をナイフで刺しえぐり飛ばした。最後に後頭部、勢いがついて骨の一部から破片が飛ぶ。菜穂は血だらけになりながらも、気を失わずに耐えていた。激痛で顔が歪み、残った右目も血で目が開かない。
その瞬間欺かれたことに気がつく。
「計ったな!」
天狗は大声で叫んだ、怒りで唇に血が滲み震えている。そして遅いと分かりつつ起爆させた。飛んだ破片から爆発した。菜穂の体には1つも爆薬は残っていなかった。
天狗は急いでフィリスの爆弾を起動させるが、その寸前、菜穂の頭蓋骨を削った直後、自分のも切り取りえぐっていた。
近くで爆発が起こるが、その瞬間フィリスは間髪入れずに天狗に目掛けそのナイフが一直線で飛ぶ……が、ギリギリの所を怒りに震えている顔の横を通り過ぎる。
壮絶で緊迫した空気。天狗の怒りは天に昇る。
「よくも騙したな」歯軋りの圧が強すぎていくつか歯が折れるほどであった。
フィリスと菜穂は戦闘を続行する。今度の相手は天狗であった。
銃を構える天狗、しかし遠距離からの攻撃は基本的に効果がないことは知っていた。近くに寄る必要があるのだが、不意打ち時とは違い、フィリスも菜穂も警戒レベルを最大まで上げている。そしてフィリスの持つこの特殊なナイフは流石に天狗も簡単には近寄れない。……だが。
天狗の速さは常軌を逸脱していた。想像より遥かに、遥かに早い。
Brynkの予測では追いつかない……、それでもフィリスはギリギリで銃を避ける、本当に寸前、あとは感覚との戦いであった。
目の開かない菜穂もその動きについていた。なんという防衛本能であろうか、視覚以外の感覚に頼り、直撃の間際で避ける、そして槍を振るい反撃する。
それを躱した天狗もその動きに驚く。
2人の反撃が徐々に強くなり、さらに息を合わせる。次第にそれは連携攻撃となり天狗に襲いかかる。少し槍が届いた。……が、傷としてはほぼない。
だが、天狗は一呼吸置くために、後ろに下がり、そして笑う。
「ふふふ、少しはやるようだな」
天狗は合図を飛ばす。
その合図で数百人の軍人崩れのような
彼らは必死である。彼らは完全に殺しにかかってきているのだ。失敗や体たらくなところを見せられないと覚悟を持っている。仲間でも、天狗はそのような半端者を見つけ次第簡単に始末するからだ。
「く……」
周囲から責められて2人の動きは鈍くなる。そして、徐々に追い詰められ死を覚悟した時……、遅れてきたシステムズの2人が参上した。……その瞬間、わずか数秒で襲いかかる僕たちは散り散りになる。ある人は数十メートル吹き飛び内臓の損傷は命に関わるであろう。体自体が破片と化したものもいた。その瞬き数回の間で敵の生存者は消えていく。数百名の僕は一瞬で絶命していった。
「まさか、天狗か!」怒りをあらわにするDDp、彼女はシステムズのリーダー格でありフィリスよりも30歳以上先輩であった。その時の筆頭卒業生であり、過去のクラスでもトップレベル。正義感が強く、今まで戦闘では負けた事がない。容姿も端麗で成人になったとはいえまだ幼さの少し残る美人であった。
「来たか」舌打ちをして天狗は消えていった。
そこに残されたのは傷だらけの者を含むシステムズと多くの屍。その暗黒の大地に怒りすらも消え去ったかのような虚無が広がっていた。
今回の事件を重く見た、システムズを扱う上層部は天狗の行方を追うとともに再発防止を徹底した。
翌日包帯だらけのフィリスと菜穂を見たレイは驚き困惑したという。
依存性 スノスプ @createrT
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