第4話

 仮配属後、今までの研究所勤務に宇宙飛行士の訓練が加わり、忙しい日々が続いた。

 訓練メニューは、無重力を体験し航行中の活動訓練、宇宙服を着てプール内で月面を想定した移動、宇宙服についた砂を落とす作業など。これらの多種多様に亘る訓練を何度も受けて、身体に覚え込ます。二年後の出発とは言え、体力や精神の不適合などの問題が発覚すると躊躇なくメンバーが替わるらしい。補欠(バツクアツプ)が上がることになる。だから訓練だけど緊張感が漂う。


 重要なことは訓練だけではない。ロケットの乗務員は五人である。パーティを組んで無事に月まで到達しなければならない。飛行士経験のあるアメリカ人がキャプテンとなって各人が船内活動する。チームワークも重要だ。


 未だになぜ自分が選ばれたのかわからない。不思議な気持ちだった。臆測だが、千田からは、最年少だったからではないかという。マーシャが推薦してくれた。そんな気もする。


 MBRCとの定期交信で、偶然マーシャ・グリーン博士と出会った。黒島の丁寧な対応が気に入ってくれたらしい。マーシャのリクエストに応えながら、不思議な感情が芽生えた。何回か交信しているうちに恋心を抱いてしまったのだろう。胸がキュッと締め付けられるときがある。仕事中にそんな感情が生まれるなんて初めてだった。ただし、シビアなリクエストには度々へこまされる。

 

 厳しく緊張感ある訓練では心も体も一杯一杯だけど、定期交信では開放感に安堵させられる。

「秀君、送ってくれたデータを確認した。ありがとう。助かるわ」

 偽りのない笑顔のマーシャに弱い。「どういたしまして」と自然にでる笑顔で返した。


 マーシャの問い「ところで秀君、なぜ、ムーンベース研究所があるのか知っている?」に〝地球圏の影響を受けずに、独自にジックリと研究に打ち込めるようになるから〟と答えた。


「そう、こっちは良いところよ。離れ小島と呼ばれているけれど、決してそうではない」


 こっちで研究しないか。と誘われている意味に捉えた。


「先週、二年後のMBRC転勤が決まった。今訓練中なんだ」


「そうなの」マーシャの顔色が悪くなった。「そんな話は聞いていない」


「いいや、一週間前に希望を出していると伝えたけれど」


「忘れていた」何かを我慢する仕草をする。「待っているわ。心から歓迎する」

 感情のないマーシャの言葉に違和感を覚えた。


 二年後、予定通りに月へと向かうロケットに乗り込んだ。

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月の絆 辻村奏汰 @Tsujimura_Kanata

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