side.麗華
「うぉ…間近で見ると、より迫力あるなぁ」
散々愛し合って、二人でシャワーを浴びて、お互いの髪を乾かし合って…気付けば夜の8時を過ぎ。
そんな、なんとも恋人時間らしい時間の使い方をした私達は、ベッドの上で軽く触れ合いながらゆったりとした時間を過ごして…
そして現在。
綾音は突然ベッドから立ち上がったかと思えば、たくさんの百合の花が咲いている背の高い本棚の前まで行って、それを見上げながらつぶやいた。
「一度読み始めたら、止まらなくなって…気づいたら色々買い漁ってた。」
その呟きに対して、私もベッドから立ち上がって綾音の近くに寄りつつ補足してあげる。
「そっかぁ〜。…ねね、麗華のオヌヌメとかあるの?」
私が綾音の隣にぴったりとくっつくと、そんなことを聞いてくる。
「…んー、全部」
その問いに対する私の答えは、これしかない。
「ふは。まぁ、これだけ買い揃えてるんだからそうだよね。」
綾音のいう通り、本当に好きだと思ったものをここに揃えてある。つまり、ここにあるものが私のおすすめなのだ。その中で順位をつけるのはかなり難しい。どの作品も、全人類に一度は見てほしい一品だから。
「綾音は、百合漫画だと何が好きなの?」
私の意見は何の参考にもならないだろうから、逆に私から綾音の好みを聞くことにする。
そういえば、私は綾音の趣味や好きな物なんかをあまり知らない。顔がタイプのアイドルがいることを知っているくらいだろうか。
これまで私は綾音にプライベートなところをかなり線引きされてきた。恋人となった今、改めてそれを実感する。
「いやぁ…タイトルはなんとなく知ってるくらいのはあるんだけど、百合漫画はほとんど読んだ事がないんだよねぇ。」
「え?」
そして早速、その線引きされていた影響が顕著に現れる。綾音の口から、全く予想外の答えが返ってきたから。
横にある綾音と視線が合うけれど、嘘や冗談を言っているわけではなさそう。ということは、綾音は本当に百合漫画を読んだ事がないということになる。
「あはっ。意外?」
「…ええ。…偏見かもしれないけど、当事者こそ同性愛物を好んで読むものなのかと…」
「うん。まぁ、その認識で間違ってはないと思うよ?私も興味自体はものすごくあったから。」
レズビアンである綾音が百合物語りを読まないという違和感は、どうやらちゃんと違和感であったらしく、そこは綾音本人にしっかりと肯定してもらえた。
…けれど、そうなるとやはり分からないのが、興味がある物に綾音が食いつかない理由。
これはレズビアン云々の話ではなく、対象者が橘綾音であるから起こる疑問。
橘綾音という女は、興味ある物に対しての行動力が人一倍ある女だ。だから、そんな綾音が大いに興味を持っている百合漫画を読んでこなかった理由がわからないのだ。
だから私は、綾音の言葉の意味をイマイチうまく汲み取れなかった。
「おぉー…」
そんな風に綾音の顔を見つめながら彼女の内心を考えていると、綾音は何かを考察ように顎に手を置きながらそんな声を出す。
「…?」
「いやさ、超絶美人が何か考え事をしてる時の顔ってやっぱりめっちゃ威圧感あるんだなぁーって。なんというか、迫力があるよね。」
私が首をコテっと傾げて、綾音を見つめるとそんな答えが返ってくる。
どうやら、綾音の観察対象は『私が物事を考えている時の顔』だったらしい。その観察結果を教えてくれた。
「…"可愛い顔"じゃなくて悪かったわね。」
けれど、その観察結果に私は顔を顰める。
『超絶美人』なる単語は普通に考えれば褒め言葉であるとは思うのだが、私にとってそう言われるこの顔はコンプレックスでしかないのだ。
これまでに私が何度鏡の前で、この顔を眺めては深雪ちゃんとの差に溜息を吐いてきたか…その原因である綾音はそれを理解していない。
「あーん、そういう意味じゃないから怒んないでよ麗華〜」
そんな私を、綾音はごめんねぇと言いながらぎゅうっと抱きしめる。
他にどんな意味があるんだと思いつつも、私の眉間に寄っていたはずのシワが簡単に無くなってしまった事を自覚する。
なんだか丸め込まれている気がしないでもないが、綾音にこうされると全てがどうでもよくなってしまうのが私こと高嶺麗華の特性なのだから仕方ない。
思考するのを放棄して、こちらからも腕を回してぎゅっと抱きつくと、綾音は私の後頭部を優しく撫でてくれた。
◆
「…それで、綾音はどうして百合物語りは読まないの?」
少しの間、無言でお互い抱き合って、機嫌がすこぶるよくなった私は綾音の胸元から顔を離してから話を戻す。
そもそも私が怖い顔をしていたのは、この疑問のせいである。ならば解決しなければいけない。でないとまた怖い顔に戻ってしまうから。
すると綾音は困ったように笑ってから、私から視線を外してゆっくり唇を開いた。
「んー…心の狭い女だと思われるかもしれないけどさ。…正直物語の主人公達に嫉妬しちゃうんだよねぇ。」
「嫉妬…?」
「うん。…同じ同性愛者なのに、私の方は全然幸せになれるビジョンが浮かばなかったから。恋が実って幸せそうにしてる主人公達はいいなぁ…って。」
そしてその唇から漏れ出たのは、綾音の心の奥の隠された弱い部分。
恋仲となった事で、縛られていた紐が緩くなったのだろうか。綾音がこんなに簡単に自分の弱い所を話してくれた事に驚いたし、信頼されている証だと思うから嬉しくもある。
けれど、それは同時に綾音が苦しんできたという事実があったという意味でもあって、私の心も綾音に同情するように苦しくなる。
「んふふ。…心配しないで?勿論、昔の話だから。」
恐らく今度の私は悲痛な表情をしていたのだろう。優しく微笑んだ綾音に頬を撫でられる。
「今の私は君のおかげで、誰にも負けないくらい幸せだし。…だから、今なら純粋に漫画が楽しめるかなぁって思って、オススメを聞いたんだよ。」
そして、私が今一番聞けて嬉しい言葉であろう言葉を彼女はくれる。
本心かどうかは分からないけれど、そのままの意味で受け取るのなら私が綾音の傷を癒してあげられた事になる。
私が彼女の恋人として存在している確かな理由が、そこにあった。
咲先生が話してくれた綾音の過去。詳しい内容までは知らないけれど、綾音が命を絶ってしまう可能性があったほどに追い詰められていた壮絶な過去。
そんな過去に私はどうやっても直接干渉する事はできない。とある魔法少女のような、時間遡行の能力は私にはないから。
…けれどこうして上書きをしてあげることは出来る。そして、それは私にしかできない。恋人である高嶺麗華にしかできないのだ。
不謹慎かもしれないけれど、そんな状況を喜んでしまっている自分がいる。このまま彼女を私で上書きし続けて、幸せにしてあげたい。
…そして、私だけの橘綾音に書き換えたい。
「…これ。」
湧き上がるそんな浅ましい欲をどうにか抑え込んで、私は本棚にある一冊の本を手に取って綾音に見せる。
「ん?…『ノンケ女と付き合うとか絶対にありえないから!』…って、うわ…なんか既視感…」
それは全10巻の、私が最初に購入した大人気百合漫画。
当時ずっと私の足を引っ張っていた『ノンケ』という単語を使ったタイトルが目について、読み始めたのがきっかけで出会ったこの本。
レズビアンである女の子がノンケだった女の子に好意を向けられて、『ノンケはキライ』とはっきり言い切ってからはじまるガールズラブコメ。
すれ違ったり、たまに距離が近くなったり、そう思えば次の瞬間にはまた離れたり。とにかく二人がじれったいのがこの漫画のウリ。
「…私はね、この漫画の女の子達に綾音と私を重ねてたの。…ずっと、綾音とこの漫画のような恋愛が出来たらいいなって思ってた。」
内容は全然私達がしてきた恋愛に似てはいないけれど、根本的な部分は同じで、当時は自分もこの子達みたいな恋愛をして、綾音と結ばれたら嬉しいなと思っていた。
その当時の私の思いを、綾音にも共有してもらいたい。知ってもらいたい。そうする事で、私がどれだけ綾音を思っているのかを理解してもらいたい。それがきっと綾音の幸せにつながるはずだから。
そんな思いで、この本をチョイスした。
確かにここにある本は全て私のお気に入りで、順位をつけるのはかなり難しい。けれど、それは本に対する総合評価だ。綾音の事だけを考えて選ぶのなら、最初からこの本一択だった。
「そっか。…じゃあ、読んでみよっかな。」
綾音は私の気持ちを読み取ってくれたのかは分からないけれど、彼女は優しく微笑んで、私のおでこに軽く口付けをしてから本を受け取ってくれた。
「うん…」
返事として、私の方からは綾音の唇に口付けをする。深くはない、触れるだけのキス。
「…ちょっと遅くなっちゃったけどご飯の支度するわね。」
ゆっくりと唇を離した私は、綾音に本を読んでもらう時間を確保する為の口実を口にする。
「え、待って。それなら私も手伝うよ」
しかし、綾音はこういう時絶対に私一人に仕事を押し付けない。だからその反応は予想通り。
「ありがとう。…でも、今回はダメ。」
私は綾音の手を取り、恋人繋ぎで指を絡める。
「…私に、あなたの胃袋を掴むチャンスをちょうだい?」
それから少しだけ屈んで、上目遣いで綾音にその言葉を送る。可愛くない私の、可愛く見せる為の精一杯のポーズ。
すると、繋いだ綾音の手に力がこもったのが伝わる。
「…ぅ、…それはずるいよ麗華ぁ…」
そして綾音がそう呟くと、そのまま手を引かれてぎゅっと力強く抱きしめられた。どうやら私の作戦は成功したらしい。
この家に来てから、綾音の恋人である事に対する自信がつきつつある。こうしたちょっとした私の色仕掛けのようなモノに掛かってくれる綾音を見ると、よりそう思うのだ。
「…なら、お言葉に甘えて…お願いします。」
私を抱きしめた綾音から聞こえる弱々しい声。それは、私の心に花が咲いたような幸せな気持ちにしてくれる。
「ん。…綾音はちゃんとその本読んで待っててね。」
今度は私の方から手を伸ばし、愛しい綾音の後頭部を優しく撫でてあげて、そう呟いた。
酔った勢いでノンケ発言をしてしまった女の子が、ノンケ嫌いの女の子に恋をしてしまって拗らせてしまう話 水瀬 @minase_yuri
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