side.麗華

「ぅっ…ぁっ…!」


 酷く柔らかい身体にきつく抱きしめられて、私の体は快楽で大きく跳ねた。


 もう何度目か忘れた絶頂だった。



 スーパーでの綾音の行動にあてられて、その時点で私の気分はすっかり出来上がっていた。


 勿論、二人で肩を並べて買い物をする事も、日の落ちかけた寒空の下を二人でくっついて帰る事も、私にとっては全部が幸せな事であるのは変わらない。


 けれど内心は、早く早く、と、綾音とこれから過ごす二人きりの世界を心底待ち侘びていた。


 ずっとずっと心に残っていた後悔。綾音を否定し、拒絶し、傷つけてしまった過去。それを精算する機会がようやく訪れた。


 本棚に並んだ百合物語達、勢いで買った百合グッズ、そして、そこにはもう居ない天龍君。


 あの頃とは何もかもが違う。レズビアンであるあなたに本気で恋をする高嶺麗華を、他でもないあなたに早く見せたかった。…そして、その場所であなたにたくさん愛されたかった。


 そんな欲が抑えられなくなった結果が、玄関で性急に綾音を求めてしまった私だ。


 発情した動物にも似た私の行動をあなたが至極理性的に制した時は、内心大きく動揺をした。自分ばかりが綾音を求めているようで、不安に泣きそうにもなった。


 それでも、私の誘いを断ったその理由は相変わらずで。なんとも綾音らしい理由だった事で、そんな動揺や不安は吹き飛んだ。


 ─…全部、私の為。


 思えば、綾音と初めて入浴した際、私のなけなしの性知識で精一杯にした誘惑を、彼女は強靭な精神で耐え切っていた。


 共通するのは、私こと高嶺麗華の為。


 橘綾音という女は、どんなに自分に得な事があろうとも、私の健康や安全面に害がなされる心配があると分かるや否や、全てを捨て置いて私を優先する傾向にあり、それを実行できる強靭な精神を持つ。


 それが高嶺麗華である私本人からの誘惑だとしても、そこに私に何かしらの危険性があるのなら、彼女は踏みとどまる選択肢を取るのだ。


 それは酷く大切に扱われている証であり、愛されている証でもある。


 しかし同時に、"私の精一杯の誘惑を待ってしても綾音の理性は崩せない"…そんな悔しい現実を叩きつけられているのと同義。


 これはどちらかを取ればどちらかを捨てる、どちらを取ってもないものねだりになる選択肢である事は理解している。


 大切にされて、愛されている現状に心の底から幸せを得ているのも事実。


 …それでも欲深い私は、そんな綾音の余裕を崩して、我を忘れる程に、ただ私を求めるだけの獣にしてしまう程の魅力が欲しい。…そう、願ってしまうのだ。


 それもこれも、綾音との性経験の差に焦る自分がずっと心に居座っているせい。


 性的技術が皆無に等しい私は、とにかく綾音の視線を釘付けにする為に、必死になるしかなかった。


 ただ、今回は綾音の方も相当我慢をしていたらしい。私をお姫様抱っこで寝具まで運ぶと、そのまま私に覆い被さるように倒れ込み、綾音の方から深くて長いキスをしてくれた。


 それだけで頭の中は、綾音色一色になり、抱えていた不安や、本来の目的であった過去の清算の事なんかも、その時だけは全部消え去った。


 …加えて、服を脱ごうとした私に綾音がくれた言葉。


『…その服、着たままでシたい。』


 最初こそ、その言葉の意味を理解できなかったし、少しだけ不満を覚えた。もう私の身体に飽きてしまったのかと不安にも襲われた。私としては綾音と素肌を合わせて深く深く繋がりたいと思っていたのに。


『私の服着てる麗華を見てると、よりこの子は私のモノなんだって思えて…


 しかし、続いたその言葉は私の心をこれでもかと満たした。


 偶然にもその言葉は、私がずっと欲しかった言葉だったから。


 綾音の家で、綾音と肌を重ねすぎた結果、私服を汚しに汚し、着る服が無くなって借りた少し大きめのパーカーに心から感謝する。


『ごめん…ちょっと気持ち悪かっ…んっ…』


 だから、せっかく綾音が見せてくれた欲を彼女がまた隠してしまわないように、下から綾音の唇に吸い付いて、その言葉を遮った。


 …それからはお互い我を忘れて、上の服は着たまま激しく行為に及んだ。



「ごめん、やりすぎた…大丈夫?」


「…んーん。…平気。」


 肩で息をしている私の頭を、申し訳なさそうな顔をして撫でる綾音。


 まだ身体の関係になってから日は浅いけれど、彼女の言う通り今日の綾音は過去一番に凄かった。


 それを反省する綾音はやはり、私の身体を第一に考えてくれているよう。でも私としてはただただ心満たされた行為だったので、何も気にすることではない。


 眉を下げて私を見つめる綾音の頬に手を当てて、私は安心させるように笑みを浮かべて口を開く。


「…だって私、あなたのモノなんでしょう?」


「うぐっ…」


 そして言い放った私の言葉は、綾音の羞恥心をかなり刺激したらしい。


 綾音は片手で自分の真っ赤になった顔を隠して、私から視線を外し、悶えだす。


「ふふ。…なぁに?今更照れる事?」


 そんな綾音がおかしくて、クスクスと笑って、ここぞとばかりに攻め立てる。


 綾音との行為を終えて、ここまで余裕を持って話す事ができたのは今日が初めてだった。


「いや、あんなクサイ台詞いっぱい言っちゃってさ…ほんっと、はっずぅ…」


 ぁー、ぅー、ぁー…と、声にならない悲鳴をあげている綾音に、また笑みが溢れる。


 カレシャツならぬ、カノシャツ(パーカー)にこんな効果があったなんて知らなかった。綾音が行為中ずっと『私のモノ』と耳元で言ってくれていたその甘い声が、今も耳に残っている。


 そんな事を思い出しながら、羞恥に悶え続ける綾音の服を摘んで引っ張る。


「…私はすっごく嬉しかったよ」


 そして、私の素直な気持ちを伝えた。


 綾音の囁いてくれた言葉は、私が求めてたモノだ。


 まだまだ性的な技術の差に不安を抱く事はあるけれど、私を自分のモノにしようとする綾音の独占欲は私の心を安心させる。


 ずっとずっと永遠にあなたのモノでありたいと、あなたのモノでいさせて欲しいと願う私の欲を満たすのだ。


 そんな私の心の音を聞いた綾音は、ぴたりと動きを止め、次の瞬間には顔を隠すように横たわる私の上に覆い被さってきた。


「…もう。あんまり可愛い事言わないでよ麗華」


 そしてそう言いながら、両腕で私の頭を力強く…でも壊れないように優しく、そんな不思議な抱擁で抱き抱える。


 私の言動一つで心揺さぶられる綾音を見ると、どうにも堪らなかった。


 そのなんとも幸せな感覚に私の表情に自然と笑みが溢れ、綾音のふわふわでいい匂いのする髪に顔を埋める。


「…私、と比べて随分変わったわよね」


 そして自然な流れで、私がこの部屋に綾音を呼んだ目的、その事について触れた。


「…そう、だね。」


 すると、ぎゅっと身体を固くした綾音はどこか歯切れ悪く言葉をどうにか紡ぐ。


 その反応を見て、綾音はまだ私をレズビアンの道に呼び込んでしまった事を後悔しているのだと察した。


 そして実は、その反応は私の読み通りだったりする。


 私の部屋に呼んだ理由に、綾音の罪悪感を払拭させてあげたいという気持ちも含まれていたから。


 優しい綾音のことだから、私を普通の道から外してしまった事をきっといつまでも引きずるのだろう。


 …もしかしたらまだ私を普通の道に戻す事を諦めていないのかもしれない。でも私はそんな事許さない。言った通り私はどんなに険しい道に足を置こうが、死に物狂いで綾音にしがみつくつもりだ。だから綾音にそんな気持ちがあるのであれば、ここで全て消し去ってやる。


「…ねぇ綾音。見て?あの本棚。」


 私に覆い被さっている綾音の背をポンポンと叩き、視線を本棚に誘導する。


「…ぉぉぅ。…見事に百合の花が満開に咲き誇ってるなぁ。」


 ゆっくりと顔を横に向け、本棚を見た綾音は少しだけ引いたような声音でそう呟く。


 そこにあるのは、百合、百合、百合、百合…綾音が比喩したように百合の花が咲き誇っていた。


 私は、そんな百合色の本棚に視線を釘付けにされている綾音に問いかける。


「…覚えてる?あそこで綾音がNTR風の動画を取った事。」


 私達が最初にすれ違ってしまった最初のお泊まり会。


 そこで綾音がおもむろにスマホを取り出して、自撮りした動画。


『ごめんね漫画君〜。聞いた?君の彼女、俺の方が好きだって〜!いぇ〜い見てるぅ〜?』


「え…あぁ…あったねぇ〜そんな事。」


「あの通りになったわね」


「ふひ。確かに〜」


 今となっては現実になったあの動画を思い出してクスクスと笑う綾音。


 私はそんな綾音の服を摘んで、更に聞きたかった事を口にする。


「…ねぇ。あの時、どう言う気持ちであれを撮ったの?」


 綾音への好意を自覚してから、ずっと気になっていた事だ。


 あの時の綾音の心境が知りたかった。


「…うぐ。…今日の麗華さんは私の羞恥心をよく煽るねぇ…」


 私の問いに、また私の首元に顔を埋める形で恥ずかしさを堪える綾音。それほどまでに恥ずかしくなるような気持ちが、あの時の綾音の胸にあったと言う事。


 そんなの、やっぱり聞きたい。


 私は綾音の顔を強引に私の方に向け、鼻と鼻がキスをする距離で、その潤んだ綺麗な瞳を見つめる。


「…ねぇ、教えて」


 すると、赤かった顔を更に赤くする綾音。


 それからキョロキョロと視線を揺らして、目を瞑ってから覚悟をしたように溜息を吐いて、再び私と視線を交えた。


「…正直、むしゃくしゃしてたからあんまり覚えてないけど………多分…麗華の事本気で奪おうとしてた。」


 そして言われた言葉に、今度は私が顔を赤くする番だった。


「…………………………そう。」


「ぁぁぁ…もうっ!…はずいなぁ…!!というか、麗華も照れてんじゃん!?自爆してんじゃん!?!?」


 お互い羞恥心を刺激された状態で、お互いの頬を両手で挟み、お互いを見つめ合いながら、なんとも言えない空気を2人で味わう。


「…もぅ…まぁ、そんでさ。…私にまんまと寝取られた麗華さんはさんをどうしたんだっけ?」


 そんな空気を綾音はどうにかしようと思ったのだろう。


 今度は私の羞恥心を煽ろうと、こちらに矛先を向けてきた。


「…は?」


 …しかし、それの発言は明確に私の中の地雷を踏む発言だった。


「え?…うわっ…!?」


 私は勢いよく身体を起こすと、綾音を仰向けに倒し、お腹の上に馬乗りになり、顔を落として私の長い髪をカーテンのようにして、逃さないようにその中に綾音の顔を閉じ込めた。


 何が何だかわからないと言う状態の綾音に、私は更に顔を寄せて鼻と鼻でキスをする。


 そして、私は綾音の発言に対して、口を開いた。


「…私、綾音が全部初めてなの、知ってるでしょう?」


「…え、う、うん」


「…なら、冗談でも"元カレ"なんて単語、使わないで」


「理不尽!?…麗華がNTRって単語を出したから乗っただけなのに!?」


 私が怒った理由は、単純。


 初恋も、ファーストキスも、処女だって、全部全部綾音にあげた。


 それなのに、その気持ちを無かった事にされるようなその単語は、冗談でも見過ごす事ができなかった。


 面倒臭いと思われようが、それだけは譲れなかったのだ。


 ぎゅっと肩を掴む手に力をこめて、視線を綾音の瞳から逸らさない。絶対に譲らないと言う意思を、見せつける。


 …すると、綾音はそんな私を見つめて困ったように笑い、肩にある私の手から逃れると優しく下から私を引き寄せるように抱きしめた。


「…はいはい、ごめんね。」


 そうして倒れ込んだ私の耳元が綾音の口元にくると、赤子をあやすようにポンポンと背中を叩きながら謝罪を口にする。


 一応謝罪をもらえた事はよしとする。でも、どこか本気にされてない事が不満だったから耳たぶを甘噛みしてやった。



「…そんで?麗華ちゃんは"彼氏になりかけた彼ら"をどうしちゃったんですか?」


 それから綾音は、同じ轍を踏まないように言葉を選んで再度問うてきた。


 しかしその声音が、どこかおかしいことに気づく。


「…綾音、なにかちょっと怒ってる?」


「…怒ってないヨ」


「…嘘」


「……………んー…少しだけ?」


 思った通り、どうやら綾音は少しだけ怒っているらしい。


 普段滅多に怒らない綾音だからこそ、その変化にはすぐに気づく事ができた。


 私が面倒臭い事を言ったからだろうかと、少しだけ不安になる。


"絶対に譲れない"なんて強い言葉で自分を肯定しておきながら、途端に不安になるのはあまりにも意思が弱すぎる。


 けれど綾音に嫌われては元も子もない。


 どうにか取り繕おうと、綾音の手を取り、恋人繋ぎをして、ぎゅっと握りしめる。


「あはは。違う違う。麗華に怒ってるわけじゃないから安心して。」


 すると、私の不安が伝わったのか、綾音はクスクスと笑ってそれを否定してくれた。


 それに心の底から安心した私は、綾音の首筋に顔を埋めて、絡んだ指をさらにキツく締め付けた。


 そうすると綾音はまたクスクス笑って、その怒りの矛先を教えてくれた。

 

「…好きな子のさ、昔好きだった男の話が話題に上がるの…普通に嫌だなって思っただけ。」


「…綾音も、そんな風に思う事あるんだ」


 その言葉を聞いた感想は、純粋な驚きだった。


 綾音の独占欲を度々感じる事はあったけれど、まさか元カレでもなければこの世に存在すらしていない男に対して怒りを露わにするなんて。


 普段は殆ど怒りを見せない綾音の、その意外な沸点に、胸の奥からグツグツと歓喜の熱が昇ってくる。


「…当たり前でしょ」


 そんな綾音はどこか照れくさそうにぼそっと呟く。


 それを聞いた私は、また身体を起こして馬乗り状態に戻る。


「…前にも言ったけれど、全部捨てた。お金として手元に残るのも嫌で、全部全部一冊残らず捨ててやった。だから私の元に彼らの一欠片も残ってない。何一つ…本当に何一つ残ってないわ。」


 そして、どうにか綾音に安心してもらおうと、事詳細に彼らの終幕を語ってやった。


 しかし、証拠がないのが悔しい。こんなことならば、綾音の目の前で燃やしてやればよかっただろうか…


「…くひひ。」


「…なに」


 …そんな物騒な事を考えていると、綾音は一人おかしそうに笑い出した。


 私としてはとても真面目に向き合っていたのだけれど。なにがおかしいのか。私の中にまた不満感が訪れる。


「んー…改めて聞くと爽快感?…なんか、めっちゃ嬉しい気分。」


 しかしどうやら、私が彼らを盛大に捨て去った事に笑っているだけらしい。


 恋人繋ぎをしていない方の手が、下から伸びてきて私の頬を撫でる。


 その上機嫌な様子の綾音に、私はまた少し驚きながら問う。


「意外ね…綾音の事だから、私を同性愛者にしてしまったことに罪悪感を覚えていると思ったんだけど。」


 すると、私の言葉を聞いた綾音の表情が、満面の笑みから途端に真剣なものとなる。


 その真面目な表情のカッコ良さに、思わずドキッとする。


「…そりゃ、前はずっとそう思ってたよ…けどさ…」


「…もう、無理なんだよね。…麗華の事、離してあげらんない。」


「っ…」


 そして、言われた言葉に、さらに心臓とおへその辺りがきゅぅぅぅ…っと、キツく締め付けられる感覚を覚えた。


 歓喜とか、幸せとか、もう色々な感情が混じって、大変な事になっている。


 …まさかこんな唐突に、綾音の本音が聞けるとは思わなかったから。


 バクバクと煩い心臓。


 そんな私を見て、綾音はフッと軽く笑って言葉を続けた。


「だから、それについてもう"ごめん"とは言わないし、言えない。麗華が私の事を好きになってくれた事、今は心の底から喜んじゃってるんだから。」


 私はそれを聞いて、完全にノックアウトした。


 ゆっくり倒れ込み、綾音の首あたりに顔を埋める。


「…なら、いい」


 そしてまた、絡めた指に力を込める。


 それからゆっくりと顔をあげ、綾音の唇に自分の唇を軽く重ねた。


「…これからも、永遠にそうして。…私を逃さないで。私から逃げないで。」


「…うん。」


「…絶対よ」


「うん。約束するよ。」


 そしてそんな言葉を交わすと、今度は深いキスに変えてもう一度口付けをする。…もう、言葉は要らなかった。


 思わぬ形ではあったが、私の後悔してきた過去が精算できた。


 しかもそれだけでなく、未来の約束まで取り付けた。


 本当に、勇気を出してこの部屋に綾音を招いて良かったと思う。


 色々な不安はあったけれど、今はただ、綾音と思いを交わせたこの奇跡に感謝する。


 …散々愛し合ったと言うのに、結局そのまま私達はもう一度深く愛し合った。

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