side.綾音

「やっぱ年末年始は混んでますなぁ〜」


「えぇ。そうね。」


 ママと咲ちゃんに話を通し、麗華の家で年を越すことになった私達。


 帰り道。現在私達は麗華の家の最寄駅の近く、そこで麗華がよくお世話になっているというスーパーに買い出しに来ていた。


 しかし、年末年始という事で色々なものが安くなっていて、店内は大賑わい。行列に埋もれて中々前に進めず、かれこれ30分は店内にいるけれど手に持っているカゴの中は見事にスカスカである。


 そんな、普通であればストレスが溜まりそうな状況であるが…


「…んふふ。」


 麗華はスーパーに来てからずっと私の腕に絡みつき、ぴったりと体を引っ付けて、ニコニコと満面の笑みを浮かべていた。


「随分幸せそうな顔するねぇ〜」


「ええ。幸せだもの」


 私の言葉に、麗華はこれまた心底幸せそうな笑みを浮かべて、さらにぎゅっと身体を寄せてくる。


 その麗華の内心は察せる。私も同じ気持ちだし。


 …でも、少しだけ意地悪がしたくなった。


「え〜?こんな状況で?」


 私は視線をキョロキョロと動かし、人混みを指すようにして麗華に問う。


 その瞬間、麗華がひっついている私の左腕にぎゅぅぅぅ…っと、中々に強い力が加わった。


 思った通りの反応にニヤつくのを我慢しながらその方向を向くと、さっきとは打って変わって頬を膨らませた麗華と目が合う。


「……この状況が。」


 さっきまで幸せそうに微笑んでいたのに、美人特有の鋭い視線と低い声で私にその不満を訴えてくる。


 ちょっぴり可哀想だと思うけれど、やっぱり私はこうして感情をストレートに表現してくれる麗華が大好きだ。だからこうしてちょっかいをかけたくなるのだ。


「ふひひ、ごめんごめん。…わかってるよ。私もこうして美女とくっついて買い物できるの、めっちゃ幸せだから。」


 麗華の可愛い部分は存分に堪能できたし、しっかりフォローを入れる。


 すると、麗華の膨らんだ頬は簡単に潰れ、口元がゆるゆるになる。なんとも単純で、やはり愛らしい。


「…いじわる。」


 けれど、私に遊ばれていたのが分かって、少しだけ不満が残っているのだろう。麗華はどうにかゆるくなった口元を正そうと、下唇を噛み締めて溢れる笑みを抑え込んでいる。


 なんとか私に対抗しようとするその必死さが、また愛らしい。


 もう少しこの可愛い姿を拝んでおきたい気持ちもある。…が、やりすぎも良くないだろう。


「っ…ぁ、ぁやね…?」


 私は、隣に寄り添う麗華の頭を掴み、自分の方に倒すように抱き寄せた。


 そして、その勢いのまま麗華の頬に軽く口付けを落とした。


「っ…」


 すると、麗華は目を大きく見開いたかと思えば、次の瞬間にボッと音を立てて顔を真っ赤にする。


「…大丈夫。他の人は買い物に夢中で私達のことなんて見てないよ」


 焦るようにキョロキョロと周りに視線を送りながら何か言いたげな麗華に先手を打って、もう一度麗華の頭を掻き抱き、耳元でそう囁く。


 それを聞いて、一度びくっと身体を跳ねさせた麗華は、頭を私の肩に乗せて脱力した。


「…ぅ、ぅん」


 そして、私が貸してあげた少しブカブカのパーカーの裾で口元を隠しながら、控えめに頷いた。


「…こうしていると、私達、買い物に来た夫婦みたいね。」


 そんな可愛い反応に満足していると、その隠したお口でそんな事をボソッと呟く麗華。


 思わぬ無自覚な反撃に、今度は私が顔を赤くする番だった。



『ぁぃざいあしたぁー』


 最早なんと言っているのかわからない店員の言葉を聞きながら、ようやくお店の外に出る。


 たいして大きくないスーパーであったが、結局1時半ほど居座ってしまった。主に会計に並ぶ行列にかなりの時間待たされた結果だ。


 それでも、麗華と同じように私もその状況がまるで苦じゃなかった。それもこれも、こうして店外に出てもいぜんとして変わらず私の腕に絡みついてニコニコしている恋人のおかげである。


「たくさん買ったね。」


 ほぼ食材だけで、合わせてLサイズのビニール袋4つ分という中々の量。そのうちの3つを私が持ち、1つを麗華に持ってもらっている。


 彼女の前だから格好を付けたかったという面もあるが、どちらかと言うと麗華にくっついていて欲しいという気持ちから私が多くビニール袋を持つことにした結果だ。


 最初こそ持つ量は半分に分けようとしていた麗華であったが私の気持ちを正直に伝えると、また照れたように顔を赤くして納得してくれた。本当に可愛い子である。


「ええ。これだけあれば年明けまで外に出ずに済みそうね。」


 私の言葉に返事をする麗華の口角が、何かに期待するようにまた上がる。


「…外もいいけれど、やっぱり二人の空間が好きだから。」


 …その理由が、これだ。


 ありがたいことに、咲ちゃんがお年玉と称して結構な金額を包んでくれた。それを使って買い溜めをしようと言い出したのは、麗華の方だった。


 今言った通り、麗華は年越しまでなるべく家から出ずに、私と二人きりになりたかったらしい。


 そんなの私だって同じ気持ちだし、なんなら一生二人きりで、誰にも邪魔されず、ずっとイチャイチャだけして過ごしてたい。


 だから勿論、麗華のその提案を受け入れ、こうして食材を大量に買い込んだのだ。


 そんな可愛らしい理由を持つ麗華を見れば、今の発言が少し恥ずかしかったのか頬を赤く染めて、また私のパーカーを萌え袖にして口元を隠していた。


 その可愛さに内心悶えながら、横からする頭突きのように頭同士をコテッとぶつける。


「…うん。早く帰ろっか。」


 そしてそう呟くと、麗華は私の服をギュッと強く握って返事をしてくれた。



「お邪魔しまーす!」


 麗華が自室の鍵を開き、後に続いて玄関に入った私は元気よくその言葉を口にする。


 それから買い物袋を廊下に置くと、一気に体が軽くなった。3つのビニール袋と麗華の重みを受け止め続けた腕は、なんだかんだ結構な疲労感を覚えていたらしい。軽くぐるぐると肩を回すと軽い音がした。


「お疲れ様、綾音。」


 そう労ってくれた麗華は、私が乱雑に置いたビニール袋を丁寧に廊下の端に避け、並べ替えてくれる。その几帳面な性格と比べると、なんだか自分の雑な性格が少しだけ恥ずかしくなった。


 いずれこの子と同棲する事を考えるのであれば、少しずつ意識して直していこう。


 整理整頓していく麗華を見ながらそうやって反省していると、それを終えた麗華は立ち上がり、私の方に両手を広げて見つめてきた。


「…でも、違うでしょ?」


 その姿と、意味のわからない言葉を不思議に思いながら見つめ返していると、麗華の頬が徐々に膨らんでくる。それすなわち、麗華が私の何かに不満を持っていると言う事。


「…あー、えーと…」


 だが麗華が何に不満を持っているのか、必死に考えてみるけれど今回ばかりはどうしても分からなかった。


 麗華は手を広げて私を待っているわけだし…とりあえずでそこに飛び込んで、その華奢な身体を抱きしめてみる。


 数秒…しかし、どうやらこの行動は不正解らしい。麗華はほぼ無反応で、私の身体を抱き返してはくれない。


 どうしたものか…と、必死に思考を巡らせていると、中々答えが見つけられない私に痺れを切らしたのか、麗華の片手が私の服をぎゅっと握って、ちょんちょんと引っ張った。


「…夫婦」


 …そして、ボソッと呟かれた言葉ヒント


 その一言で、麗華がスーパーで口にした"夫婦設定"が、彼女の中にまだ残っているのだと察した。


 だとするならば、『違うでしょ』という否定は、『お邪魔します』という言葉に使われた物だろうとあたりがつけられる。


「あ、あぁ〜…!ふ、夫婦ね夫婦!そうだよね!私達夫婦だもんね!」


 その場合の、私が言うべき言葉を考える。


 私たちが夫婦だとするのならば、麗華の家であるここも私の家という事になる。すると自ずと答えは絞られる。


「…ってことは……た、ただいま?」


 そして辿り着いた答えを、疑問系だが口にしてみる。


 そうすると、私の身体にスルスルと麗華の腕が絡みついてくる。


「…うん。おかえりなさい綾音。」


 それから、笑みを噛んだような小さな声で返事をしてくれる。どうやら私の辿り着いた答えは正解だったらしい。


 …うん。やっぱり麗華は果てしなく面倒くさい女の子である。交際してから更にその面倒くささに磨きがかかってきている気がする。…だが、そこがいい。麗華のそういう所がチャームポイントなのだ。可愛くて仕方ないのだ。


 私の首元に顔を埋めている麗華の表情は確認できないが、きっと夫婦ごっこが出来た事に満足して満面の笑みを浮かべているはずだと想像がつく。


 それが愛しくて、絹よりも繊細な黒髪を撫でながらそこに何度もキスを落とす。すると、麗華はそれに返事をするように私の首筋に舌を這わせ始めた。


 私の方はまだ靴も脱いでいないというのに、玄関先で馬鹿ップルよろしくイチャイチャしている私たち。なんとも間抜けで、幸せな空間である。それこそ本当に、夫婦にでもなった気分だ。


 暫くそうしてお互いがお互いの好きな部分に唇を押し付け合って、数分。麗華は私の首から唇を離し、今度は私の耳に唇を当ててきた。


 麗華の細い吐息が直接的な刺激となり、鳥肌が立つ。


「…やっと…二人きりになれたわね」


 そして囁かれた言葉。


「くひひ。そうだね〜」


 その吐息のくすぐったさと、むず痒い幸福感に、思わず笑みが溢れる。そして、そのくすぐったい感覚に耐えるように、麗華の体を抱きしめる腕に力を込めた。


「とりあえず、食材を冷蔵庫に入れちゃおっか」


 それから、トントンと麗華の背中を叩いてその言葉を言う。


 体を離すなら話の流れ的に今が丁度いいし、真冬の玄関にずっと居座っていては麗華の身体が心配だ。


 こうやってくっつくのは片付けをして、暖房のついた暖かい部屋でゆっくりするのが一番だろう。


 …そう思ったのだが、麗華の反応は私の想像の斜め上の物だった。


「…え?…うわっ危なっ!?」


 麗華は私に抱きついたまま、私の服を力強く握り締め、なんと全体重をかけて後ろに倒れ始めた。


 急な重みを受けて焦る。…それでも麗華が床に衝突する寸前でなんとか私が片手を付き、体を支えることができた。我ながらグッジョブである。


「…ふぅ…もー麗華…危ないでしょー?」


 倒れる麗華に覆い被さるように、片手を床につき、もう片方の手で麗華の腰を持つ体勢で一息つく。側から見れば私が麗華を襲っているような格好である。


 そんな格好のまま麗華を咎めると、麗華の両手がモゾモゾと動き出し、私の頬を挟むように掴んだ。


「…あやね」


 その麗華の行動を私が疑問に思う暇もなく、麗華はその潤いのある唇を開いて真っ赤な舌を出し…


「ぇ?…ちょっ…!……んっ…」


 両手の塞がっていた私の唇は、抵抗する事も許されずに簡単にその舌の餌食となった。


 唐突な深いキスに、一瞬驚く。


 下から吸われるように唇を押し付けられて、やはり下手くそではあるのだが、あまりの気持ちよさに流されそうになる。


 最早キスというよりは、私の口内にある唾液を1滴残らず飲み干そうとしているような麗華の口付け。なんとも麗華らしいキスである。


 とりあえず強引に引き離すのは無理だと判断して、麗華が息継ぎをする瞬間を待つ。


「…んっ…はっ……こらこら、麗華ちゃん。先に食材しまわないと」


 そして狙い通り、息継ぎの為に唇を離した麗華の隙をついて、床についてた手で麗華の頭を遠ざけ、ゆっくりと壊れ物を扱うようにその頭を床におろしてあげる。


 すると麗華の綺麗な黒髪がパサッと床に広がり、どこか幻想的なそんな姿は、やはり彼女が絶世の美女である事を私に再確認させた。


 そんな美しすぎる姿に魅了されながらも、美女の紅色に染まった頬を撫でつつ諭す。


 やはりこんな硬くて冷えた場所で盛るのは、麗華の身体に良くない。にしても、全てを片付けてからだ。


 私の理性は、麗華を中心に回っている。どんなに興奮状態に陥ろうとも、麗華を思えば踏みとどまれるのだ。それは麗華と初めて入ったお風呂で証明済みだ。


「…どうせうちの冷蔵庫じゃ、全部は入りきらないわ」


 しかし、麗華はそんな私の行動を見て、眉間にシワを寄せ、それはそれは不機嫌そうに私から目線を逸らして口を開く。


「…この季節なら、3.4日、冷凍の物以外であれば玄関で充分保存できると思う。そのつもりでこうして端に綺麗に並べたのよ。」


「な、なるほど…」


 そして続く言葉に、素直に感心した。


 麗華がビニール袋をはじに避けて並べたのは、最初から仕舞う事を考えておらず、そこに置くことを前提にしていたからか。


 おそらく食材選びの段階で、麗華はその事を頭に入れて、玄関で保存できる物を選んでいたんだと思う。デート気分で浮かれていただけの私とは大違いである。


 …と、いうことはだ。


 つまり、私が口にした行為の拒否理由は元より拒否する理由にはなりえず。麗華からしたらいい雰囲気を無知な私に台無しにされてしまっただけになったわけだ。


 恐らく麗華が不機嫌になってしまったのはそのせい。


「…食材が大丈夫なのは、わかった。でも、やっぱりこんな寒くて硬いところじゃ、良くないよ。」


 それでも、この場所で麗華を抱けない。もう一度頬をさすってそれを伝えてあげる。


「…」


 すると、麗華の頬に置かれた私の手に、無言で麗華の手が重ねられる。


 拗ねながらも、今度の私の言葉が反論を許さない正論である事を理解しているのだろう。


 麗華は眉を八の字にしながら、潤んだ瞳で私を見あげてくる。これは本当はワガママが言いたくて仕方ないという顔だ。


 それを察した私は、床に寝る麗華の身体を起こして抱きしめる。そして今度は私が麗華の耳元に唇をくっつけて、囁くように言葉を発した。


「…大丈夫。私だって早く麗華とシたくてしょうがないんだから。」


「っ…そぅ、なの?」


 すると、やはり麗華は敏感なのか、私の腕の中で体を大きく跳ねさせて、それからぎゅっと私の服を握りしめて震えた声を出す。


 つい今の今まで不機嫌だったとは思えない可愛い反応に、内心クスリと笑いながら、そのまま耳に唇を当てて続ける。


「当たり前でしょ?二人しかいないこの場所でさ、こんな可愛い彼女に求められて、平然としていられるわけないでしょ?」


「…か、かわっ…ぃぃ…ん、んー…」


 そして今度は、私の肩に頭をぐりぐりと擦り付ける事で喜びを表現してくれる。


「でも、私にとって何よりも麗華の身体が大事なの。だからこうして我慢してる…我慢できてるの。」


「…」


「だからさ…麗華も、ベッドまで我慢できる?」


「…っ……………ん。」


「…いい子だね。ありがとう。」


 私の言い分に、少しだけ納得のいかないような雰囲気を感じとったけれど、直接的なお願いをするとまた麗華の身体は可愛らしく跳ねた。


 そして、か細い声で私のお願いを肯定すると、途端に恥ずかしくなったのか私の腕の中で体を小さく縮こませ、ぎゅぅぅぅ…っと、服が破けてしまうのではないかと比喩したくなる程の力で私の服を握ってくる。


 本当に、どこまでも可愛い反応をしてくれる。


 私はそんな小さくなってしまった麗華に追撃をするように、更に唇を耳に強く押し付け…


「…いっぱい、しようね。」


 そう囁くと、麗華はこれまでで一番大きく身体を跳ねさせた。


「っ…ぅ、ん。」


 それからしばらくの沈黙を経て、これまた消えいりそうな声で返事を返してくれた麗華。


 私はそんな麗華の後頭部にキスを落としてから、大切に大切に、お姫様抱っこの形で優しく抱き上げた。

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