side.綾音

「ん。あやね。」


 麗華の事を泣かせてしまった朝。あれから2日経ったが、何をしていても私の身体には常に麗華の体温がある。


 今だって、ソファに座る私の膝の上に跨って抱きつき、一生懸命私の名前を呼びながら頭を擦り付けてきて離れようとしない。


 昔と同じようなスキンシップであるが、昔とは私達の関係の名称が違う。今の私達は深く愛し合う恋人同士。


「んふふ、可愛い。」


 その関係の変化を強く表すように、私の方からも麗華の首元に顔を埋めて、ぎゅうっと華奢な体を抱きしめる。


 以前はされるがままだった私も、今はこうして恋人として麗華を思う存分愛でる事ができるのだ。


「…あやね。」


「ん〜?なぁに?」


「…キスしたい。」


 そうして2人、ゆったりとした幸せな時間を過ごしていると呟かれた言葉。


「ん。いいよ」


 私はそんな麗華の呟きを自然に受け入れる。


 目を瞑り、少しだけ顎を上げて、唇を薄く開いて待つ。私がするのはそれだけ。


 後は、麗華が好きに唇を押し付けてくる。


「…ぁやね…すき…すき…」


 何度も降ってくる口付け。侵入してくる舌。酷く甘い唾液。


 息継ぎと同時に、私の名前と好意を一生懸命伝えてくれる麗華。


 恋人同士となってから、麗華は隙があればこうしてキスを求めてくれるようになった。


 やっぱり麗華のキスは拙く、言葉を選ばずに言えば下手くそではあるのだが、その一生懸命さが私は大好きで、愛おしい。


 そして、ここまで求めてくれるともう麗華の私への想いは疑いようもない物で、同時に、その想いを踏み躙ろうとしてしまった事を深く反省する。


 麗華は私との恋人同士の行為をした後、私が懸念していた『女同士への偏見』を持つどころか、より深く女の私を求めてくれる。求め続けてくれる。


 レズビアンの私にとって、その事実が心に大きな余裕をもたらしてくれているのは間違いなく、今はもう、本気で純粋に麗華を1人の女の子として愛せているし、誰にも渡す気はない。


 恋愛に関して屈折した思考を持っていた私が、本当の意味で恋人同士でいられるのも、麗華がこうしてまっすぐな好意を伝えてくれるからなのだ。


「…ん。」


 暫く私の口内を好き勝手していた麗華は満足したのか、再び私の首元に顔を戻して、今度はその首元に歯を立て始めた。


「んっ…もうチューはいいの?」


「…また後でする。」


「ふへへ、は〜い。」


 麗華の回答を聞いた私は思わず満面の笑みを浮かべて、私の首に舌を這わせている麗華の後頭部を抱きしめて撫でる。サラサラとした髪は、至高の触り心地である。


 そうしているとふと、疑問に思った事を口にした。


「そういえばさ、麗華。もうそろそろ今年も終わるけど何も予定ないの?」


 12月28日である今日、もう数日で今年も終わり。


 そんな年末の間、麗華はずっと私の実家に居る。


 いくら麗華に友達がいないからといって、さすがに何かの予定があってもおかしくはないと思ったのだ。

 

「ええ。私は何も入れてないわ」


 しかし、私の考えは杞憂だったようで、麗華に予定はないらしい。


 その返事に、少しだけ安心した自分がいた。


 別に予定があったからと言って、その予定を無理やり断らせるような事はしないけれど、内心では麗華と共に年越しができる事を喜んだのだ。


「…もしかして綾音は何かあるの?」


 しかし、麗華はやっぱり麗華である。


 私の首元から顔を上げた麗華の表情は、分かりやすく不安に溢れていた。


「大丈夫大丈夫。なんにもないよ。だからそんな不安そうな顔しないで。」


 クスクスと笑って、麗華の頬を両手で優しく包む。


 昔から変わらない、彼女のこういう自分の感情にストレートな所が愛しくて仕方がなかった。


 麗華の中ではとにかく『橘綾音』が最優先事項で、その優先順位を揺るがす存在は、例え私本人であろうと容認できない。そういう性格で、それを隠す事ができないのだ。


 今回で言うと、『予定があるなら私の為に断って』という気持ちが隠せなかったのだろう。そこまで愛されている私は幸せ者だ。


「麗華に予定が無くて良かった〜。それなら一緒に年越せるね?」


「ふふ。…ええ。」


 麗華の柔らかな頬をむにゅむにゅと遊びながら言うと、さっきまでの不安そうな表情を消した麗華は目を細めて笑った。


 彼女のそんな些細な仕草すら、可愛さが限界突破している。そして、この笑みを引き出す要因は紛れもなく私なのだ。遠慮なく優越感に浸らしてもらう。


 そうしていると、私の中に一つ麗華としたい事が思いつく。


「あ、それなら初詣、どっか行こうよ。」

 

「ぁ…ぇと…私そういうの、行った事がないからよく分からないの。けど、綾音となら行ってみたい。」


 私の思いつきに、困ったような表情で答える麗華。


 なるほど、麗華は結構メジャーなイベントである初詣すら行った事がないらしい。本当に友達という存在とは無縁な所で生きてきたのだろう。


 その事実は、私の独占欲を強く煽る。


「あ、そうなの?じゃあ綾音さんが麗華の初めての相手だね♪」


 しかし、それを表に出すのはあまりにも失礼なのは理解している。友達が居なかった期間、少なくとも麗華は寂しい想いをしてきたはずだから。


 だから少し本音を混ぜつつ、茶目っ気たっぷりに問う。


「…うん。綾音が初めて。嬉しい。」


 だが、私は麗華の純粋さを舐めていた。


 私の言葉に頬をぽっと赤くし、心の底からの幸せを噛み締めるようにはにかむ姿。


「おぅふ。…ツッコミ待ちだった橘綾音に、高嶺麗華の強烈なカウンターが炸裂だぁ。」


 言葉の通り、私は麗華のカウンターで完全にノックアウト。凄まじい威力であった。


「…?」


 でも、麗華は私の言葉の意味をよくわかってないらしい。コテッと可愛らしく首を横に倒して、疑問を訴えてくる。


「んふふ、麗華ちゃんが可愛すぎって事〜」


 そんな麗華をガバッと抱き寄せて、ぎゅっと抱きしめる。


 すると反射的にか、よくわかってないはずの麗華の方からも腕が伸びてきて、私の身体に巻き付く。


「…そう。なら、いい。」


 そして吐かれた言葉には隠しきれない喜びを含んでいて、また私はその暴力的な愛しさに心の中で悶えた。


「…ねぇ綾音?私からも一つだけ提案してもいい?」


「んー?いいよ?何でも言って?」


「その…明乃さんや咲先生が許してくれるなら、年越しは私の家で…綾音と2人でしたい。」


 そんな私の腕の中に収まっていた麗華が提案したそれ。今度は私が首を横に倒した。


「え?それは全然構わないけど」


 ママも咲ちゃんも、その事について絶対反対はしないだろう。むしろ快く送り出してくれるはずだ。


「その理由とか、聞いていいやつ?」


 でも、わざわざそんな確認をするくらい2人に気を遣ってまで、麗華がそれを提案した理由がわからなかった。だって、それなら4人で年越しをすればいい話だし。


 私の純粋な問いに、腕の中にあった麗華の頭がモゾモゾと動いて、スポッと顔を出す。


 その顔には、何故か悲し気な表情が浮かんでいた。


「…前はお泊まり会、失敗しちゃったから…」


「…麗華。」


 罪悪感を含んだようなその声音と、その言葉に、その意図をすぐに理解した私。


 同時に心臓がキュッと締め付けられた。


「…気にしてるのが私だけなのは、分かってるの。…でも、綾音を傷つけて失いかけたあの日を忘れられない…ちゃんと清算したい。」


 続く言葉が、麗華がずっと抱えてきた罪悪感の正体なんだと知る。


 あの日の出来事は、確かに私達の関係を歪め、拗らせた。


 でも、どっちが悪いと言うことはない。どっちも悪くなくて、どっちも悪かった。それだけの話。


 私の方は割り切っていて、今はあの日の事を何とも思っていない。けれど麗華の方は違うのだろう。


 きっと彼女の中では、私の事を傷つけた最悪の日として、心のカレンダーに刻まれているのだ。


「分かった。」


 『気にしなくていいよ』なんて、軽い言葉を麗華は求めていないだろうし、麗華の罪悪感は晴れないだろう。


 だから私は、黙ってその提案を受け入れる。麗華のやりたいようにさせてあげる。


「じゃあ、ママ達が帰ってきたらさっそく麗華のうちに行こっか。」


「え?」


「今日からでも問題ないでしょ。善は急げだよ。」


 それでいて、私はその麗華のやりたい事を積極的にサポートする。私が麗華のお願いに無理やり付き合わされているのだと、思われないように。


「いい思い出に塗り替えようね。」


 私の提案に、少しだけ驚いていた麗華に微笑みかける。


 すると、麗華の表情も緩まり、薄っすらと笑みを浮かべてくれる。


 それと同時に、麗華の両の手が私の顎を掴んだ。


 私はその麗華の行動を瞬時に理解して、目を閉じて唇を薄く開ける。


「…ええ。絶対に。」


 そして麗華はそういうと、思った通り、薄く開いた私の唇に唇を押し付けた。


 

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酔った勢いでノンケ発言をしてしまった女の子が、ノンケ嫌いの女の子に恋をしてしまって拗らせてしまう話 水瀬 @minase_yuri

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