side.麗華
ずっと片思いをしてきた相手とようやく結ばれ、恋人同士となり、ファーストキスを捧げ、バージンも捧げ、深く愛し合った。
ずっとずっと望んできた事が現実となったその喜びと幸せは、言葉ではとてもじゃないが言い表せない。
間違いなく私の人生においてこれ以上ない幸せであると言い切れる。
…ただ、人間という生き物は本当に欲深き生き物だ。
こんなに幸せなのに、ずっと望んできた幸せなのに、死に物狂いでようやく手に入れた幸せなのに。
慣れた手つきで私の下着を脱がした瞬間、女の子を喜ばせる言葉を熟知したような言葉責めを受けた瞬間、余りにも巧みな性的技術になす術なく果てた瞬間。
自分でも信じられない程快楽に乱れる私。それとは反対に、ずっと余裕そうな表情で私を抱くあなた。
あまりにも違うその"経験の差"に、私は絶望し、同時にひどく傷付いた。
…だって、その経験値は他の女を抱いて得たものなんでしょう?
…分かっている。こんなのはどうしようもない事だし、過去は変えられないし、そんな無意味な事を考える私がバカなんだという事は。
今のあなたが私だけを愛してくれているという事を疑いはしない。同情だけで私を抱くような真似を、あなたは絶対にしないと言い切れるから。
それでも、私の思考はそこから抜けられなかった。
経験なんてないけれど、えっちなんて裸を見せれば、喘げば、抱かれれば、なんとかなると思っていた。でも現実はそんなに甘いわけがなくて。
そのせいで、あなたの技術で強制的に果てさせられる度、幸福感とは別に不安が胸を支配した。
─…私は、今まであなたが抱いてきた他の女よりもいい反応ができてるのかな。
そんな不安。
どんどん落ちていくように感じる自分自身の価値。
なんの経験もない私は、綾音に対して何もしてあげられない。果たしてあなたが喜んでくれる反応が出来ているのか分からない。
とにかくできる事をしようと、バカの一つ覚えのようにあなたの身体に唇を押し付けて、自分のモノだと自分に言い聞かせるように跡をつけた。
私が一番良かったと思われたい、これからあなたが抱く女は私だけにして欲しい、どうか私に飽きないで欲しい。
あなたに抱かれた事で、あなたを恋人にしようと必死になっていた私とは別人のように臆病になった私。
恋人同士になれば、あなたを完全に自分のモノにできると思っていたが考えが甘かった。むしろ、身体の関係になった今、これからはあなたの気持ちの変化次第で私は簡単に捨てられてしまう。
だってそうでしょう?「麗華の事は好きだけど、全然興奮できない」なんて言われれば、もう私にできる事はなくなる。
だから今はもう、あなたが私から離れない事をただ祈ることしか出来なかった。
◆
「麗華、昨日より上手に気持ちよくなれたね?」
優しい笑みを浮かべて、肩で息をしてベッドで果てている私の頭を撫でるあなた。
私の内心は、やっぱりまだ焦りでいっぱいだった。
昨夜は拘束するようにあなたの腕に絡みついて眠ったはずなのに、朝起きたらあなたの寝顔は隣にはなかった。そこでも大きな不安に襲われた。そして、一人一糸も纏わず孤独に泣き続けた私。
そんな時にあなたが現れて、抱きしめてくれて、優しい言葉をくれて、本音かはわからないけれど私を押し倒して抱いてくれた。
必死にしがみついて、キスをねだって、強くあなたを求めた。
行為中は、やはり確かな幸せを感じることができた。
それでも崩せないのが、あなたのその余裕。
「…あやね」
私は少し枯れた声で、愛おしい名前を呼ぶ。
「ん?どうしたの?」
すると、やっぱり優しい笑顔と声が答えてくれるから、不純な気持ちを持つ事に罪悪感を覚えて心臓が押しつぶされそうになる。
「んーん…なんでもない…」
─…他の女の子と比べて、私の身体はどうだった?
喉から出かかったそんな言葉は、グッと飲み込んだ。
これだけは絶対に口にしてはいけない。マナー違反だし、確実に嫌われてしまう。
私は唇が余計な事をしないように、あなたの柔らかい肌に押し当てて開かないようにした。
「もぉ〜なんだよぉ〜」
私の行動でどこかくすぐったそうに、クスクス笑うあなた。
その余裕を崩したくて、ぎゅっと抱きついて犬みたいに舌を這わせる。
「…麗華」
そうすると、私の頭は抱き抱えられて、優しく撫でられる。
これでは比喩でもなんでもなくて、本当に犬そのものだ。
「幸せだねぇ〜」
しばらくお互い無言でその行為をしていると、呟くように吐かれた言葉。
「…ええ。すごく。」
その言葉に、同感する。
すっごく幸せである事は間違いないから。だって、あなたと恋人同士になって、肌を重ねて、愛を育む事は、本当にずっと望んできた事だから。
だから本当に幸せだ。あなたへの好きが溢れて仕方ない。
だからこそ、不安が大きくなる。好きだから、大好きだから、手放したくない。
そんな不安を紛らわせる為に、既に跡をつけすぎて真っ赤になったあなたの肌に、更に歯を立てた。
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