交際

side.綾音

「んっ…」


 一度眉間に力を込めてから、徐々に覚醒する意識。


 重い瞼を開けて、辺りを見渡すと見慣れた実家の自室。


 そこで左腕に重みを感じて、焦点を合わせる。


「…そっか。私、ついに麗華と…」


 あったのは私の左腕を枕にして気持ちよさそうに眠る愛しい恋人の姿。


 肋あたりまでは毛布がかかっているが、それでもわかるのは彼女が一糸も纏っていないということ。


 それは昨晩の熱く激しい行為を思い出すには十分すぎる情報だった。


 私達は、とうとう一線を超えたんだ。


「…可愛いなぁ…ほんと。」


 そう呟いて、右手で麗華の綺麗な黒髪を指でとく。


 無意識だった時間も含めればずっと恋焦がれてきた彼女の寝顔はあまりに愛しくて、どうにかなりそうだった。


 軽く目にかかる前髪を払ってあげてから、おでこに口付けを落とす。


 こんな行為も、もう恋人同士となった私達にとっては日常となっていくはずだ。そう思うとあまりにも幸せな日々。


 どれもこれも、麗華が意地っ張りな私を諦めないでいてくれたから手に入った物達。


 私はその喜びと麗華への感謝を噛み締めてから、眠り姫を起こさないようにゆっくりと左腕を引き抜いた。



「…うわぁ。やばすぎでしょこれ…」


 麗華が起きてくる前にシャワーを浴びてしまおうと、脱衣所に立って鏡を見た私の顔が引き攣る。


 最早自身の元々の肌色の方が少なく見える程、私の身体の至る所が赤く変色していた。


 それらは全部肉食獣…もとい、高嶺麗華が私につけたキスマークやら歯形。


 確かに昨日の麗華はすごかったから、このありさまは納得と言えば納得だが…


 元々、普段の行動から麗華はそういうタイプだと予想はしてたし、これまで我慢させた私が悪いし、何よりこれが全部麗華の愛だとわかっているから嬉しくはある。


 しかし、さすがに見た目がグロすぎる。


「ん、早えな。」


「…ぁ」


 そんなふうに自分の身体を観察していると、脱衣所のドアが開いて眠た気な咲ちゃんが顔を覗かせた。顔を洗いにきたのだろう。


「おー…そりゃ、またえぐいな」


 そして、下着姿の私を見て、何かを察したようにドン引きの表情をする。


 まぁ、常人の反応だと思う。むしろ落ち着き過ぎなほど。


「…何?お前が抱かれたの?」


「…違う。私は終始タチだったよ。」


 私の身体をみればそう思っても仕方ない。そんな質問。


 けど、本当に昨晩は全部私がリードした。


 そもそも私は経験だけは豊富だし、タチだし、反対に麗華はなんの経験もなかったし。


 じゃあどうしてこうなっているのか、と言われれば、麗華が私に飢えていたからとしか言いようがない。


 とにかく麗華は私の肌から唇を離したくないようで、記憶の中のどんな瞬間を切り取っても私の体のどこかに舌や歯を当てていた。


 私が少し激しめに責め立てている間も、対抗するようにずっと私の肌に吸い付いていたのだ。


 執着心や独占欲が強いのは、元から分かっていたことだから。私は麗華なりの愛情表現なんだと素直に受け入れる事ができた。


「なら、まるでカマキリの交尾だな。」


 咲ちゃんは、私達の行為をそう表す。


「…交尾した後にメスがオスを食うってやつね」


「それだ。」


 言わんとしている事は、なんとなくわかる。私自身、麗華のあれを捕食だと表現しているわけだし。


「まぁ、そうそうあることじゃないがキスマークだって下手すりゃあ死んじまうこともある。あいつの事はちゃんと躾けろよ。」


 真面目な忠告をしてくれた咲ちゃんは、私の横を通って洗面器で顔を雑に洗い流す。


 それからタオルを一枚掻っ攫ってそそくさと脱衣所を後にしようとする。


「…咲ちゃん」


「ん?」


 私はそんな咲ちゃんの後ろ姿に、声をかけてその足を止めさせる。


「…ありがと」


 そして、自分でもわかるくらいのぶっきらぼうな言い方で感謝を伝える。少し照れくさいから。


 咲ちゃんが裏で色々と動いていたのは、長い付き合いであるからして察する事ができる。


 いくら麗華が負けず嫌いで諦めの悪い女の子だからって、一人ならきっとここまでこれなかったはずだ。


 それと、今まで私とママに寄り添ってくれた咲ちゃんへの感謝も含めてある。咲ちゃんがいなければ私達はきっと潰れていたから。


「ん」


 そんな私の感謝を聞いて、色々察してくれたはずなのに返ってきたのは軽い返事。


「それだけかよぉ…」


 そんな咲ちゃんに唇を突き出して不満を表してから、一人になった私は、あれはあれで咲ちゃんらしいなとくすりと笑ってから浴室に足を運んだ。



「…え?」


 シャワーを浴びてから部屋に戻ると、最初に目に入った情報に私は固まった。


 一糸纏わぬ姿の麗華がベッドの上で体育座りをして、自身の膝に顔を埋め、身体を小刻みに震わせていたのだ。


「麗華!?どうしたの!?」


 その姿を認めると、私の身体は反射的に駆け出していた。


 ベッドに飛び込むように上がり、その華奢な身体を抱きしめる。


 すると、麗華の震えの原因が分かった。


「…泣いてるの?」


 麗華は泣いていた。


 その姿に、私の胸は痛いくらいに締め付けられる。


 理由はわからないが、そんなことよりもただ、大切な人が泣いている時に傍に居てあげられなかったという事実に不甲斐なさを感じた。


 横から麗華を抱きしめて、頭や背中をさすってあげる。


 すると、麗華の手が私の方に向かってきて、着ていたシャツを強く握った。


「…あやね…どこいってたの…」


 それから、泣き腫らした顔を上げた麗華と目が合う。


 目や鼻先が赤くなっているのが、可哀想でまた胸が痛んだ。


「私はシャワー浴びてたんだ。…麗華は?大丈夫?どこか痛いの?」


 私は自分のことなんてどうでもよくて、簡単に返事をすると麗華の心配に全力を注ぐ。


 最新の注意を払ってはいたが、もしかしたら昨日の行為のせいでどこか身体を壊してしまったのではないかと不安になる。


「んぅん…」


 しかし、麗華は私の問いに頭を振って否定する。


 それから、私の方に体重を預けながらぎゅっと抱きついてきた。


 そして、そのまん丸で可愛らしい頭をすりすりと擦り付けてくる。


 その麗華の行動に、泣いている理由に思い当たった。


「…もしかして、起きた時に私が居なかったから寂しくなっちゃったの?」


 麗華の後頭部を撫でながら聞くと、麗華は控えめにコクリと頷いた。


 どうやら私の推察は当たっていたらしい。


「ぉぅふ…可愛いすぎか…」


 心配して損しただなんて一ミリも思わないけれど、麗華のそのあまりの破壊力に思わず天を仰いだ。


 私の恋人があまりにも可愛すぎる件について、どうか全国に自慢して歩きたい。


 その愛しすぎる恋人を、ぎゅぅっと抱きしめる。


「不安だったね。ごめんね。…次から気をつけるから泣かないで。」


 なにはともあれ、私の軽率な行動で麗華が不安になってしまったのは事実。


 世間一般的には、麗華はかなり重たい女の子になるんだろうけど、私はそんなの百も承知していたわけで、ならばしっかりとそんな麗華の特性に寄り添わなければいけなかった。


 だから、今回は…いや、今回も完全に私が悪い。いつだって私が悪かった。


「…違うの…綾音は悪くない…」


 しかし、私の謝罪を聞いた麗華は首をブルブルと横に張って否定する。


「…私、昨日は何もできなかったから…もしかしたら満足して貰えなかったのかなって…」


 そして、麗華はそんなふうに続けて心の中を曝け出してくれた。


 どうやら『未経験』という不安は、麗華にとって私の想像以上の物だったみたい。


 だとするなら、やっぱりそんな麗華に寄り添ってあげられなかった私が悪い。


 ただ、それを言い合っても仕方がないだろう。だから、その反省は私の中でだけする。


 今はとにかく、麗華の不安を取り除いてあげる事が最優先だった。


「そんなことないよ。昨日はすごーーーーーーーく幸せな気持ちなった。」


 嘘偽りのない私の気持ちで答えてあげる。


 更に麗華の後頭部に、何度も口付けするオプション付き。


「…ほんと?」


 モゾモゾと動いて顔を上げた麗華は、私を覗き見ながら控えめに聞いてくる。


「うん。ずっと好きだった女の子とようやく一つになれたんだから。幸せなのはあたりまえじゃん?」


 私はそんな麗華のおでこに、自分のおでこをぴたりとひっつけて答える。


「…私のことが好き…ふふ…好き…」


 すると、麗華は喜びを噛み締めるように顔を綻ばせて、私の言葉を復唱する。


 …そんなのズルすぎる。


 どこまでも私の好きを更新してくる麗華には脱帽だ。


「…私には聞かないの?」


「んー?」


 そんな風にして、麗華の可愛さに悶えていると、主語のない質問が飛んできて首を傾げる。


 すると、麗華はどこか恥ずかしそうに目線を逸らして口を開く。


「…昨日の…感想とか…」


 一瞬何の事かと思ったが、すぐに言いたいことを理解する。


 要するに、『私との性行為はどうだった?』って聞いてほしいんだと思う。


 感想を言いたいのか、それともただ聞いてほしいだけなのか…わからないけど、ちょっとめんどくさい麗華が可愛いことだけは分かる。


 だから、少しだけ意地悪をしたくなった。


「聞いて欲しいの?」


 ニヤリと笑って、聞き返すと麗華の頬が少し膨らむ。


「…聞きたくないの?」


「んー、私は別に聞かなくてもいいかなぁ。…あの可愛い反応が全てだし?」


 不機嫌な問いに意地悪に返すと、麗華の顔がみるみる朱色に染まる。


「…っ…変態っ!」


 恐らく麗華自身も思い当たるところがあったんだと思う。


 だって、昨日の麗華は普段からは想像がつかない程に乱れてたから。


 あんな反応をしてくれたら感想など聞かなくとも分かる。麗華にとっては初めての経験だったのに、相当気持ち良くなってくれていたのは間違いなかった。


 そんな麗華は朱い顔を隠す為に、私の胸に顔を埋めだした。


「んふふ。可愛いやつめ〜」


 私はそんな麗華をぎゅっと抱きしめて、ニコニコと満面の笑みを浮かべる。


 最近の麗華はすごく手強かったけど、今は初々しくて可愛くて、私に本気で恋する普通の女の子だ。今まで私がずっと頑固だったから、強がらせてしまっていたのかもしれない。


 私はそんな可愛い彼女に手を這わす。そこで、麗華が何も纏っていなかった事を思い出す。


 手に伝わる感触は、すべすべでもちもちで…とにかく最上級の手触り。


 それに気づいて改めて麗華を観察すると、美しすぎる身体が無防備にさらけ出されているではないか。


 私は思わず昨日の行為を思い出して、ゴクリと喉を鳴らす。


「…ね、麗華。」


「?」


「キスしていい?」


「っ…」


 耳元で囁くように聞くと、麗華の身体が分かりやすくビクッと跳ねた。そして、その耳がみるみる内に赤く染まっていく。


 …本当に、麗華はどこまでも私の欲を掻き立てる。


 正直に言うと、こんなに性的に興奮するのは初めての経験だった。


 今までだって性処理の為に色々な女の子とこういうことはしてきたけど、麗華とは明確に違う。


 性欲の処理だとか、そういうのじゃなくて、純粋に愛していると言う気持ちから麗華に触れたくなるのだ。


 これが、本当の恋なんだと改めて実感する。


「…………したいの?」


 私の問いから暫くの間を空けて、麗華は私のシャツをぎゅっと握りながら、か細い声で聞き返してくる。


「したい。」


 私はその問いに間髪入れずに答える。麗華に隙は与えない。


 すると、また麗華の身体が跳ねる。本当に分かりやすい子だ。


 暫く羞恥心に耐えるように私に抱きついて黙っていた麗華は、観念したようにゆっくりと顔を上げて私を見つめる。


 その顔が可哀想なくらい真っ赤になっていて、思わず笑ってしまいそうになるのを堪えた。


「…なんか、臆病だった昨日までの綾音とは別人みたいね…」


 そう言う麗華に、本人である私も同意する。


「あたりまえじゃん?あれは麗華と決別する為に偽った私ですし。」


「…今の綾音は?」


「ただ単に麗華の事が好きすぎる女?」


「ふふ、なによそれ。」


 私の茶化した言い方が、いい意味で麗華の緊張を解いたらしい。


 自然にクスクスと笑う麗華は、すごく綺麗だった。


「もー、麗華さんや?…それでさ?していいの?ダメなの?」


 そんな和やかな雰囲気も素敵なのだが、正直我慢の限界だった。


 だって、世界で一番好きな人が生まれたままの姿で抱きついてきてるんだよ?我慢とか普通に考えて無理でしょ。


 私が性急に問い詰めると、麗華は一瞬驚いた顔をした後に、また恥ずかしそうに目線を逸らして口を開いた。


「…寝起きの口内はバイ菌がいっぱいだから…ダメ。」


 なんとも論理的な断り文句だことで。


 しかし、そんなもので私が諦めるわけないじゃないか。


「じゃあ唇意外のところならいいってことだよね。」


「え?…ひゃぁっ!?」


 私は上部だけの確認を口にして、答えを聞く前にその細い首筋に噛みついた。


 そして、そのままの勢いで麗華をベッドに押し倒して上から覆い被さる。


 そんな私の行動に驚き、大きく身体を跳ねさせた麗華。


 しかし、麗華はそんな私を引き剥がすのではなく、恐らく反射的に私の頭を抱き抱えた。


 咄嗟に出る行動が"拒絶"ではなく"許容"なのは、麗華の私への愛情を濃く表しているようで嬉しくなる。


 いつも麗華が私にしてくるように、麗華の首筋に執拗に吸い付いていく。その度に、麗華の唇から色っぽい声が漏れる。


 そんな麗華の反応に、更に調子に乗った私の手は完全に麗華を気持ち良くさせる為に動いていた。


「んっ…ぁっ…ぁやね…っ」


 こんな強引とも取れる私の行動。それでもなお私を抱きしめ続けて、快楽を受け入れる麗華。


 あまりにも愛しくて、想いを伝える為に麗華の耳に唇を押し付けた。


「…好きだよ麗華。…愛してる。」


 そして、そう囁くと麗華の身体がさっきまでと比べ物にならないほど大きく跳ね上がった。


 私の言葉一つで、麗華は果てたらしい。


 麗華は私にしがみつきながら、浅い呼吸を繰り返す。


「……わた、しも…すきっ…」


 それから、麗華は震える声でそうつぶやくと、私の頬を掴んで噛み付くようにキスをしてきた。


 麗華は自分で言った事ももう忘れているのだろう。舌は遠慮なく好き勝手に暴れる。


 正直言うと麗華はキスがかなり下手くそだ。昨日から変わらぬ感想。


 それでも、私は麗華のこのキスが今までしてきたキスの中で一番好きだとはっきり断言できる。


 快楽とかそういうのじゃない。麗華と繋がって、気持ちを確かめ合う事ができるから。そして、このキスからは麗華の気持ちがたくさん伝わるから。


「んっ…ふは、やったな麗華ー?」


 麗華が息継ぎのために唇を離した瞬間を見計らって、その顔を抑える。


 それでも尚、麗華は舌を出して必死に私に向かってこようとしてきている。本当に肉食獣だと比喩するに相応しい。


 私はそんな麗華の攻撃を避けて、顔を麗華の胸に寄せる。


「…覚悟しろよー?」


 そして、麗華には何もさせないように快楽を与え始めた。


 どうやら長くすれ違ってきた私達の大切な初夜は、まだ終わってないらしい。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

酔った勢いでノンケ発言をしてしまった女の子が、ノンケ嫌いの女の子に恋をしてしまって拗らせてしまう話 水瀬 @minase_yuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ