10.怪獣ゼルニマ
お前は誰だ……?
核心を突くジャナクの問いに、空里は言葉を失って立ち尽くした。
凍りついた主君の代わりに、ネープはテム・ガンの女戦士を制止するように手を差し出して言った。
「そのことは後にしてくれ。今は一刻も早く安全な場所へ逃げることが大事だろう。お互いに」
チニチナも他の者も、何が起きているのか分からないまま戸惑っている。ただルパ・リュリだけが、何かを察したように静かに成り行きを見守っていた。
ジャナクは納得できぬまま厳しい表情を浮かべて立ち上がり──
その顔を一条のエネルギービームが掠めた。
「つっ!」
一本の通りの奥から、ユーナシアンの機動歩兵たちがパルスライフルを斉射しながら突撃して来た。倒れ伏した仲間の姿を見たのだろう、勢いに容赦がない。
空里は三たび兵たちと仲間の間に入り、手を広げて立ちはだかった。
たちまち塞がれた銃口に機動歩兵たちは戸惑い、足を止める。が、今度は相手の数が多すぎた。
シェンガが倒れた兵士の武器を取り上げ、機動歩兵たちを狙って構える。
空里はその銃身を押さえて言った。
「ダメ! 逃げるのよシェンガ!」
空里とネープは空いている一本の通り目指して走り出したが、直後そちらからも兵士の一隊が現れた。今度はザニ・ガンの市街地ゲリラだ。
「げー! 挟み討ちかよ!」
シェンガがぼやいた。
一斉に銃を構えるザニ・ガンたちに、ネープが突っ込んでいった。その手にはいつの間にか、倒した兵から奪ったプラズマソードが握られている。これ以上、空里に盾の役をさせるつもりはなかった。
人間離れした反射神経で火線を避けながら、完全人間の少年が兵士たちに肉迫したその時──
脇道から何か大きな影が現れ、両者の間を遮った。
巨大な
七、八メートルはある焦茶色の鱗に覆われた巨体が身をそらし、大きな赤い眼がギョロリと動いて空里を見た。
恐竜?! いや怪獣だ!
「ゼルニマか! なんでこんなところに!」
シェンガの声に反応して
惑星〈
ならば、今目の前にいるこの個体は何者かの武器であるに違いない。でなければこんなところへ現れるわけがないし、ここには興行師も観客もいない。では攻撃対象はザニ・ガンか、ユーナシアンか……。
どちらでもなかった。
戦闘野獣の目は空里と彼女をかばうネープを追って動いていたのだ。
ゼルニマが吠えた。
太く強靭な前足を振り上げ、ネープを叩き潰そうと襲いかかってくる。標的は明らかに彼だった。空里を狙うテッテロアが、完全人間に対抗する手段として、この怪獣の
ユーナス軍もザニ・ガン・ゲリラも、ゼルニマに激しい銃撃を浴びせたが、怪獣の強靭な鱗はパルスライフルのエネルギー弾など問題にしなかった。半端な抵抗を試みた兵は一人ずつ巨大な顎や爪にかけられ、損害を増やすばかり。
手に余る状況であると判断した両軍の兵士は撤退を開始し、入れ替わるように別の武装集団が現れ、空里たちを遠巻きに囲み出した。
ド・ロス兄弟と行動を共にしていたテッテロアの配下だ。
ネープの抵抗が排除されたところで、空里の身柄を奪う気なのだ。
彼らの先頭で光を放つ長い竿を持った上半身裸の男が、ド・ロス兄弟の片割れミジンだった。でっぷりと太った灰色の体は、惑星〈
今、ネープと対峙しているゼルニマの中にいるのが、ミジンの弟モゴロだった。
ミジンの光る竿は、弟にコノ・ガン特有の思念波で指示を与える指揮棒の役割をしている。
そして、ミジンの背後にはテッテロアの腹心、サールがいた。
彼は主人が
「モゴロ!
ミジンの指示でゼルニマが大顎をいっぱいに開いて、ネープに踊りかかった。
ネープはゼルニマの頭部に飛び乗り、鱗をつかんで体を固定するとプラズマソードを突き立てた。だが怪獣は怒り狂いながら頭を振り、動きを止めようとしない。
踏み潰されそうになりながら逃げ惑う空里たちに、テッテロアの手下がにじり寄った。そのうちの一人が、空里にネットガンを向ける。
「──!」
ネットガンはジャナクの素早い蹴りに叩き落とされ、その主も返す回し蹴りで地面に沈んだ。
「アンジュ! 皆と早く逃げろ!」
テム・ガンの女戦士は、倒した相手からスタンバトンを奪い、テッテロアの手下たちに突っ込んでいった。迎え打つテッテロアたちがすかさず銃を向ける。
多勢に無勢だ。
「ジャナク!」
発射されたエネルギー弾の何発かが、ジャナクを掠め傷つけたのが見える。
「アサト! 悪いがやらせてもらうぜ!」
見かねたシェンガがジャナクに援護射撃を開始した。
「ほら! 皆を連れて早く逃げな!」
「そんなこと言ったって……!」
空里もそうしたいところだったが、反対側の通りではネープと怪獣の格闘が続いている。来た道を引き返しても、そちらへ撤退した兵士たちと鉢合わせするに違いない。八方塞がりだ。
その時──
轟音と共にゼルニマの背中で爆発が起きた。
見ると建物の上に立った何者かが、怪獣に向けて熱弾ランチャーを構えていた。
ネープは一瞬でその射手の狙いを悟った。ゼルニマの甲羅を破壊し、中の
完全人間の少年はすかさず怪獣の背中を滑り降り、まだ煙を上げている甲羅をこじ開けて、中から小柄なコノ・ガンの男を引きずり出した。その手はゼルニマの神経束と半ば融合している。
「放せ! 放せ!」
ゼルニマは異常事態に混乱してフラフラとし始めたが、まだ危険であることに変わりなかった。ネープは甲羅の割れ目に体を突っ込み、剥き出しになっている神経束をプラズマソードで焼き切った。
魂消る悲鳴が響き渡り、ついにゼルニマはどうと倒れ伏した。
一方のジャナクも、上方からの援護に助けられていた。
建物の上に陣取った新手の武装集団が、テッテロアの手下たちに銃火を浴びせかけたのだ。応戦を命じながら逃げ出すサールの姿に、手下たちも命あっての物種とその後を追い散っていった。
ルパ・リュリは自分たちを見下ろしているのが見覚えのあるカルリオーレの衆であることに気づいた。
熱弾ランチャーを担いでいるのはゾナ・カルリオーレ。
その側には父親の
そうだ。ルパ・リュリは思い出していた。
あの女性はさっき店の前で機動兵器に追い詰められた群衆の中にいた。カルリオーレの一族だったのか。
なんとなく分かった。
彼らはアンジュが兵器を止めて身内を救ったことで、借りを返しに来たのだ。
アンジュ──空里は自分を見下ろす人々を見渡した。
カルリオーレたちの視線は、明らかに彼女を追っていた。だがそこに殺意も敵意も感じられない。ただ、畏怖のような静かな感情がその態度から見てとれた。
その様子に、チニチナが囁いた。
「アンジュ……って……神様なの?」
ルパ・リュリは答えた。
「もっと、怖い人かもしれないわ」
どこか厳かな静けさは突然の轟音に破られた。
飛んで来た流れ
二発、三発と降り注ぐ白色光弾に周りの建物は破壊し尽くされ、カルリオーレたちがどうなったかも見えない。
否応もなく、生き残った人々は
崩れる瓦礫と土煙──
そこに取り残された兄弟の兄は、よろよろとゼルニマの亡骸に歩み寄った。
手塩にかけて育てた獣の巨体は、さっきまでの暴れっぷりが嘘のようにぴくりとも動かない。そして、その下からは押しつぶされた弟の腕がのぞいていた。
ミジンはガックリと膝をつき、子供のようにさめざめと泣き出した。
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