11.阿修羅降臨

「戦況は我が軍に有利であります」


 上がってくる報告を副官が総括した。

 ユーナス征星軍クルセイド提督デ・キュラは、宇宙空母〈星駆虎ティガースカ〉の作戦司令室ウォールームで、中空に浮かぶ巨大なディスプレイ群を睨みながら副官の言う通りであることを確認した。

 確かに、地上部隊は善戦しているように見える。だが、同時に予想外の状況も浮かび上がっていた。

 敵の戦力規模が想定以上に大きいのだ。

 当初、作戦はゲリラの拠点掃討という規模を前提に立案されていた。だが、侵攻によって明らかになった敵の戦力は、ゲリラというレベルのものではなかった。

 惑星〈天翔樹アマギ〉は、すでにザニ・ガン救星戦線フロントの前進基地になっていると言ってもいい。その撃滅はもちろん肝要だが、注意すべきはこの星からの戦力流出であり拡散だった。これを見過ごせば、周辺星域の戦況が後々面倒なことになるのは必定だ。

 

 オペレータの一人が報告した。

「哨戒ドロメックがアグ級輸送船の存在を確認しました。エリア三三六の掩体から離陸体勢に入っています」

 ドロメックからの映像が最も大きいディスプレイに映し出され、報告の内容を裏付けた。恐らく輸送船は多数存在するだろう。だとすれば、このエリアの葉階レベル全体が基地化していると考えるべきだ。これを制圧するのは地上部隊だけでは難しい。

 デ・キュラは命じた。

「エリア三三六から地上部隊を撤収させろ。カリスバ型熱核弾投下用意」

 提督の長い腕がディスプレイに伸び、立体戦略地図の一点を指差した。

「ここを狙え」

 そこは当該エリアを要する葉階レベルとギアラムの巨大な幹をつなぐ茎にあたる部分だった。爆撃班の担当士官はデ・キュラの意図を直ちに把握し、命令を伝達した。

 副官は上官の大胆で冷徹な指揮に目を見開いた。が、デ・キュラの命令はそこで終わらなかった。

「第四種生物兵器ユニットを降下させろ。地上部隊は敵基地の正確な位置と規模を把握。直ちにユニットへ情報を共有せよ」

 副官のみならず、作戦司令室ウォールームの全員が一瞬表情をこわばらせた。

 提督は惑星上の敵に対して、地獄の釜を開く気なのだ。


 * * *


「足元に気をつけろ」


 瓦礫の山の上からシェンガが声をかけた。

 空里たちは破壊された廃墟の上をノロノロと進んでいた。

 戦闘自体は巨大樹ギアラムの幹側へと移動しており、目指す葉水池リーフプールのある葉の先端側から離れつつあった。しかし一刻も早く安全を確保すべく、一行は余計な話をするゆとりも無いまま足を動かし続けていた。

 

 お陰で自分の正体についての詮索も避けられている……空里には都合のいい状況と言えた。

 だが、このまま無事に逃げおおせたところで、本当のことを知られるのは避けられない。その時、どう思われるだろうか?

 ルパ・リュリは、ジャナクは、チニチナたちは友達のままでいてくれるだろうか?

 空里の心中には重いしこりが生まれていた。

 

 先頭を行くシェンガの耳がピンと立ち、足が止まった。

「どこかで……宇宙船が動き出しているぞ。でかい反発場機関リパルシング・エンジンの音がする」

 その言葉に、空里の手を引きながら歩いていたネープが首をめぐらし彼方を指差した。

「あれか」

 見ると、彼らのいる葉階レベルの隣、少し上に位置する葉階レベルの街から一隻の輸送宇宙船が離陸しようとしていた。そこにザニ・ガン軍の秘密基地があるのだろう。

「おい、ありゃあ何だ?」

 ゼ・リュリが顔の前に手をかざして頭上を見上げながら言った。

 何か光芒を放って輝く物体が、回転しながら空から降下してきた。それは真っ直ぐ隣の葉階レベルへと向かって行く。

 ネープが突然叫んだ。

「見るな! 伏せろ!」

 空里は言われた通りにする直前、物体の放つ光が離陸する宇宙船に触れて、あっという間に破壊するのを見た。

 

 光る物体──衛星軌道から投下されたカリスバ型熱核弾は、狙い通りにザニ・ガンの秘密基地を擁する葉階レベルと幹の結合部に命中し、凄まじい光とエネルギーを放って爆発した。

 衝撃波が空里たちを襲い、あたりに残っていた建物を崩していく。

 ネープは空里を抱き起こすと、少しでも安全な場所に彼女を導くためその体を抱きながら走り出した。二人はわずかに残った建物の陰にたどり着き、降り注ぐ砂礫や暴風から身を守った。

「くそ!」

 追いついてきたシェンガがネープの足にしがみつきながら悪態をついた。


 やがて爆発の余波が落ち着き、建物の陰から顔を出した三人は信じられないものを見た。

「なんてこった……」

 シェンガが唸る。

 宇宙船の基地があった隣の葉階レベルが──

 熱核弾の爆発によって幹の支えを失い、丸ごと落ちていこうとしていた。

 もちろんその上の街も一緒である。耳を弄する轟音と共に、街が丸ごと沈みながらバラバラに崩壊していく。

 恐るべき光景に戦慄する空里の肩を抱き、ネープは彼女をその場から引き剥がした。

「急ぎましょう。ビーコンを起動しました。コルベットはこちらに向かっています」

 葉水池リーフプールの森と広場はもう目と鼻の先だったが、あたりはさらに荒廃しルパ・リュリたちの姿も見えなくなっていた。

 みんな無事だといいのだが……。


 三人が瓦礫の山を乗り越え、葉水池リーフプールに続く大通りに出たその時──

「わ!」

 シェンガが驚きの声をあげた。彼の眼前に一体のドロメックが舞い降りている。

 ドロメックは頭部のカメラをめぐらし、空里とネープに向けると甲高い電子音を立てて浮上しようとした。

 次の瞬間、ネープはベルトから振動ナイフを抜き、ドロメックに投げつけた。狙い過たず、機械生物は頭部を刺し貫かれて墜落した。

「……見つかったようです」

「誰に?」

 空里の問いに答えるがごとく、あたりから反発場機関リパルシングエンジンやイオンスラスターの音が響いてきた。

 やがて、空里たちはおびただしい数の追跡戦闘艇パシュート・ボート狩猟無限軌道車ハンティング・クローラー、その他大小の機動飛行車輌に囲まれた。

 シェンガが唸った。

人狩賊ペルセイダー……だけじゃねえな。賞金稼ぎバウンティハンターやら傭兵やら、なんやらかんやら……」

 そのほとんどは、カルリオーレやテッテロアに呼び集められた者たちだったが、彼らはすでに雇い主の手を離れていた。戦乱の中でクライアントの消息が失われた今、賞金を狙う者たちは一致団結して獲物を押さえ、報酬を分け合うことで臨時の合意に達していた。

 邪魔者はネープとミン・ガン一人ずつ。だが、これだけの手勢ならなんとかなるだろうという読みだった。

「みんな、私に用があるのよ、ね」

 不安げにつぶやく空里に、完全人間の少年は言った。

「心配いりません。キャリベックを呼んで排除します」

 ネープはコムリンクを耳に当て、スター・コルベットを呼び出した。

「コルベット……クアンタ卿ですか? あれに指示して私のキャリベックをビーコンにのせて……」

 そこまで言って少年は言葉を切り──

「……なんですって?」

 ──と聞き返してからコムリンクを耳から離し、呆れたような声を出した。

「あのバカ……」

 空里にはその言葉がミマツーを指すものに違いないと思えた。彼女は何をしでかしたのだろうか?

 ネープに聞こうとして口を開いた時、眼前でエネルギー弾が炸裂した。

「きゃん!」

 賞金首を包囲した狩人たちは、一斉に射撃を開始した。

 当然のことながら、彼らの武器は帝国のシステムとはオフラインのスタンドアロンだ。

 だが全ての火線はネープが起動した感力場シールドによって虚しく防がれている。ネープは主君を──妻を抱きかばいながら耳元に囁いた。

「大丈夫です。すぐに助けが来ます」

 言いながら、ネープは空里に気づかれぬようシールドジェネレータのエネルギー残量を確認した。シールドが本当に必要となるまでギリギリ温存していたが、ポータブル型のジェネレータではこの猛攻を防ぎ続けられる時間は決して長くないのだ。

 シェンガがパルスライフルを構えて反撃した。だが敵もシールドを展開していて効果がない。

 ネープはライフルの銃身を下げさせた。

「撃つな。むしろシールドの減衰が早まる」

「そうも言っとられんぞ!」

 シェンガの指差す先に、一台の地上車クロウラーがいた。その後部に固定式の実体弾砲ソリッド・キャノンが見える。地上車クロウラーは瓦礫の上で方向を変え、砲をこちらに向けようとしていた。

 このレベルのシールドであの自走砲の直撃を喰らったら──

 ネープはベルトからシールドジェネレーターを外すと、空里に手渡した。

「あの砲を排除して来ます。これをしっかり持って、身を低くしていてください」

「ネープ! 無茶よ!」

「大丈夫。他に選択肢はありません」

 完全人間の少年はプラズマソードを起動すると、シェンガに声をかけた。

「援護してくれ」

「やれやれ……俺もシールドから出るしかねえな」

 どうしよう……。

 二人の覚悟に空里が戸惑っていると──


 空から何かが舞い降りて来た。


 人間の形をした赤銅色の影。

 だがその手足は異様に長く、しかも本数が多すぎる。

 さらに頭部には、三方向を向く三つの顔が鎮座していた。

 空里は美術の教科書で見た、古い仏像を思い出した。

 あれは、なんていったっけ? そう……。


 阿修羅だ。

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