9.銀河皇帝の盾

 それはヴェールをかぶり、小さな子供を連れた一人の女だった。


 敵の機動甲殻モビルシェルに狙いを定めたスコープのターゲットライン上に突然現れた。脇道から通りに飛び出し、敵機に追われて逃げ惑う群衆と自機の間に割って入ったのだ。

 女はまるで「撃つな」と言うように両手を広げて、こちらの射線上に立ちはだかった。傍に立つ子供もそれを真似るように同じポーズを取る。

 勇敢だが愚かだ。射撃手ガンナーは一瞬にも満たない憐憫をやり過ごして、躊躇なくトリガーを引いた。

 が──

 主砲は沈黙した。

 二度、三度とトリガーを引き直すが、何も起きない。スコープ内には紫色のアラートが点滅し「発射不可」の文字を浮かべている。

 故障? こんな時に? 命取りになりかねぬ事態に射撃手ガンナーの血の気が引いた。

「何してる! 早く撃て!」

 機長コマンダーが叱責する。

「それが……!」

 火器管制システムは、すべてのゲージやモニターが紫色の光に彩られていた。

 再度スコープを覗くと、女は背後の群衆に何かを叫んでいて、人々が女の指示に従うかのように路地や脇道へと逃げ込んでいくところだった。奇妙なのは、敵の機動兵器も沈黙を守っていることだった。こんな絶好のチャンスに、なぜ撃ってこないのか。

 あり得ないことだが、あの女が両者の火器を完全に封じて人々を護っているようにしか見えない。

 だとしたら一体どういう技術……いや、力なのだ。

 業を煮やした機長コマンダーが命じた。

操縦士ドライバー、一時後退しろ! 二号機にやらせる!」

 やがて通りからはほとんど人々が消え失せ、女と子供もその後を追って出てきた脇道へと駆け込んでいった。

 直後──

 敵からの攻撃が感力場シールドに炸裂した。

 思わず射撃手ガンナーがトリガーを引くと、照準の狂った主砲弾がさっきまで人で溢れていた通りの地面を吹き飛ばした。

「どこを狙ってる! 応戦しろ!」

 体勢を立て直した浮砲盤ガンタートルのすべての砲口、銃口が火を噴いた。

 通りは火線の嵐によって地獄と化していった。


 裏通りは、表から逃げ込んだ人々でごった返していた。

 

 そこで空里はルパ・リュリやネープたちを探しながら、足が震えて来るのをどうしようもできなかった。

 

 現れた機動兵器が帝国のシステムで動いていることを皇冠クラウンに確認してはいたものの、実際にその眼前に立つのは思っていたより遥かに度胸の要ることだった。結果、皇識プログラムが聞いていた話の通りに機能するものであることがわかった。正に、銀河皇帝の盾と言えるシステムだ。

 だが、生身で大砲の前に立つのはできればもう御免こうむりたい。まだ足が地につかず、さっき見たピク・ガンの老婆のようにへたり込みそうだ。


 さて、仲間たちはどこにいるのやら。

「アンジュ、サリナの声が聞こえる」

 ザニ・ガンの少年が空里の手を引きながら言った。

「本当?」

 空里自身には雑踏と戦闘の巻き起こす音しか聞こえない。だが、ザニ・ガンの声が同族だけに聞こえる周波数も出していることを皇冠クラウンが教えた。

 キリクに引っ張られるまま人の波をかき分けていると、やがて空里にも彼の妹の声が聞こえてきた。

「キリク! キリク! お兄ちゃん!」

 それとほぼ同時に、サリナを抱いたルパ・リュリとジャナク、チニチナ、ゼ・リュリに宿の人々、さらにはネープとシェンガも一緒にいるのが見えた。

「よかった!」

 近づいてきた少年に、空里は思わず抱きついた。ほんの少し安心した。もう足は震えない。

「ルパ姉さんも、みんなも……」

 ルパ・リュリは、サリナを下ろして兄に返しながら、何か複雑な表情を浮かべている。どこか怖れを感じさせる不思議な顔で自分を見つめる彼女に、空里は眉をひそめた。

 ネープは空里を抱いたまま耳元に囁いた。

「スター・コルベットを呼んであります。宙港は使えないので、開けた場所でピックアップさせます」

「ミマツーが来るの?」

「はい。もう少しの辛抱です」

 そう言うと少年は空里を放し、ルパ・リュリに向き直った。

「この辺にどこか開けた場所は? 四〇メートル級の船が降りられるところはありませんか?」

「え? ええ……ああ」

 黙って抱き合う二人を見つめていたルパ・リュリは、虚を疲れて言葉を濁した。

「そうね、葉水池リーフプールの辺りはどうかしら。広場や森があって宇宙船も降りられると思うけど」

「そうだ。わしらも一緒に行こう。森の中に隠れればまだ安全かもしれん」

 ゼ・リュリの言葉を聞き、空里はネープに声をかけようとしたが、思い直して屈み込むとシェンガに言った。

「リョンガ様、みんなを船に乗せられませんか? そのほうが安全だと思うんですけど……」

 言いながらそっとネープに目配せする。彼は小さく首を振った。それはシェンガへのサインでもあった。

「ダメだ。宿の衆全員はとても載せられねえ。それに船での脱出も安全とは言い切れないぞ。撃墜される恐れもあるんだからな」

 シェンガはルパ・リュリとゼ・リュリに言った。

「すまねえな。仕方ないんだ」

 ルパ・リュリは心の隅の疑念を抑えながら、静かに空里に語りかけた。

「アンジュ、気持ちはありがたくいただくわ。大丈夫よ」

 空里は唇を噛んでうつむくしかなかった。

「案内できますか?」

 ネープがゼ・リュリに聞いた。

「ああ、こっちだ」

 一同はゼ・リュリの先導で裏通りを進み始めた。

 

 時折、上空を浮砲盤ガンタートルが横切り、流れ弾が近くの建物に着弾して石塊や土煙が降ってくる。

 空里はネープに手を引かれながら、どうしたら皇識プログラムで周りのみんなを護れるか考えていた。直接兵器の前に立てばなんとかなるようだが、戦闘に巻き込まれて流れ弾に当たるかもしれないし、思わぬ脅威がどこから降ってくるか分からない。

 

 やがて一同は、裏通りが交差して少しだけ開けた辻に出た。

 その時──

「よし、全員動くな」

 左右で待ち伏せしていたユーナス征星軍クルセイドの機動歩兵たちが、人々にパルスライフルの銃口を突きつけた。

 ゼ・リュリが前へ出て兵士たちに話しかけた。

「デュ、ナンガ、デフ。ヴェンド、サバン、ダン。ドウル、コン、ランドべ?(わしらは避難民です。ゲリラではありません。通してくださりませんか?)」

 彼はユーナシアンだけが使うラガン語で、同族のよしみを訴えたが、兵士は帝国標準語で冷たく答えた。

「そのザニ・ガンの子供は置いていけ。あとは行っていい」

 その場の全員がキリクとサリナを見た。

 ルパ・リュリはハッと何かに気づいたような表情を見せると、兄妹を抱きかかえて後ずさった。

「ダメ! この子たちに先導させてゲリラの拠点に入っていくつもりでしょ! やめて!」

 彼女は故郷の〈千のナイフ〉でも同じことがあったのを思い出していた。友軍のゲリラ討伐隊が、捕らえたザニ・ガンを拠点侵入の際に露払いとして使ったという話を。

 機動歩兵はルパ・リュリに銃口を突きつけて恫喝した。

「黙って言う通りにしろ。命だけは助けてやる」

「やめろって言ってるだろ!」

 ジャナクが割って入り、ライフルの銃身を跳ね上げた。

「抵抗するか!」

 機動歩兵はライフルの銃把でジャナクの顔を殴り飛ばした。倒れたジャナクに他の兵士たちが一斉に銃を向ける。

 チニチナが身を投げてジャナクをかばい抱きついた。さらにその前に空里が両手を広げて立ちはだかる。

 次の瞬間──

 四人いた機動歩兵たちは全員が昏倒してその場にくず折れた。

 彼らの背後に立った少年が言った。

「仲間の兵隊が集まって来ると面倒だ。早く、移動しよう」

 ジャナクは唖然とした。

 今、間違いなく少年レルスは目にも止まらぬ速さで兵たちの間を駆け抜けながら、素手で彼らの意識を奪っていったのだ。こんな鮮やかな手並みで複数の機動歩兵を始末できる戦士は、銀河広しと言えどもだけだろう。

 そして、その戦士の横に立った一人の少女。

 もし彼女が、の護るべき人物そのものだとしたら──

 ジャナクは少女に呼びかけた。

 

「アンジュ……お前、一体誰だ?」

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