終わりの無幻消失

はらわた

ストロンゲスト編 一章

 無。

 人間として生きられず、機械生物にすら劣る浮浪者のすえた臭いに囲まれながら、崩れたアスファルトに座り、煩わしい小雨に打たれて機会を待つ。

「ゴミめ」

 優しさや甲斐甲斐しさなどは、余裕が無ければ出来ないことだ。俺が浮浪者の住処に紛れ込もうと、自分のことしか頭に無い奴らには気付けない。

 しかし油断はしない。黒の帽子を目深く被り、そのまま座って時の流れに従う。

 もはや一般人には永遠に使えなくなった車道は、特別な御用人にのみ許される場所で、そんなところに屋根を張る者はいない。

 だからこそ、こんな近くまで浮浪者が居座るということは……何をするかは目に見えている。

「目標が基地から出ました」

「……」

 俺の背後にある洋服屋の店のガラス窓には小さな円状の穴が開いており、そこからシパルの声が聞こえる。

 『クラウディネス』にとっての仮拠点でもあるここには十数人の仲間が奇襲に備えて待機しており、最近入ったばかりの新人であるシパルが俺の補佐及び情報調達係のパイプ役になってくれている。

 いざとなれば俺がシパルを処分することになっている。クラウディネスの成り立ち自体危ういものであり、いつ裏切られるかさえ考えなければならないほどに信頼関係が築きにくい。だからこそ確かな信用もなくシパルを受け入れたのだが。

 機械生物『ミーザ』。人間を模して作られた人間。マシンクリチアの『シン』とも人造人間とも呼ばれ、俺達はその集団なのである。

「密告者の情報によれば、ゴッドシリーズのマシンクリチア……『エリニュス』を乗せたトラック型の防護車が通るとありましたが……信じるのですか?」

 シパルから全く信じていないような調子で質問をぶつけられ、少したじろぐ。

「密告は手紙で来た。俺達クラウディネスが出掛けていて、門番が寝ている完全無防備の状態の時にこの店の中に置いていってな。浮浪者の目撃情報によれば、髪が白く、恐らく中学一年生くらいの幼い子供だったそうだな」

「……それを?」

「おかしいとは思っている。リスク管理がうまく行きすぎだ。それでも、これが善意によるものだと思っている」

「占七【せんなの】さんの見立てを教えてください」

「密告者はクラウディネスの活動に賛成していて……いや、そもそもクラウディネスを知っている権力者か。それとこの車道をゴッドシリーズが通ることを知っているとなれば、そいつはその関係者だろう。もしかして、密告者ってのは『エリニュス』本人じゃないか?」

 しっくり来る答えに辿り着き、俺の頭の中は冴え渡る。背後の様子は分からないが、シパルはこれに賛同してくれるだろうか。

「……そもそも、ゴッドシリーズに勝てるのでしょうか」

「そう来るか」

「マシンクリチアの頂点とも呼べるゴッドシリーズに今のクラウディネスが勝てるとはとても思えません。退避するように警告をしたのではないですか?」

「仲間がクソ雑魚なことくらい承知している。だが、俺とシパルならゴッドシリーズを戦力に加えることくらい出来るだろう」

「占七さん、分かっていないようですが、あなたも私も……優しすぎるんです……」

 自分で言う優しさほど信用出来ないものはない。しかし、俺とシパルは既にお互いに優しいと言い合った仲だ、事実優しいのかもしれない。

 それがこの作戦とどう結びつくのか、いまいち汲み取れない。

 ……雨が止んだか。代わりにパラパラと弾く音が聞こえ、ついでに視界が暗くなる。

 見上げると、俺の隣にはロズ学園の白と赤の制服を着た銀色の長い髪を濡らしている少女が居た。

 生気を失いかけた深い海のような青い目で、俺を憐れむでもなく、真っ直ぐに見つめている。

 知らない子だ。

「……どうしたんだ、お嬢さん」

 俺に傘を預けてその場にしゃがむので、俺は彼女に雨が当たらないように傾けた。

「他の人間はビニールで屋根を作っている。あなただけがこの雨に打たれているのは何故」

 感情を表に出すのを避けているのか、淡々と喋る。

 まさか防護車を襲う為に待機しているだけとは言えない。

「……俺自身、どうでもいいのかもしれない。何もかも」

 嘘の顔が出ないギリギリの本音でその場をしのごうと騙してみるが、効果は薄いようだ。

 彼女はミーザなんだろうな、と予想しながら傘を返そうとしたが、彼女は受け取ろうとしなかった。

「わたしと学園に入学すれば、世界は一つではないと分かるかもしれない。この場から学園までの徒歩三十分、若さに任せて入ってみない」

 小さな手を俺に向けながら、小柄で華奢な体で俺を引っ張ろうとしている。その手を掴めば立たせてくれるのだろうが、俺にはやらなければならないことがある。

 渋っていると、彼女は追いうちをかけてきた。

「この無秩序の道を一人で歩かせるほど、あなたには余裕がないの」

 ……バカが。俺は紳士だ。

 雨に打たれないようにした優しさは、俺に余裕を生み出し、その余裕で優しさを返さなければならないのなら、俺は彼女の言うように護衛として付くべきだ。

 俺はクラウディネスのリーダーでも重役でも無い。俺一人いなくても気にしない組織だ。俺以外にも見張りはいる。仕事は果たされる。

 だから俺は立ち上がった。それと同時にシパルの気配が完全に消えるが、それはいつものことで気にはしない。

 裏からの侵入口で殺されたわけではない。実際にシパル以外の仲間は全員気配がする。

 この銀髪の少女が工作員のような役を担っているなど、野暮な考えだ。

「所詮、俺は浮浪者。対価があれば何でもやるさ」

 俺の的を得た答えに彼女は少しだけ微笑む。

 ……その表情によく似た人が居たような気がしたが、かなり前のことなので一生分からないだろう。

「……優しい人は好き」

 彼女は爪先立ちで俺の頬にキスをした。

 それによって、俺の男としての役得は八割満たされたと言っても過言ではない。

 生きてて良かったと心の底から思えた。

「対価は足りる?」

「仰せのままに、レディ」

 俺は左手を胸に当てて礼をする。俺が好きになれる人間はそうそう居ないが、俺の中のぽっかり空いた穴にちょうど良くハマるくらいの理想の女性は、彼女そのものと言えるだろう。

 無感情だったはずの彼女は、そんな俺の姿勢に口元を隠しながら感激しているようだった。

 ……いや、涙を流している?

「これは雨」

 彼女は歩き出し、学園を目指した。もちろん俺もついて行く。

 浮浪者に紛れ込んだ仲間も俺を止めることはない。むしろ一般人を巻き込まないように配慮しているので、仕事をしていると言えよう。

 ……シパルの気配が奥の電柱の裏からする。ああ、俺に付いてくるか。

 相合傘では片方がはみ出してしまうかと思いきや、彼女は想像以上の細さであり、ぴったりと寄り添って雨を避けた。

 歩いて二十分程だろうか。綺麗な子に寄り添われられて緊張していた俺は何も話しかけずにいると、彼女から切り出した。

「……わたしの名前はフリアエ。あなたは」

「俺は……占七。占いと七で占七。どうして俺に声を掛けようとした?」

「わたしが見える世界で、あなたが好きな人だったから」

「真っ直ぐだな。素性も知れない相手に」

「そうでもない」

 ……ぞわり、と背中に虫が這い上る感触を感じた。

 良い人というのは、騙すことはあっても嘘は付けないものだ。臭い、汚い、そんな言葉を吐いても「洗え弁え」と言葉が続く。それが甲斐甲斐しさである。

 俺の素性を知っている……だと?

「──学園に着いたら、まずは身分証と費用が必要になる。占七に用意が出来ないのなら、わたしが準備する」

 金ならクラウディネスから取ればいい。少数で学園に潜入する計画があった。それに加えてもらえればいい。

 ……待て、おかしな話だ。何故俺が学園に入学することになっている?

「なあフリアエ。お前は俺が誰だか知ってるよな」

「……」

「まさか、お前が……」

 立ち止まり、振り返り、俺は走ろうとした。

 しかし、その動作をあらかじめ察知していたのか、俺の左腕をフリアエががっちりと掴む。

 全身の体重さえ重しに変えて使う彼女は俺が駆ければ吹き飛んでしまうだろう。直接の害を受けていないが為に、俺はそれをためらう。

 彼女には元より力が無いのか、俺が少しでも腕に力を入れれば離せそうだ。

「駄目、占七。わたしからの対価を投げ捨てる気なの」

 だからこそ、精神的な束縛を行なった。俺がこのまま元の場所に戻れば、彼女に恥をかかせることになる。

 それは紳士のやることではない。また、一度決めたことを曲げるのは男ではない。

「俺には理由がある。目的もある。理想を胸に秘めている。これは……俺の死に値する」

「ならばわたしの死で固定する。占七がわたしを守らずにあそこに戻れば、わたしは呆気なく浮浪者に捕まり、人身売買という形で自由を無くす。それはクラウディネスが目指す根絶すべき悪」

「お前はマシンクリチアか?」

「違う。わたしはミーザ」

 ……ミーザか。

 ファーストミーザ。人造人間一号とも呼べる原初のマシンクリチア。人間の道具としてではなく、人間と同等の存在として生きたミーザと同じになるべく、クラウディネスのような人造人間の組織は自身をミーザと呼ぶ。

 しかし……ゴッドシリーズは政府のマシンクリチア。自分は人間であると宣言するようなものを、彼女は言い切った。

 エリニュス。他神話では別の呼び名でフリアエと呼ばれている。まさか、ターゲットが目の前に居るとは……。

 ──待て。無理だ。善意と優しさを持つ女の子を貶めることなど俺には出来ない。過去から未来の隅々まで、その可能性は生まれない。

 ただ、エリニュスが一人とは限らない。やはり……。

「あなたの仲間は死なない。政府の労働力として運用される。それは生きること、即ちチャンス。あなたはわたしとロズ学園に入学し、わたしはあなたのパートナーとして、あなたと共にトップへとのぼる。それが王道……!」

「やはりな。俺の正体を知っているようだ。悪いが俺は占七だ。クラウディネスは俺が守らなければならない」

「周りを見て。数十人もの浮浪者がわたし達を見ている。あなたが去ればわたしは確実に死ぬ運命を辿る」

「それもどうかな。お前はゴッドシリーズだ」

「そのゴッドシリーズの、たった一人のミーザの、わたしという可能性をあなたは捨てるというの。マシンクリチアではなく、ミーザとしてのわたしを……」

 フリアエの仕草、表情ではなく、言葉の意味をそのまま理解しようとする。

 彼女は占七という俺ではなく、本当の俺とどうしても学園に行きたいようだ。丁度今の時期、俺の歳では高校一年生の入学式が始まる。家とは縁を切ったはずの俺が再び名前を取り戻し、学園を過ごす為には相当の準備が必要だっただろう。

 彼女は肝心なことを言い忘れている。俺がフリアエと一緒にならなければ、フリアエは俺の為に用意したロズ学園の学生になるというシナリオは成立せず、さらにエリニュスを捕獲しようとすれば最悪フリアエが政府を裏切った形になる。

 俺が……クラウディネスに捕まり、人質にされているというシナリオでなければロズ学園へ入学ができないのだ。トロッコ問題と似たようなものかな。

 そこまでするのはマシンクリチアには出来ない。想いと尊重、それを兼ね備えられる人間だけだ。

 そう……フリアエは紛れもなくミーザなのだ。

「……へへひ」

 俺がうだうだしているうちに浮浪者達は立ち上がった。余計なことを喋ると面倒が起きるもの。

 一人、二人、五人、十人。倍毎に増えていくそれらは、俺達を見て涎を垂らす。

 ……人間ではなく、機械生物よりも身勝手。彼ら浮浪者は──今はペストと呼ばれている。

「ミーザ……ミーザってよ……こいつら純正品の人造人間だぜ? 儲けは山分けだぁ~……」

 一人が懐から赤く変色した鉄パイプを抜くと、それに従って全員が得物を手にする。

 もはや彼らには知能を育てる環境はなく、多くの人間がミーザを人造人間と区別した。それが俺達を狩りの対象へと昇華させ、人間の心を持った機械を集める悪趣味なコレクターの玩具と成り果てた。

 ペストにとって生きるということは物理的な意味でしかない。だから……暴力が蔓延る。

「占七。戦うしかない」

「だがよフリアエ」

「価値観は育んだ時間と同じだけの更生でしか変えられない。ペストが四十歳まで生きられない世界だからこそ、この大人達のペストは人間とは呼ばれない。人間ではなく、ペストだからこそ暴力でしか分かり合えない」

「分かり合うんじゃなく、分からせるんだがな」

 四方八方に囲まれて直線的な逃げ道は塞がれた。

 結局のところ、俺の背後にフリアエを移動させる時点で置いていく選択肢など無かったのだと実感する。

 俺はため息を吐いた。馬鹿の相手は気苦労が知れない。

「俺が……最強だということを」

 まず傘をフリアエに返した。帯刀していた太刀を引き、右足を後ろへ半歩ずらす。左手は素手、右手にはリーチの良い太刀。我流の戦い方ではあるが、俺の身体能力ではこれが一番やりやすい姿勢だ。

 やらなければ死ぬだけのペスト共は相手が自分の得物の何倍も強力な武器を所持していようと怯むことはない。少しでも自分に得になるように、少しでも早く、俺達に襲い掛かろうとする。

 連携のない奴らなど、たとえ集団だろうが個人の実力を上回ることなど出来ない。

「うおおおおおおおお!」

 一人が真正面から突入してくる。雄叫びは威圧だろう、相手が怯めば攻撃が通りやすいことを知っている。

 鉄パイプで俺の頭を叩き潰そうと振り上げ、俺の間合いに入る。……残念だが、いきなり急所は悪手だ。

「おおおおおおおお──ぐごッ!!」

 単純な作業というもので、俺は左手を拳に変えて前に突き、ペストの顔面を粉砕しながら大きく後方へ飛ばした。

 脳はぐちゃぐちゃになったはずだ。即死だろう。

 流石にペスト共が俺の実力に気付き始める。彼らの考えている通り、俺はそこらの人造人間ではない。その力は人造人間の頂点とも言えるゴッドシリーズと並ぶものだ。

 ……物理的な力で言えば……だが。

「おらぁ! 行くぞてめぇら!」

 一人ではなく複数では対処できないと睨んだ彼らは五人で俺に突撃する。

 狙いはバラバラだ。とりあえず俺の指先にでも損害を与えられれば良いと考えている。

 俺は太刀を俺の左脇の空間に移動させ、範囲内に五人が入った瞬間に横に薙ぎ払った。

 彼らの一手は掠めもしない。胴と下半身を斬りはなされ、真っ赤な花を咲かせるのみだ。

 ……やり過ぎたか。ペストの狙いがフリアエに向いていく。

「平気か?」

「問題ない」

 かなりグロテスクな光景のはずだが、フリアエは至って冷静だ。

 銃でもあれば無駄に時間を浪費せずに済む。高望みか。

「……あれは、やばい。絶対に関わっちゃいけねぇたぐいだ……」

「馬鹿野郎! この人数で駄目なら、この先俺らの未来はねぇよ!」

 俺の後ろからピチャピチャと足音が鳴る。完全にフリアエを狙ったものだ。

 俺はフリアエの真横に跳び、そのままバネのように地を蹴って刃をペストの首に当てる。

 体幹が崩れて倒れ、血液を飛ばす。それらがかからないようにフリアエを少し遠ざけた。

 ……面倒だ。受けに回っていると怠くて仕方ない。

「ペスト共、五秒やろう。この場を退かない者は殺す」

 長く与えすぎると悪知恵が働く。これでどうにもならなければそのまま死んでもらう他ない。

 しかしペストの中にも一歩後退れば崖から落ちる者がいる。予想ではほぼ向かってくるはずだ。

 そして五秒経っても俺から視線を外さず、退こうともしないので、太刀の血を払って全員を殺す算段を立てることにした。

 しかし……。

「……おや、おやおや情けない。無能な虫共ですねぇ」

 終わることのない戦況に、自分の手駒が潰れかねないと思ったのだろう。ペストにとって無くてはならない存在……スレイヴトレーダーがペスト共を割って現れた。

 化粧粉をつけた長髪の男性で、その上を自律思考型ドローンの傘が飛んでいる。その隣には黒と青の制服を着たデビル学園というなんとも昭和っぽさの抜けない名前の学生が四人。

「む? なるほど、あなたでしたか……瞬殺帽子君」

「その呼び名はやめてもらおう」

 俺の黒い帽子がトレードマークにでもなったのか、俺のことを覚えることのできる長生きな人間……特にスレイヴトレーダーにはそう呼ばれている。

 その名前だと馬鹿にされたような気分になるので、自分の黒い帽子を脱ぎ、雨水を払ってフリアエに被せた。

「そうそう占七でしたか。ペスト相手に良い気になっている所、悪いんですがね……。本場の戦闘型マシンクリチアはあなたとは違うんです」

「スレイヴトレーダー柏木様、えと、私共の任務は護衛では……?」

 良い気になっているその柏木とやらに、学生の一人、黒の長い髪の少女がおどおどと異議を唱えた。

「おっと! では報酬を倍にしましょう。追加で瞬殺帽子……もとい『ストロンゲスト』討伐には、百万円は出しますかね」

「ひ、百万!? いえ、でも、それは道徳的にどうかと……」

 これは中々……。人当たりの良さそうな黒髪少女の頭を赤髪の少年が引っ叩いた。

「おい新入り! サタンの名を授けられたからといって、調子に乗るなよ!」

「す、すみません……」

「こういう場合は、快く引き受けるもんだ。マシンクリチアが人間として生きられるのに十分な金だろ? まさか、ペストと一緒になりたいのか?」

「……べ、別に、私はどこでも……」

 サタンだと……!

 マシンクリチアには、それを作る人間によってシリーズが異なる。ゴッドシリーズであれば政府が、デビルシリーズではそれを作る民間企業。売春目的のウォーフシリーズ。戦闘特化のバトルシリーズ。様々あるのだ。

 その中でもデビルシリーズというのは戦略兵器と言える。マシンクリチアは人間のために生まれている、生きていくためになくてはならない存在であるのに対し、人間を殺すために作られた禁忌のマシンクリチア。

 その中で最強の悪魔と言われるサタンの名を授けられたとは……今までに一度としてない。

「占七。あの『ミーザ』は強い。シパルさんくらいに」

「そうか……なんでシパルを知っている?」

 これから殺されるかもしれないというのに、フリアエはなおも冷静に話す。

 彼女がどんな能力を持ったゴッドシリーズなのかは知らないが、とてもペスト相手だろうと勝てるような人間には見えない。

 待て、『ミーザ』だと?

「では……ストロンゲストさんが襲ってきましたら、迎撃します。その際に倒してしまったならそれを討伐としましょう。それで、い、良いですよね先輩方」

 どうしても自分から向かうのに抵抗があるようで、サタンと呼ばれた少女は引きついた笑みで提案する。

 流石の赤髪先輩もそこまで言われると無理強いは出来ないようで、返事を返すことなく俺の方へ向いた。

「ブラッド、手本を見せるチャンスじゃないか」

 金髪で長身の少年が赤髪先輩に話しかける。

「雑魚相手も飽き飽きだ」

 筋肉の形が制服の上からでも浮き出ている少女は背負っていた、刃が棒の剣のようなものを抜く。

「しゃあねぇ」

 赤髪先輩は首を鳴らしながら前に出た。

 どうやら、俺の遊び相手はマシンクリチアが引き受けてくれるようだ。

「占七……ブラッドと呼ばれた男は血を使った魔法を仕掛けてくる。まずは私達の周りの血を使って散弾銃のように全方位から攻撃してくる。次に金髪の男は水を使って相手を切断するウォーターカッターのような魔法を使う。そして体の大きい女は力任せに殴打する。対処を」

「なるほど。ゴッドシリーズの名は伊達ではないな、フリアエ」

 フリアエから全てを種明かししてもらい、俺もやりやすくなって気分が良い。恐らく脳の負荷が大きすぎて実現不可能と言われた感知型のマシンクリチアである彼女は、俺が克服すべき課題である集団対個人の難問を容易に解いてくれた。

 後は、優しすぎるサタン様に免じて、あいつらを生かすか殺すかだな。

「殺しては駄目。後に役に立つ」

「……心読めてんのか? 怖ぇ」

 ──ということだ。

「よし! クラック、アサイン、標的はストロンゲストだ! 最強が相手では手は抜けん、必殺フォーメーション!」

 ブラッドと呼ばれる赤髪先輩が右手から血を撒き散らし、何かを掴むような形でそれを自身の目の前に掲げた。

 すると俺の周りに赤い粒々が浮き上がる──前に俺は脇差をブラッドの右肩に投げ付け、刺さって鍔がぶつかり、その衝撃で後方に大きく飛ぶ直前に俺はブラッドの隣まで追いつき、腹部を殴って地面に激突させた。

 クラックと呼ばれた長身の男が怯んでいる隙に、同じく腹パンで気を失わせた。次にアサインと呼ばれた女が得物を振り上げる前に、脳が揺れるように拳を使って顎を超高速で掠めさせた。すると彼女の脳は体に指令を出すことができなくなり、その場に倒れる。

 利き手では無かったが、加減は上手くできたようだ。

「うひぁああああああ!?」

 俺の間合いに完全に入っている柏木は、俺の殺気のようなものに直に当てられてしまい、発狂して一目散に逃げ出した。

 万に一つも敵わない。絶望したと言っても過言ではない。

「ああ! 柏木様!? えとえと、ええ……?」

 護衛対象を守らなければならない。しかし仲間を置いてはいけない。サタンはその場で右往左往に歩きながら、俺と目が合う。

「あ……その、ストロンゲストさん。私の先輩方がご迷惑を……」

「気にすんな」

「私ったら、入る学園を間違えたようです。この仕事は向いていないみたいなので、二度とあなたと敵対することもないでしょう。では、今回のことは私の不始末として、先輩方を連れ帰るとします。お疲れ様でした」

 そう言って、自身の学生服……セーラー服の肩の部分を破き、ブラッドに刺さっている脇差を抜いて俺に返し、その破った部分で止血した。

 携帯していた鞄から鉄製の細いロープを取り出して、自身の腹部とアサインの体に巻き付け、アサインを引きずりながらブラッドとクラックをオーバー気味に両肩に乗せる。

「では、また会いましょう。ストロンゲスト……くん。ストロンゲストくん。ふふ」

 最後は気持ちの良い笑顔で別れを済ませ、動きづらそうに歩き出した。

 やはり、優しすぎる。

 ……そんな格上である存在のマシンクリチアが敗れた今、ペスト共は完全に勝機が無いことを悟り、柏木よりもさらに発狂して逃げ出していた。

「ぎゃあああああ!」「化け物だぁ!」「おいてめぇ邪魔だ!」「うわあああああああ!」

 誰も逃げろだなんて言っていないのに、自分勝手に逃げることを選ぶ彼らは……そうだな、ゴキブリのようだ。

 下等遺伝子を持つ者は、環境が悪いとすぐに醜くなる。人間とは元来善意で満ちているというのに。

 パラパラパラ……。雨粒が傘で遮られる。

「お疲れ様、占七。それとも朝飯前?」

「いやまだ寝てるな。……おい、そんなことよりクラウディネスに何をした? 俺を引き抜けば倒せるとでも? あれはミーザの組織だぜ」

 本題に戻る。フリアエの狙いはクラウディネスになる前の俺に戻し、俺とロズ学園で過ごすこと。それによって成績上位者になって権力者にでもなろうという魂胆だ。いや、俺の為にか?

 いずれにせよ、クラウディネスは……そうか。フリアエの能力でどうしてもクラウディネスの拠点を見つけてしまうのか。

 俺達が退かなければ絶対に戦うことになる。俺をロズ学園に引き入れたいフリアエは俺とエリニュスを戦わせることを避けたい。

 ……これで、クラウディネスが半殺し程度で済まされていればギリギリ許せるかもしれない。ただし、もし殺していたのなら……この話は無しだ。

「……っ」

 フリアエの傘を持つ手が震えた。それが俺の危惧していたものと関係しているのではないかと、自分でも驚くほどにこじつけることが出来るので、俺は無意識に焦っているだろう。

 太刀を収め、右手でフリアエの襟首を掴む。紙のように軽い彼女はそれだけで大きく揺れた。

「聞いてるのか? クラウディネスを片付ける為に俺を離したんだろ。俺が……一番手強いと踏んで、遠ざけようとしたんだよな」

「占七……うぐ」

「あいつらは確かに組織じゃ下っ端集団だがな、お前達のようなどうあっても政府の犬にしかなれない人形と違って善人の集まりだ。一人でも殺してみろ……お前を奈落の底に沈めてやる」

「そんなこと……そんなこと言われたって……!」

 彼女の目尻から涙が流れ、されるがままに俺に締め上げられる。抵抗するでもなく、ただただ俺のことを心配する姿に……立場さえ違わなければと惜しく思う。

 そうこうしていると、頭が痛くなる程の甘い香りがし、灰色のトラックが迫ってきた。

 車道を正確に通るそれを避けるため、俺はフリアエを離して歩道へと連れていく。トラックは死体を轢きながら通過し、ロズ学園の方向へ向かった。

 あれが俺が襲う本来のターゲット。……早くないか?

 俺程ではないにしろ、クラウディネスが……全滅した?

「おいてめぇ!!」

「待って! 待って占七、落ち着いて。これでいい、これで一番穏便な終わり方。この場に合わせてくれれば、わたしはあなたの怒りを全て受ける。慰み物にしてくれても構わない。だから……」

「くそが……!」

 弱りきったフリアエは、シワになった制服を切羽詰まったように無くしながら、トラックがやって来た奥へと視線を向けた。

 するともう一台のトラックが遅れて向かって来る。俺は太刀を捨て、今度は俺達を通り過ぎず、目の前に停車した。

 後ろの黒い大きなキャビンからロズ学園の制服を着た短い銀髪の女と、青い髪のレディーススーツを着こなした女が降りる。

 青い髪の方は、ドローンの傘が飛んでいた。

「アレクトー! どうやら……上手くいったみたいだね」

 銀髪の方はすぐ様フリアエに駆け寄り、濡れた体で彼女を抱き締めた。

 フリアエは俺をチラリと見るが、俺は気に入らずにそっぽを向く。

「ティシフォネの姉さん。古代嗣虎【ふるしろしとら】の保護に成功しました。ご覧通り、無事です」

 本当の彼女を知っている俺にとって、彼女の振る舞いは芝居かかっているように見えるが、ティシフォネと呼ばれる少女には満足のいく答えだったらしい。

 ティシフォネは手をフリアエの頭に置いた。

「それ以上の成果だよ。良くやった、まさかついでに瞬殺帽子まで倒してしまうのだから。ところで、この死体のどれが瞬殺帽子かな? 軍事運用に役立ちそうだ」

 ……俺の情報が正確に入っているのは帽子だけか。

「所詮は噂の存在です。ミーザにとっての希望の象徴のようなものなのでしょう。どれもこれも、瞬殺帽子になりたがります」

「そっかそっか。まぁ、それでも……初の成果が瞬殺帽子なことに変わりはないし、その帽子は自慢すると良い。……さて」

 ティシフォネはフリアエから離れ、俺の方へ寄って来る。

「嗣虎様、助けが遅くなってしまい申し訳ございません。古代様がご心配になっておられました……つきましては、ロズ学園にて入学手続きを行った後、古代様にお会いになるとよろしいでしょう」

「……ああ、助かる」

 そしてキャビンへ向かうように案内を始め、青髪の女性が俺の背中を押した。

「心配はいりませんよ。クラウディネスは既に片付けました。『人間』にとってはさぞかし恐ろしい集団でしたが……ご心配はいりません」

 青髪の女性の顔を見ると、さっきまで抗争が起きていたとは思えない程に落ち着いていた。さらに言えば、俺の正体や、フリアエの偽装工作さえ見抜いているような、強者のオーラを放っている。

「アレクトー。頑張りましたね」

「……はい、ガブリエラさん」

 フリアエも俺の後ろについて来る。

 全員がキャビンに乗ると、そこには誰一人として居らず、そのかわり屋根の上からシパルの気配がした。そしてトラックは緩やかに発進する。

 車と言ってもロズ学園はもうすぐそこまで来ている。三分と経たずに着くだろう。

 そこでガブリエラが俺に質問した。

「クラウディネス捕まっていた時、嗣虎様は何をされていたのでしょうか。いえ、彼らに酷いことはされませんでしたか?」

 ……一年か。この間のことに嘘をつくのはかなり厳しいな。

「良くしてくれましたよ。同情を引こうとして、俺が奴らに協力的になるように……洗脳のようなものだったと思います。名前以外価値のない俺が古代家と政府の内部秘密をうち明けた場合、用済みとなって殺されるのではないかと警戒していたので、掃除や洗濯などの家事を率先して行い、生き延びて来ました」

 少し盛りすぎたかもしれない、そんな不安を抱えて打ち明けた嘘はティシフォネに有効なようで、暗い顔のフリアエと対照的に涙を浮かべ、ぐしょ濡れのハンカチで拭う。

「さぞや、お疲れでしょう……。良くぞ生きておられました。我らの力がお役に立てたようで、誇らしく思います……」

「ティシフォネさん、ありがとうございました。あなた方が来てくれなければいずれ俺は家畜の餌になっていたでしょう。父には俺からあなた方の活躍を伝えさせていただき、報酬について話し合おうと思います」

「いえ必要ございません! 嗣虎様のそのお言葉を貰えただけで十分です!」

 ……犬が。人間もどきの俺に尻尾振りやがって……。

 心の底から喜ぶ彼女に苛立つ。やはりクラウディネスに残り、彼女らの洗脳を解いた方が良かったのではないかとすら思える。

 これだからゴッドシリーズは苦手なんだ。可哀想で同情してしまい、気分が下がるから。

 フリアエは、なおもボロを出すまいと沈黙を続けている。

「ところで嗣虎様。ロズ学園はご存知で?」

 ガブリエラがティシフォネと俺の間に入った。

「ええ、知っていますよ。人間とミーザが共生する所だとか」

「うふ……」

「え、あ、ああ! マシンクリチアと、ね」

「はい、その通りです。が、付け加える必要がありますね。人間とマシンクリチアがパートナーとして学ぶ学園なのです」

 ……フリアエの言っていたことはこれか。

「パートナー? 面白そうですね」

「面白い……とは。やはりあなたはお優しい。ええ、共に学び、共に戦い、共に成長し、相互理解する。マシンクリチアは人間の奴隷であるという立場を受け入れるか、受け入れないかの選択肢を得て、人間はマシンクリチアの主人のままでいるか、それとも友人? 恋人? 家族? いずれかの新しい考えを得ます。機械生物は……人間が進化した姿であると気付いてしまったのなら、この世界がとても息苦しい場所となるでしょう」

「ガブリエラさん、私達は機械です!」

 政府に属しているとは思えないことを言うガブリエラに対し、ティシフォネが異を立てる。

 人間に従わなければならない立場のマシンクリチアにとって、自身を人間としてしまったのなら、今までの感じてきたものが『苦痛』であると認めなければならなくなる。

「落ち着いて、ティシフォネ。自分が機械かどうかは学園を卒業してから決めれば良い。ゴッドシリーズのマシンクリチアではなく、全ての人間の中の一人になりなさい。アレクトーも、分かるわね?」

「はい……」

 フリアエが素直に返事をし、ちらりと俺の様子を伺う。それに対し、やはりティシフォネは受け入れ難いようだ。

「そんな、ガブリエラさん……!」

「勘違いしないで。私は自分を機械であると決めたからここにいるの。あなたはまだ機械にすらなれていない。それだけなのよ」

 ──他人の嘘に敏感な俺からは、ガブリエラが嘘を言っているように思えた。

 機械が……ここまで人間のように振る舞えるはずがないからだ。

 その場その場で適応し、世の流れに任せてそれらしく振る舞う俺とは違い、ティシフォネにとっては価値観の否定となってやり辛いのだろう。

 わだかまりを残したままトラックは停止した。

「……。行きましょう、嗣虎」

 フリアエが席を立ち、俺に手を差し伸べる。

「……」

 俺はその手を……確かに掴んだ。

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