第2話
穂純が学校の化学職員室に入ると、同僚の柏木先生と二つ上の島田先生がスマホを見合って話していた。
「おはようございます。何見てるんですか?」
「高篠先生、これ見ました?宮内葉瑠くんのやつ…」
「え?すみません、ネットのそういうの疎くて…」
「高篠先生ご存知だと思ってました、これです、この記事」
そこには葉瑠の姉が九年前に自殺していた、というニュースと共に中学時代の卒業アルバムの写真が載せられていた。
「宮内由貴」
葉瑠に似ていないからフェイクだ、というコメントと、名字が同じで制服も葉瑠の出身地の近くの中学校のものだから本当だ、というコメントで溢れかえっていた。
「いくら何でもやりすぎですよ…本当だったとしても、嘘でも」
「あの、葉瑠くん、大丈夫でしょうか」
「大丈夫、だと思います、多分。炎上慣れしてそうですし」
穂純は急いで葉瑠にLINEした。
既読はすぐに付いた。
『なんかでてるね』
『大丈夫でしょ、しらんけど』
『どうせすぐ終わるよ』
そう返ってきて穂純は安心した。
穂純が葉瑠と付き合っていることを知っているのはこの二人だけだった。
穂純が残業を終わらせて家に帰ると、葉瑠が玄関先で電話をしていた。
「うーん…僕の見解ではここまで火が強かったら終わりませんよ、勝手には。だって僕今日で何件DM来たと思ってるんですか」
電話の相手は事務所の社長らしかった。
葉瑠と莉胡は、そこまで大きくはないが二人のおかげで有名になったような事務所に入っている。
騒動を終わらせようとして発言しようとしている葉瑠を悟って電話をかけてきていた。
「まあ明日僕お花見行くんで、社長何とかやっといてください。じゃあ彼氏帰ってきたんで、また」
「え?よかったの?」
「うん、何とかなるよ」
穂純は突然電話を切られたであろう不憫な社長を思いやりながら夕飯を食べた。
桜が散る前に花見に行きたいと緋居が言ったので、明日は花見に行く予定だった。
「早く寝ないと明日起きれないよ、緋居さんも瑞樹さんも。朝弱いんだからお二人」
「はーい」
「はーい」
二人が二階に上がるのを見送って、葉瑠は穂純の向かいに座った。
葉瑠はにこにこしながら頬杖をついて穂純を見ていた。
「なあに。恥ずかしいんだけど」
「ううん、何でもない」
「好き?」
「ん」
瑞樹が降りてきて、嫉妬したように葉瑠に抱きついた。
「ずるい」
「瑞樹も好きだよ」
「もっと言って」
「お座り?いっぱい言ってあげるから」
「付き合って三週間かよ」
三人で静かに笑った。
朝起きて、葉瑠はサンドイッチなど花見に食べやすいものを作った。
穂純が起きてきて手伝っていると、瑞樹と緋居が起きてきた。
いつもより少し早い時間から家を出た。
桜が有名な城跡の広場にはもう人がいて、レジャーシートを広げていた。
「木陰空いててよかったね」
「ね、焼けない」
「そんなの気にしてるの葉瑠だけだよ。男でしょ」
「すごい時代錯誤」
持ってきた弁当を広げ、葉瑠が「ここからここまでハムたまご」などと説明した。
柄がついたラップで包まれている。
「あーお腹いっぱい。遊ぼうよ」
「俺無理ー、吐くー」
「僕遊ぶー」
葉瑠と緋居がバドミントンで遊んでいる。
風でシャトルがうまく飛ばないのかバレーボールに変わった。
しばらくして、緋居だけがシートに戻ってきた。
穂純は寝ていて、その隣で瑞樹が本を読んでいる。
「ねえ葉瑠の体力ついていけないんだけど」
「あいつ体力馬鹿だからな。俺はパス。そろそろ帰るから戻ってこいって言いな。俺は穂純を起こしとく」
緋居が走っていって、葉瑠と競争しながら戻ってきた。
穂純は眠たそうに目をこすりながら立ち上がって伸びをした。
「はは、猫みたい」
「猫っ毛だしね」
葉瑠が穂純の頭をわしゃわしゃと撫でた。
葉瑠が畳んだレジャーシートや空の弁当箱やバレーボールをリュックの中に入れ、瑞樹がバドミントンセットを肩にかけた。
四人で二列になって歩いていた。
「みんな顔隠したほうがいいかも」
葉瑠が小さな声でそう言った。
「え?なんで?」
「週刊誌…、多分、あの女の人、撮ってる。今回の騒動だろ」
葉瑠は結んでいる髪を解いて記者側に下ろした。
記者が寄ってくるのが見えて、葉瑠は三人をコンビニに入れた。
葉瑠だけ外で煙草を吸っていると、記者がカメラを隠しもせずにやってきた。
「宮内さんですか?今回のお姉さんのことですが」
「すみません、事務所に黙っとけって言われてんで」
「お姉さん亡くなられてますよね」
「ノンデリすぎっすよねそれ。やめてもらっていいですか?」
家とは逆方向に歩きながら葉瑠はこっそりLINEで『かえれる』と送った。
その後は記者は葉瑠に付き纏っていたものの、葉瑠が不意に記者の顔を写真に撮ったことで付き纏いは終わった。
へとへとで家に帰ると、緋居が心配したような顔で出迎えた。
「大丈夫だった?」
「うん。しつこかった」
葉瑠は緋居の頭を撫でながらリビングへ向かった。
まだ午後になったばかりだった。
夜の暗さを知る者たちは 夕凪 倫 @Yu_Ux_xU_nagi
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