夜の暗さを知る者たちは
夕凪 倫
第1話
穏やかな春の陽気の中、
隣に座る
葉瑠が唇に手を当てて、悩んでいるような素振りを見せた。
しばらく考えたあと、少し遠くの本棚から国語辞典を取り出し、パラパラとめくり始めた。
いつもの光景だから、と誰も口出しせずに見守っている。
「ねえ、穂純、これって『ゆういつ』じゃないん」
「『ゆいいつ』だね」
「なんだ、変換に出ないわけだ。ありがとう」
「葉瑠のいいところは自分で一回調べるところだな」
「うん、でも調べ方分かんなくて訊いた」
瑞樹の言葉に葉瑠がこう返し、緋居は目を軽く瞑って「ふふ」と小さく笑った。
土曜日の午前。
憂鬱など何もない、まっさらな時間。
「葉瑠、今度は何の曲なの?企業?」
「ううん、今回は自由に作る。テーマは『愛』」
「漠然としてるね」
「そのほうが歌詞は作りやすい。莉胡は作りにくいって怒ってるけど」
葉瑠は音楽ユニットの作詞担当で、莉胡は作曲だ。
幼馴染で、もう曲を作って十年にもなる。
一年前くらいから世間で人気が出てきて、懐古厨が湧いていた。
葉瑠の「ウザいね、君たち」という一言で懐古厨はいなくなった。
「はー、もう終わり。もう思いつかない」
「お疲れ様。カフェオレあっためなおそうか?」
「ううん、大丈夫。それより…、ううん、何でもないや」
「大体分かった」
「言わないでね」
「恥ずかしいから」と葉瑠は窓の方を向きながら口を尖らせた。
空は冬の低彩度を少し孕んで葉瑠の瞳に流れ込んだ。
風がカーテンを揺らしてすぐに四人の髪を戦がせた。
これが続くことを誰も疑わずに願っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます