夜の暗さを知る者たちは

夕凪 倫

第1話

穏やかな春の陽気の中、葉瑠はるが風情もなくパソコンに何かを打ち込んでいた。

隣に座る穂純ほすみも、穂純の向かいに座る緋居ひおも、緋居の隣に座る瑞樹みずきも文句も言わずにコーヒーやカフェオレを啜っている。

葉瑠が唇に手を当てて、悩んでいるような素振りを見せた。

しばらく考えたあと、少し遠くの本棚から国語辞典を取り出し、パラパラとめくり始めた。

いつもの光景だから、と誰も口出しせずに見守っている。


「ねえ、穂純、これって『ゆういつ』じゃないん」

「『ゆいいつ』だね」

「なんだ、変換に出ないわけだ。ありがとう」

「葉瑠のいいところは自分で一回調べるところだな」

「うん、でも調べ方分かんなくて訊いた」


瑞樹の言葉に葉瑠がこう返し、緋居は目を軽く瞑って「ふふ」と小さく笑った。

土曜日の午前。

憂鬱など何もない、まっさらな時間。


「葉瑠、今度は何の曲なの?企業?」

「ううん、今回は自由に作る。テーマは『愛』」

「漠然としてるね」

「そのほうが歌詞は作りやすい。莉胡は作りにくいって怒ってるけど」


葉瑠は音楽ユニットの作詞担当で、莉胡は作曲だ。

幼馴染で、もう曲を作って十年にもなる。

一年前くらいから世間で人気が出てきて、懐古厨が湧いていた。

葉瑠の「ウザいね、君たち」という一言で懐古厨はいなくなった。


「はー、もう終わり。もう思いつかない」

「お疲れ様。カフェオレあっためなおそうか?」

「ううん、大丈夫。それより…、ううん、何でもないや」

「大体分かった」

「言わないでね」


「恥ずかしいから」と葉瑠は窓の方を向きながら口を尖らせた。

空は冬の低彩度を少し孕んで葉瑠の瞳に流れ込んだ。

風がカーテンを揺らしてすぐに四人の髪を戦がせた。

これが続くことを誰も疑わずに願っていた。

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