プリクラに写る私

kokoro

第1話

 扉の外から数人の女子生徒の話し声が聞こえてくる。私はトイレの扉を開けて、洗面台の方に近づいた。

「こないだ、彼氏ができた」

「えー。嘘でしょ」

「聞いてないんですけど。いつの間に」

「相手って知っている人?」

 女子トイレの洗面台は数人の女子生徒によって占拠されていた。数人の女子は会話に華を咲かせながら、髪をヘアアイロンで整えたりメイクをしたりしていた。

「あたしも恋人欲しい」

「アヤもいつかできるから」

「えっ。本当に?」

 そこには知っている人物がいた。クラスメイトの神崎 綾。彼女の友人からはアヤと呼ばれて、親しまれている。すらっとした身体、ウェーブがかかった髪、真っ白な肌色。

「というか、今日の一限目は何?」

「えっと、数学B」

「最悪。田淵じゃん」

 彼女達は洗面台の鏡の自分に夢中で、ずっと真後ろにいる私に気づかない。

「って、アヤ。後ろ後ろ」

「何よ。今、眉毛を整えているのに。…わっ。」

 神崎さんは友人に言われて振り返り、ようやく私の存在に気づいた。

「すみません。どうぞ」

 神崎さんはさっきまでの明るいテンションが嘘のような声で、私に洗面台を譲った。

「どうも」

 私はスカートの中にあるハンカチを取り出した。両手をサッと水に流して、ハンカチで拭いた。私はハンカチをスカートの中にしまい、廊下へ出た。

「自分の顔を見て、何が楽しいのか」

 彼女達は鏡に写る自分を見て、陰鬱な気分にならないのだろうか。私は鏡、写真、暗転したスマホの画面などに写る自分の顔が嫌いだというのに。

 他の女子より丸みを帯びた身体、ぼさついた髪、くすんだ肌色。クラスの集合写真を見ると、小顔で可愛いクラスメイトと並んでいる自分の顔の不細工さが際立って、憂鬱に浸ってしまう。

「教室に帰ろう」

 神崎さん達のことは忘れよう。彼女達のような人種を考えると、自己嫌悪に陥ってしまう。彼女達と関わることはほとんど無いのだから。


 私は下校している最中に、長髪の女子生徒の鞄からキーホルダーが落ちる瞬間を見てしまった。見逃すという選択肢もあるが、帰宅してから不安になるという気持ちは嫌だったので、キーホルダーを拾った。私は長髪の女子生徒を追いかけて、肩を叩いた。

「すみません。これ、落としましたよ」

「ありがとう。・・・って」

「げっ」

 彼女が振り向いた瞬間、私は心の声が漏れてしまった。落とし物の主は神崎さんだった。

「文月さん?同じクラスの文月さんだよね」

 私はさっさとお辞儀をして、彼女と別れようとした。

「待って。文月さんには朝も迷惑をかけちゃったし、拾ってくれたし…」

 嫌な予感がする。

「お礼をしたいな。文月さん、いや。ふみにゃん」

 現在進行形で迷惑だ。そっとしておいてくれ。

「お礼なんていら…。神崎さん、ふみにゃんって私のことですか?」

「そうだよ。ふみにゃんも神崎さんじゃなくて、あたしのことを好きに呼んでいいからね」

 教室で一度も話したことないのに、馴れ馴れしい。

「いえ。神崎さんで問題無いです」

「あたしがふみにゃんの好きなものを奢るからさ。スタボ?ワック?」

 私を物で釣れる安い女だと馬鹿にしているのか。クラスのカースト上位だからって、調子にのらないでほしい。

「結構です。私はバーガークイーン派ですので」

「いいね。行こ行こ。」

「私は神崎さんと行くなんて、一言も…」

 結局、彼女の勢いでバーガークイーンで一緒に食事をすることになってしまった。私はアプリがあるからという理由で別々で払った。

 私がハンバーガーを頬張っているときに、彼女は鞄から化粧品のコンパクトと手鏡を取り出した。彼女はコンパクトに入ってあったメイク道具を取り出して、手鏡を見ながらメイクの調整をしていた。

 彼女は日頃から手鏡を持ち歩いて、身だしなみを整えている。私は自分の顔を見るのが嫌で手鏡を持ち歩かないどころか、鏡で自分の顔を確認さえしていないのに。

「ふみにゃんはプリプラってやってた?」

 彼女はまつ毛を黒い棒で手入れをしながら、話題を振ってきた。

「プリプラ。ゲームセンターにあったあれですか」

「そうそう。アニメもやってた」

 プリプラ。小学生時代、女子の間で流行っていたアイドルのゲーム。当時のクラスメイトは友人同士でプリチェキに付属してある友チェキを交換して集めていたっけ。

「当時のあたしはプリプラにはまっていて、アニメの設定も本気で信じてたんだよね」

「…いきなり何ですか」

 幼い頃の私達は空想の世界に、夢を見る。私達もあんな生活をしたいと。

「大きくなったら、プリチェキがあたしのもとに届いて、アイドルになれるって」

 高校に入れば、キラキラと輝いた生活が送れると中学生の私は愚直に信じていた。

『でも、現実は違った』

 しかし、入ってみれば中学時代と何も変わらなかった。想像とは違ったなんてよく聞く話だったのに、中学生の私は少なからず夢を持っていた。

「プリプラはフィクションであって、成長してもプリチェキは届かないし、アイドルにはなれない」

 魔法少女やヒーローは空想にしかいないが、アイドルは現実にも存在している。なれないことは無いだろう。

「アイドルにはなれるんじゃないですか」

「ううん。なれなかったよ」

 彼女はメイク道具を片付け、首を振った。

「アイドルのオーディションを受けたり、スカウトされると期待して原宿を歩いたりしたんだよ」

 彼女は苦々しい笑顔を浮かべて、喋り続ける。

「…でも、あたしに声はかからなかった」

 確かに神崎さんはスタイルが良くて、性格が良くて、男女から人気がある。しかし、それは校内の話だ。世間的に見ると、神崎さんはどこにでもいる普通の女子だった。ただ、それだけの話だったのだ。

「それにあたしはアイドルになりたかったんじゃなくて、違う自分になりたかったんだ」

 子供がテレビのヒーローに熱中するように、後輩が先輩を羨望の目を向けるみたいに、誰もが自分に持っていないものに惹かれていく。誰しもが通る道であり、誰しもが悩む物であった。

「ふみにゃん。記念にプリクラ撮ろうよ。さっきは奢れなかったから、この場はあたしが払うからさ」

 キングクイーンを出ると、近くにプリクラブースがあった。

「プリクラ?」

 プリクラは行ったことは無いが、彼女のような人達が行く遊び場の一つと認識している。

「ふみにゃん、プリクラ撮ったこと無いの?」

「・・・ありませんよ。悪いですか」

 カラオケやプリクラの価値なんか私にはよくわからない。

「そもそも、今はスマホ一台で簡単に自撮りや加工が出来る時代です。プリクラを撮る意味は皆無に等しいです」

「もうお金入れちゃった」

 私が説明している間に、彼女は学生にとって貴重な五百円を投入していた。

「えっ。キャンセルして下さいよ」

「それは無理だよ。ほら」

 お金を入れたら、戻ってきませんとご丁寧に書いてあった。

「ううぅ」

「モードを選んでね」

 硬貨を入れるところの上のタブレットから可愛らしい音声が聞こえた。

「どれがいい?」

「神崎さんが勝手に決めて下さい」

「おっけー」

 彼女は音声の指示に従って、ボタンを押していった。

「設定も出来たし、中にレッツゴー」

「神崎さん。押さないで下さい」

 彼女は私の背中を押して、プリクラ台に入っていった。

「写真を撮るよ」

 可愛らしい音声とは裏腹にカウントダウンをしてきた。卒業写真のカメラマンさんの方が余裕を持たせてくれた。

「はい。ぴーす」

「ピース?」

 神崎さんに言われて、左手でピースサインをした。私は笑えていたのだろうか。

「次が来るよ。ポーズ」

「ええっ」

 間が短すぎないか。ポーズと急に言われても、何をやればいいかわからない。その間にパシャリともう一枚撮られていた。

「じゃあ、右手でハートを」

 彼女にそう言われるままに右手でハートを作った。

「最後はギャルピースにしようよ」

 彼女は左腕を上げて、逆向きにピースサインを作った。私は右腕で彼女のポーズに合わせた。

「ふぅ。四枚撮り終えた」

「ふみにゃん。醍醐味はこれからだよ」

「落書きターイム。ペンを持って、お絵描きをしてね」

 大きな画面にはさっき撮った写真が表示されていた。だが、写真の私は見覚えのない顔をしていた。

「別人の顔に見える」

「プリクラは自動で加工してくれるからね」

 なるほど。それは便利だ。では、完成された写真にこれ以上何を付け足すのだろうか。

「落書きって何をすればいいんですか?」

「何って。インスピレーションで描きあげるんだよ」

 何一つ参考にならない助言を授かってしまった。私は適当に日付でも書いた。

「印刷まで待っててね」

「ふみにゃんはさっき意味が無いって言ってたけど」

 彼女はプリクラを取るために、しゃがんで喋り始めた。

「あたしがメイクをするのは、プリクラを撮るのは、あの頃のあたしの憧れに少しでも近づける為かな」

 彼女は私の顔を見ずに、そう答えた。あの頃の自分に近づく為。私が馬鹿にしていた行為は決して馬鹿には出来ない理由があった。

「出てきた。はい。ふみにゃんの分」

 彼女はプリクラを取って、立ち上がった。

「…ありがとうございます」

 彼女はプリクラの彼女自身の顔と同じ、いやそれ以上の笑顔で私にプリクラを渡した。

「じゃあ、ここで」

「また明日。ふみにゃん」

 私は神崎さんと別れて、帰路を辿っていく。

 小学校の私は未来の自分をどう描いていたのだろうか。輝かしい才能を発揮する私になりたかったのか。誰からにも好かれる私になりたかったのか。私は皆からの理想でありながらも、それでも夢を追いかけ続ける神崎さんのようになりたかったのか。

 それに比べて、現実はどうだ。輝かしい才能は無い。親しい友人なんてどこにもいない。胸を張れる容姿も無い。現実を少しでもより良くしようとする意欲も努力も無い。私はあの頃の理想の私に近づいているのか。むしろ、遠ざかっているのではないか。

 私は神崎さんから貰ったプリクラを見る。そこには色白で、小顔で、目がキラキラしている私ではない私が写っていた。

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プリクラに写る私 kokoro @kokoro30

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