第11話 御乱心.3

(えっ⁈)

(まじか⁈)


 イナンナとヨシハは、顔を見合わせた。


(だから言ったでしょうが! ぜったい子のはヤバいって)

 イナンナはヨシハの頭に向かって、力強いグーパンチを見舞う。

(どーすんのよ⁈ 私たちじゃ手に負えないわよ?)


 事と場合によっては、レム村が、戦争の火種にされる恐れが出てきたことを、イナンナは危惧していた。


(そんなこと言ったって、しょーがないだろ……)

 ヨシハは涙目で、腫れ上がった自分の頭を撫でた。


「あなたは、自分が何をしたかわかってるのっ⁈」


「ソ、ソフィア様……、どうかお手をお離し下さい。い、一度落ちつきましょう」

 ドゥムロフは、命乞いをするように懇願する。

「落ちつけるわけないでしょ! お兄さまは、どこにいるのっ?」

「はあ、はあ、はあ……」

 ソフィーの手で、首が絞まっているため、ドゥムロフの呼吸が浅く、限界が近いのは誰の目にも明らかだった。


「ま、ま、ま、まずは、お話を……」


 みるみるうちに青ざめていく老人をあわれに思い、ヨシハが、手を伸ばし仲裁に入った。

「ソフィー。ひとまず落ち着くんだ。このままじゃ、聞きたいことも聞けないだろ?」


「あなたは黙っててっ! 関係ないでしょ!」


 ソフィーは、不満を露わにしながらも、ドゥムロフから手を振り解いた。そして怒鳴りつける。


「ドゥムロフ、早く説明しなさいっ」


 気持ちは焦る一方だった。自分を逃がすために身代わりとなった兄の生存だけが、ソフィーにとって、唯一ゆいつの希望だった。

 必死な形相で呼吸を整え言葉にしようとするドゥムロフからは、生への執着の強さが垣間かいま見える。


「ドゥムロフっ!!」


 嫌悪感むき出しのソフィーの声が、部屋中に大きく響く。

「申し訳ありませんっ。あれには深い事情があるのですっ」

「そんなことはどうでもいい! お兄さまはどこにいるのっ?」

 詰め寄るソフィーに向かって、それは……、と少し落ち着きを取り戻したかのように見えたドゥムロフだった。

 しかし突如、皆の度肝を抜かした。


「ど、ど、ど、どの道、遅かれ早かれ、ああなる運命じゃったんだ! この大馬鹿者たちがっ」


 ドゥムロフは、ヨシハの顔を見るなり豹変し、唾もろとも怒鳴り散らしたのだった。

 突然の老害っぷりに唖然あぜんとする皆だったが、ソフィーの目は、殺意がみなぎっていた。


「く、くっせーなー! じいさん、いったい何を食ったんだよっ?」

 あまりの口の臭さに、ヨシハはたまらず声を上げ「これも何か、魔道具の類いの何か? とんでもねーな……」と目を丸くする。


 部屋中を襲う激臭は、火山地帯にしか咲かない『ボムの実』によるもので、食べると驚異的な疲労回復の代償として、三日三晩、強烈な口臭に悩まされることとなり、その特性は使用する者にとって、複雑な選択を迫る要素となっている。

 より効果を得るために、生で食す強者もまれに存在するが、火を通して食すのが一般的だ。


 イナンナとグロームも当然のように、周知の事実だったが、この場はあえて伝えることはしなかった。

 はらわたが煮えくり返る思いをする、ソフィーをよそにして。

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◼️BLACK DRAGON◼️亡国の勇者〜失意の姫がこの世界を焼き尽くすまで〜 Y.Itoda @jtmxtkp1

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