第3話 背中合わせの天才同士
大嫌いだと思おうが、私たちは最年少組としてどんなときも勝手に隣にいた。
いつもお互いにかわいいかわいいと年の離れたお姉ちゃんたちに頭をなでられて。
私はそんなお姉ちゃんたちにすっかり惚れ込んでしまっていた。
大きいその背中を、小さい歩幅で必死に追いかけて、時たま振り返ってくれる先輩たちに必死に飛びついた。その頃の私には、もう、エリートコースにいない年の近い人たちとの交流の道は残されていなかったから。お姉ちゃんたちは、私が後ろを振り向かなくて済むように、いつも前に前に私を導いてくれた。
今ならわかる。あの人たちも同じ道をたどって、きっとひとりきりで戦ってきた。
信じる者は己のみだと。進んできた。孤独で。
でも偶然私は、大嫌いな男が隣にいた。
どこへ行くにも、ひとりになることはなかった。こいつがぼんやりと立っていたから。高い位置から世界を見下ろす、お姉ちゃんたちは私をかわいいと愛おしんでくれるけれど、同じように同じ世界を見ている人がいないのが当たり前のこの世界で。
お姉ちゃんのスカートについた糸くずを見つけて、どうしようかと思案している私の隣で。
「ねえちゃん、糸くずついてる」
同じことに気づいてくれる男がいた。同じ事に気づいてくれるだけの男だった。
長時間の練習が当たり前に連日続き、小学生の私にはもう限界が来ていた頃。
それでも当然のように立ち上がり稽古は続く。
「座って待機していてもいいのよ」
当たり前の脅しのセリフに誰一人として座ろうとはしなかった。先輩たちが当たり前に立つ中、私もそれをまねてその場に突っ立っていた。すると隣の男が動いた。
「すっげぇつかれたぁ」
誰一人腰かけないこの状況で、男は座った。
その瞬間場が凍ると思った私は身をすくめた。
にも関わらず次の瞬間その場にいた全員が笑った。
同じことをしても私は笑ってもらえただろうか。いや、今考えてもその答えは否だ。
あの天才だから許されることだった。
自分が天才と気づいていない。なんとなくで、この場に生き残る男。
隣にいる私は惨めだった。こんなにも私は縋りついている。この立場に。
うらやましかった。天から愛されるこの男が憎たらしかった。
それと同時に置いていかれたらどうしようという思いが芽生えていた。
同じ場所にいるこの男がいなくなるのが怖い。そう確かに、思った。
天才は憎い。腹立たしい。嫌い。
こいつに私と同じ方向を見ていてほしい。おいていかないでほしい。
そんな有り余る感情を持て余した私がおこしたアクションは、目を吊り上げてすべてを彼のせいにすることだった。
ばっちぃぃぃぃん
骨まできしむ音がした。次の瞬間には、私の手のひらにびりびりと痛みが走る。
「いぃぃぃぃってぇ!!!」
沈み込んだ男が私を見た。
あ、はじめてこっちみた。ぼんやりとそんなことを思った。
「なにすんだよ!」
「先輩たち立ってんのに、なんで座るのあり得ない!」
「はぁ!?だからって叩くなよ!」
まさに売り言葉に買い言葉。背中を曲げながら悪態をつく男が、こちらを見ている。
天才がこっちを見上げている。なんとも気持ちがよかった。
はじめてみたこいつの瞳は、あまりにもまっすぐで正直だった。
ぎゃいぎゃいと二人で大喧嘩を繰り広げていると、すっと肩に手が置かれる。
先輩たちが笑い崩れながらこっちを見ていた。
自分の犯した失態に縮こまると、調子のいい彰人は声をあげる。
「せんぱい!今のこいつが悪いよな?」
「え?いやどっちもどっちでしょ」
「なんでだよ!」
一人の先輩が私の頭をなでる。
「悪いことしたときに、止めてくれる人なんていないことが普通だよ」
いいなぁ。小さく声をこぼした先輩は、寂しそうに私たちを見た。
真っ直ぐな目が、私を見る。
「まじ背中いてぇ」
「立たないあんたが悪い」
「お前そんな口悪いの!?」
「別に悪くない」
多分1年でも年が違ったら、パートが違ったら、同期じゃなかったら。
私たちは別々に孤独の天才と呼ばれたままだったんだろう。
同じ熱量で、同じ世界を見てくれる人が。
間違えた時、間違えていると言い合える相手がいない孤独な天才で終わった。
でも私たちは出会った。
たくさんの偶然が立ち会って、何もかも違うけど。
背中を合わせて戦える相手に。
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