学生編

第2話 たぶん最初は運命に似ていた

「よくよく考えるとさ、11年一緒にいてずっと好きでいれるってすごいよね」


汗を拭きながら友人は私のスマホの待ち受けをのぞいた。

その待ち受けには、卒団式の時の同級生の集合写真がある。最近数か月付き合った男子校の彼氏と別れた彼女は、心底感心したように言った。


「別にずっと好きだったわけじゃないよ。最初は嫌いだったし」

「んま?」

「んま」


彼との出会いは、私の初めての天才との出会いでもあったから。

心底嫌いな自分の才能に気づかない天才。天才だとわかっていない天才。なんとなく生きている天才。もう最初から嫌いだった。あの男のことが。

あの頃の私に言ったらどんな顔をするだろうか。その隣にいた憎たらしい男に恋をしてしまうなど。


「じゃあ奇跡じゃん」

「は?」

「だって嫌いだったんでしょ?でも、ずっと一緒にいて。大好きになれたんじゃん」


同い年で同じ県で、同じように音楽をなんとなく好きで。なんとなくいけ好かない奴だと思っていたのに、気づいたら誰よりも同じ方向を進んでくれる同志になった。才能も性別も、性格も。何もかも違うのに。磁石のように確かに引き寄せられていた。


「うん、私も最初は運命だったと思うよ」


それこそ恋する前ぐらいまでは、神様は美しい友情に賛美してくれていたのか、私たちを運命みたいな不確かな力で引き寄せてくれていた。でも私が不純なものを持ち込んで、運命を願うようになって。そうしたら美しくない友情に神様は愛想をつかしたんだ。運命にしようとしてしまったから。神様は飽き飽きしてしまって。願えば願うほど、彼は隣にいなくなった。



11年半前

他県から引っ越して1年が経っていた。

新しい地になかなか慣れることもできず、半分不登校のようになりながらもなんとか1年間を過ごしていた私に母は、地元で有名な子供ミュージカル団の新入団員オーディションのチラシを持ってきた。

私は渋った。歌も好きだったけど、誰かに習いたいわけじゃなかったし、新しい場所が怖かったから。でも母に言われるままにそのオーディションへむかった。

そこには、偶然にもクラスメイトで出席番号も前後、の綾がいた。それに安心した私は無事に歌いきることができて、そこで大好きなお兄ちゃんにも出会って。すっかりミュージカル団に入る気になっていたのを覚えている。


結果は合格。綾も合格していた。


そうして、寒い空気が肌をなでる二月に私は入団式を迎えた。


その時見た先輩たちの合唱を見て思った。途端に思った。


こうなるんだ、私はこうなりたい。こんな風に。こんな風になりたい。


小学一年生の語彙力ではその時の気持ちは形容できなかった。ただ、この人たちになりたい。そう思ったのだけは覚えている。その憧れは卒団の瞬間まで変わることはなかった。ずっとずっと形容できなかったあの憧れを、思い出すくらいに。私の人生の核はあの憧れになった。


入団してから私はすっかりミュージカルに傾倒していった。小学生ながら厳しい環境だったと思う。練習は常にメインキャストを狙う戦場だった。その戦場のような空気が苦しいと思うと同時に幼心にわかりやすいと思っていた。ただ、うまくなればいい単純な世界に思えていたから。


そうして、しがみつくように練習を繰り返していた頃初めてのコンサートのレギュラー発表があった。そこのメインキャストに名前があったのは、私と、同期ということしか知らない男。彰人あきと


突き刺すような視線。先輩たちを押しのけて、メインキャストに入った天才2人。周りからの認識はきっとこんなものだったのだろう。私たち最年少二人は、メインキャスト常連のエリート先輩たちに迎え入れられて、見事にエリート入りを果たした。


それからの練習は厳しいものだった。長い練習時間に、少しでもミスをすればエリートコースを外れる危機感。自分の才能のなさにすぐに直面した。演技の仕方が分からない。歌がすぐ歌えない。どんなに頑張っても周りの先輩たちは当たり前にこなしていく。どうしよう、がんばらないと。せめて真面目に頑張らないと。礼儀正しく挨拶だけでも。そんな私の隣にいたのは、どうしてメインキャストにいるのか不思議な男だった。ぼんやりしていて、特別オーラがあるわけでもないこの男。仲良くもないのに最年少組としてセットにされていた私たちは、お互いに人見知りをして、会話もまともにかわしていなかった。


「初音ちゃん、彰人。おつかれさま」


先輩に声をかけられて私はすぐに頭を下げる。その隣で彰人はやっぱりぼんやりと頭を下げた。なんなのこいつ。そんな思いを常に抱いていた。でも、そんなこいつに誰一人厳しい声をかけることはなかった。先生ですら、どこか彰人に一目置いていて、私にはそれが理解できなかった。いったいこの男のどこが、そんなにも人に認められるのだろうか。それは段々と練習が進んでいって、嫌でも思い知ることになる。


ステージに愛されている。そんな言葉がぴったりだった。


天性のこいつだけの歌声。どうしてか目が引かれてしまう演技。あんなにぼんやりしているのに、こいつは。誰よりもステージに愛された。ステージに片思いされていた。


…きらい。


どうしたって私はまだステージに片思いしているのに、なんで。ぼんやりしているこいつが、こんなに愛されてるの。嫌い。なんでそんな奴の隣でこんなにみじめにならなきゃいけないの。


こいつのことが、私は大っ嫌い。

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