あおしかみえない
桜雪
あおしかみえない
わたしの国には、それぞれに十二の色を持ったお姫さまたちがいる。お姫さまたちはクリームパンのような柔らかな手のなかに自分の色となる石を握って、生まれてくるそうだ。そんなお姫さまたちは大人になり、女王さまが神の国へと旅立ってしまうと、だれの色で国を治めるのか、決めるための戦いをするらしい。
戦いはチェス、剣術、それぞれのお姫さまたちの得意な種目で勝負をする。
そうして、勝負に勝ち残ったお姫さまだけがきらきらと輝く王冠をかぶることになって、彼女が生まれたときから持っている色が、わたしたちの目に映る世界になる。
姉妹たちとの戦いに勝って王冠を被ったお姫さまが持っている色は『青』だった。
世界には色々な色が溢れている。そんなおとぎ話にも似た話を聞くけれど、青のお姫さまが女王さまだから、わたしの目に映る全ては『青』だけだ。
青のお姫さまがどうやって、女王さまになったのか。そんな寝物語をわたしは何度もママから聞かされてきた。
ママにどうして、わたしは青の色しか見れないの? と聞いてばかりいたからだろう。ママのお話が終わると長年、パン屋さんの仕事で鍛えられた太い腕で、わたしのことを抱きしめながらも『疑問を持つのは悪いことではないけど、外では決して、言ったらだめよ。兵隊さんに連れて行かれてしまうから』とゆびきりさせられた。
生まれたときから、この青色でしか世界をみたことがないからこそ、わたしはずっと、ほかの色がどんな色なのか想像ばかりしていた。図鑑には世界には『青』のほかに、様々な色があると描いてあったけれど、図鑑のページの色すらそもそも青色にしか見えないんだから、赤や黄色、そのほかの色がどんなふうに目に映るかなんて分からない。
ふつうに暮らしている人たちなら困らないかもしれないけれど、わたしはスケッチブックに絵を描くことを楽しみにしてる。だからつい、このスケッチブックの絵が『青』以外の色で描ければ、どんなに素敵だろうと思ってしまうのだ。
青の女王さまの前の世代を知っているおばあちゃんはよく、『赤の女王さまの時代よりはマシだね』と呟いている。赤の女王さまだったときの世界は真っ赤な色をして、犯罪も増えていたらしい。人が赤色に感じるイメージが情熱やエネルギッシュだからかな、なんて本に書かれていた知識だけでわたしは考えてみる。
おばあちゃんの話から色が持っている効果について、友達と話していたところ『赤には神経を興奮させて心拍数もあがるらしい』とわたしたちの会話に謎の少年が口を挟んできた。
「あとは購買欲も高まるから、赤の女王さまのときには経済も潤ったらしいよ」
「へぇぇ。それで、あなた、だれ?」
しまった、とあからさまに顔色を変えて、少年はそのまま背を向けて駆け出してしまったが、日頃からパンどろぼうを捕まえるため、わたしの足は猫のように誰かを追いかけることには慣れている。少年の背をすぐに目にとらえたわたしは彼の腰に抱きついた。
「つかまえた!」
おたがいに息を切らしながら得意げな顔をしたわたしに覚悟をしたのか、彼はため息を吐く。
「きみは恥じらいってものはないのか!」
「恥じらい?」
わたしが小首を傾げると、少年はじと目をする。
「まず、ぼくからきみの腕を外してくれ」
「……逃げない?」
「逃げない」
少年の瞳を見て、嘘をつかないことが分かったわたしは彼から腕を離す。
少年の腰から腕を離したわたしにひどい目にあったというような顔で彼は息を吐く。少年は『誰にもいうなよ』と何度もわたしに念を押した上で固く、結んでいた唇を開いた。
「ぼくが学校に通っていることは内緒なんだ。知られたら、色々な人たちから大きな雷を落とされる」
少年は家庭の事情の関係で学校にはたまにしか来られないが、興味を持った授業だけを聞きに来ているらしい。彼の服装は普段、学校に通っている男の子たちと変わらないが、なんとなく尊大ともいえる態度に、わたしもいいところお家の子かなと察していた。なんとなく、着ている服が少年から浮いてるような気がしたのだ。
とくに自分の親にでも知られたら、二度と家から出してもらえないしなと告げた少年は改めて、わたしに向きなおる。
「じゃあな。二度とぼくには構うなよ」
少年はわたしに会っても、他人のふりをするつもりだったのだろう。少年がわたしの姿をとらえるたびに無視をされることが、かえって鼻についてわたしは少年にわざと、声をかけるようになった。
目立ちたくなかった少年は、わたしが大きな声で話しかけることで負けたようだ。
「学校で話しかけるのはやめてくれ。学校以外なら、きみと話してやる」
「じゃあ、学校に来た日はここにいてよ。待ってるから」
少年から学校の外から自分に話しかけてもいいと偉そうに言われたことで、わたしはあまり人が来ない海で少年とふたり、話すことが楽しみになっていた。
初めは来ないと思っていた少年が文句を言いつつも、この場所に来てくれていることで内心、少年も話す相手が欲しかったんじゃないかって思う。
「ねぇ。きみの名前はなんていうの?」
わたしはスケッチブックに描いている手だけ動かして、横目に少年の無表情な顔を見つめる。
「……」
「勝手に呼んじゃうよ? あお、なんてどうかな? あおって冷たいって思われる色なんでしょう? きみがわたしにつんけんしてるところなんて、ピッタリだし」
少年はわたしがなんども名前を聞いても、教えてくれないから、根負けしたわたしは勝手に彼を『あお』と呼んでいた。嫌なことは嫌だとはっきりという、あおもわたしが彼をそう呼ぶことで嫌とは言わなかったし。
あおに会ってから、ふたつの年が過ぎて、いつの間にか、わたしよりもあおは少しだけ背が高くなってしまったのが悔しい。動きやすいように短いズボンを履いていたわたしも、あおの前で何故か、足を見せるのが恥ずかしくなって、ママのお下がりの膝下のズボンを履いていた。
「きみは相変わらず、海が好きだね」
スケッチブックに描いている何枚目かの海の絵を堤防に座っているわたしの上から覗きながらも、あおは言う。描いた絵に納得できなくて、消しゴム代わりに使った食パンを半分にして、あおも食べる? と渡した手を軽く、叩かれた。
「そんなもの、誰が食べるか」
「うちのパン。美味しいのに」
「ああ。きみの家のパンが美味しいことは知ってるよ。きみが消しゴムの代わりなんかに使ってなければ、喜んで貰ったさ」
仕方がないとわたしはバスケットのなかから、彼が好きだと言っていたパンをあおに渡した。
「あおが教えてくれたじゃない。この海の色は初めから、わたしの目に映るように青いんでしょう? 海を前にしたら、ほかの色がどんな色なんだろうって、前よりも考えなくてすむもの」
「ほかの色が気になってるの?」
前から、青以外の色が気になってはいたけれど、わたしがもっと、ほかの色のことが気になっているのは、おばあちゃんが理由だった。
「おばあちゃんの具合がよくないんだ。わたしの夢は、お城の女王さまづきの女官になることだったんだけど」
わたしの言葉にあおが驚いた表情で目を丸くする。
「女官だって⁇ きみが⁇」
こんなに絵を描くことが好きなのに、とあおの顔には書いてある。
「小さなパン屋の娘が女官を目指すだなんてって、あおも思う? うちのお客さんたちは夢は山くらい高い方がいいからなって笑うだけなの」
頬を膨らませて怒るようにいうわたしに、あおは複雑そうな顔をしている。
「いや。でも、それは本当にきみの夢なの?」
「あおはスノードロップのお話は知ってる?」
わたしが質問に質問で返したことで、むっとした顔をしながらも、あおは首を横に振る。
「わたしもおばあちゃんから教えてもらったんだけど。昔はね、花たちには色がなかったの。花たちは神さまのパレットからそれぞれ、綺麗な色を貰ったんだけど、自分にも色が欲しいと思った雪が神さまに声をかけた時には、もうパレットの色はなにも残ってはなかった。神さまから他の花から色を貰ってくれと言われた雪は、花たちに色をくれないかと頼むんだけど、雪は他の美しい花たちから色を貰えなかった。スノードロップだけがわたしの色で良ければって、どの花にも色をくれなかった雪だけが白い色を分けてくれた。おばあちゃんがね。どうせなら、そんな高慢ちきな花たちから色を強奪して、虹色の雪になりゃよかったのにって怒りながら話していて」
口を閉じたわたしに、それで、とあおは話しを促してくる。
「でも、どうせ虹色になったところで、わたしには見れないだろうけどねって。女王さま付きの女官になることが出来たら、この世界の本当の色が見える眼鏡が貰えるんでしょう? だから、女官になりたかったんだ」
女官になるには、まず国の貴族の娘でなければいけないというのが暗黙の了解っていういうやつだ。
わたしがどんなに努力をしても、貴族の生まれではないわたしは女官になることが出来ない。城のメイドになれただけでも大出世だと、村をあげてのお祝いをされるくらいだ。
まぁ、無理な話だからって話を終えたわたしにあおはぶ然とした顔をすると『帰る』とだけ呟いて、去ってしまう。
相変わらず、あおは気まぐれな奴だなって、わたしは彼の背中をみて、笑ってしまった。
「きみに貸してあげる」
次の日、あおはわたしに眼鏡をみせる。
「わたし? 目は悪くないよ?」
あおだって知っているでしょうというわたしに焦れたように、彼は眼鏡を握らせてきた。
「違うよ! 欲しかったんだろう? ただ、明日には返せよ。あと、付けることが出来るのはきみのおばあちゃんだけだ。気になるかもしれないが、悪いことは言わない。きみは絶対に付けるな」
それさえ守ればぼくはきみにこれを今日だけ貸してやると、あおは言う。
「分かった。どんなに世界が気になっても、わたしは眼鏡をつけないよ」
どうやって、手にいれたのかと聞いてしまうと、この日々がなくなってしまうような気がして、わたしは何度も、あおにお礼をいう。
「早く、おばあちゃんに見せてあげなよ」
「うん! 本当、本当にありがとう‼︎」
わたしがあおの両手を握りながらも、お礼を言うとなにが気に入らなかったのか、わたしから顔を背けて舌打ちをした。
「早く、行きなよ」
「うん‼︎」
家に帰るなり、わたしは横になっているおばあちゃんがわたしに声をかける。
「ただいま! おばあちゃん」
「おかえり。今日は早かったんだね。デートは良かったのかい?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
自分でも見えないけれど、他の色が見えたのなら、わたしが赤くなっているのだろう。おばあちゃんは意味深に口元に皺を寄せて笑う。
「今日は、ママは?」
「配達に行ったけど、なにか用があるのかい? 今、ママに会ったら、お前が遊んでばっかりだって、げんこつが飛ぶよ」
よかった。ママがいたら、今の状態のおばあちゃんを外に出すなんてとんでもないって、それこそ、頭に大きなげんこつをもらうところだった。
「おばあちゃん。久しぶりにわたしと悪いことをしない?」
おばあちゃんはわたしの顔をまじまじとみると、ニヤリとする。
「いいね! まったく、誰に似たんだか」
「きっと、おばあちゃんだよ」
「よしっ! 可愛い孫は私とどんなことがしたいんだろう?」
「ちょっと、待っててね」
わたしは車椅子を持ち出すと、よいしょっとおばあちゃんを車椅子の上に乗せる。わたしがママのように力持ちになったんじゃなくて、おばあちゃんが骨のように軽くなってしまったんだって気がついて、わたしは泣きたくなってしまった。
でも、今は泣いている場合じゃない。
おばあちゃんに綺麗な世界を見せてあげられるのは今日しかないのだからと、わたしは涙を唾を飲むことでごまかすと、おばあちゃんを車椅子に乗せて家から連れ出す。
幸い、近所に暮らしている、ママが再婚しないだの、女の子は結婚するのが一番、幸せなんだと説教じみたことばかり言ってくる、うるさいガミガミおばさんにも会わずに済んだ。
どこに行きたいかをおばあちゃんに聞いて、わたしは街全体を見渡すことが出来る小さな山まで連れてきた。
「疲れたんじゃないかい?」
「大丈夫! パン屋のお仕事で、普段からママに鍛えられてるからね‼︎」
「ママも同じことをいうとは思うけど、お前も好きなことを将来にしていいんだからね? 私もママも好きなように生きてきたんだから」
「わたしは好きなように生きてるよ? それより、ほらっ」
わたしはスカートのポケットの中からあおから貸して貰った眼鏡を取り出すと、おばあちゃんにかけてあげた。
「なんだい。わたしはの目はまだまだ、悪くないよ」
「特別な眼鏡なんだよ。おばあちゃん、どうかな?」
おばあちゃんは辺りを見渡して、感嘆にも似た息をはき出す。おばあちゃんの目に映る世界がどれだけ、美しいのか、彼女の表情だけでも分かった。
「この世界はこんなに綺麗だったんだね。あの世のじいさんにいい土産ができた。じいさんが羨ましがること、間違いなしだ」
しわだらけの手でわたしの手を握ると、おばあちゃんは何度も、わたしにお礼を言った。
おばあちゃんは眼鏡を外すと、誰かに見つからないように、そっとわたしの服のなかに眼鏡を隠してしまう。
これが、きっと、特別な眼鏡だって分かったからだろう。
「これはたいそうな代物だ。あんた、これをどうしたんだ?」
「仲のいい友達が貸してくれたの」
勘のいいおばあちゃんはなにか言いたそうな顔をしたけれど、わたしが顔を逸らしたためか、おばあちゃんが告げた言葉は素敵な友達を持ったね、だった。
翌日。いつも、あおと話している場所にいたのは、なぜか、ふたりのお城の衛兵さんたちだった。衛兵さんたちはわたしの人相書きでも持っていたのか、わたしの姿を確認するように頷くと、わたしの両腕を縛ってしまう。衛兵さんたちに口答えをして、ひどい目にあった人たちを、わたしは何人も見てきた。
わたしが口答えをしたら縛られるだけではなく、もっと、ひどい目に遭わされてしまうだろう。
わたしは抵抗することさえ出来ずに、暗いお城の牢屋へと入れられてしまった。
牢屋番のお兄さんから固くかびたパンを貰ったわたしがリスのようにかじりながら食べていると、右の頬を腫らしたあおが、わたしを縛ってつれてきたふたりの衛兵さんと一緒に来た。
あおが牢屋の鍵を開いてくれたことで彼の頬に触れようとした手が、衛兵さんに怒鳴られて行き場をなくして宙をさまよわせてしまう。
「この方をどなただと思っているんだ! 青の女王さま、唯一のご子息だぞ‼︎」
「平民の娘の癖して。どんなに尊い方か知っているのか?」
あおは今までにみたことがない怖い顔をして、衛兵さんたちを睨みつける。
「少しだけ、ふたりだけにしてくれないか?」
「しかし」
「これが、最後だから」
「……わかりました」
衛兵さんたちはあおに頭を下げると、わたしを睨みつけるのを忘れずに、大きな足音を立てて去ってしまう。
「ごめんね。ぼくのせいで」
「わたしに眼鏡を貸してくれたことで、怒られちゃったの?」
「もうカンカンだよ! でも、おかしいと思っていたんだ。国民たちには自分の色しか見せないで、僕らだけ、全ての色がみることができるなんて」
王族の人たちはわたしたちとは違って、全ての色が見えるのかと驚く。気にしてはいなかったけど、海が元々、青色だと教えてくれたのは、あおがほかの色をみることが出来ていたからだろう。
「嘘だらけのおとぎ話を広めてることで、結局は王族が色をひとりじめしたいだけじゃないかって、ずっと思ってた。真実は王族だけで語られていれる、くだらない話なんだけどね」
あおは王族だけに伝わる話をわたしに聞かせてくれる。
あるわがままなお姫さまのお話だ。
お姫さまは世界に映る色が自分だけではなく全ての者たちに見えることが気に食わなかった。だから、自分が女王さまになったら、医官たちにお触れを出し、王族以外が女王さまが決めた以外の色しか見られない薬を作り、国民たちに薬を飲ませることを義務づけた。
もちろん、反対した医師も居たけれど、家族や大切な人たちを人質にしたり、罪もない医師自身を処刑台に送ってしまうことで、女王さまに逆らえる医師は居なくなってしまった。
医師たちは薬を完成させると、流行り病が流行っているからという嘘を国中に広めて国民に飲ませた。
女王さまが亡くなってからも川の中に薬を流したり、さまざまな策を持って次の女王さまが望む色だけを見せるようにしたらしい。ひとつの色だけ見せてもらえるだけでも、ありがたいことだと。
そうして、真実を十二人のお姫さまのお話を作ることで覆ったのだ。
「女王さまに女の子しか生まれないってのは、本当なの?」
「それだけは、ぼくが青の女王が生まれるまでは、真実だったんだ。だから、ぼくは王家の異端だって言われたり、呪われた子だって言われてる。この国はきみが教えてくれた話の雪に色をあげたくない花たちが頂点にいる国なんだ。今でも国に生まれた子供たちに薬を飲ませて、その色しか見せないようにさせてる」
わたしが驚いたように口を開けていると、あおはわたしの口を閉じるように唇に手を当てて、まぬけな顔だと笑う。
「だから、ぼくはきみに虹色の世界を見せてあげたい」
「お別れなのね」
「ああ。今まできみと話せて楽しかったよ、ありがとう」
「時間だ。――さま、よろしいですね?」
「ああ」
「小娘、行くぞ」
衛兵に片腕を掴まれて、引っ張られるように、わたしは牢屋から出る道を歩いていく。最後にあおの姿を映すと、わたしは彼から背を向けた。
あおと会わなくなって、あれから何年もの月日が過ぎた。わたしはつい、用もないのに、彼と会っていた海に来てしまって、彼と話していたことが幻のように感じていた。描いていたスケッチブックも思い出と一緒に、海に流してしまった。
おばあちゃんも神さまのところに旅立ってしまったから、わたしは女官を目指さないで、家のパン屋さんを手伝っている。ママからやりたいことがあれば、家を手伝わなくていいと言われたけど、あおと別れてから、しぼんでしまった風船のように気力がなくなっていた。
「看板むすめがいないと困るでしょう?」
「あら。この店の看板むすめは譲らないわよ」
「看板むすめさんたち、新聞を届けに来たよ」
ささいなことでママと言い合いっこをしていると、ドアベルを鳴らしながらも、新聞屋さんのおじさんが新聞を持ってきてくれる。
「大ニュースだよ! 青の女王さまが崩御なさったんだ」
「あら。まだ、お若いわよね」
ママは意外だと口に手を当てる。多分、青の女王さまがママとは変わらない年代だからだったからだろう。
「ああ。暗殺されたか、元々、病気がちだったんじゃなかいかって、話が出てる」
「また、十二人のお姫さまたちが争うのかしら」
「いや、それが、今度、玉座につくのは青年だって話しでさ。国民全員に祝いを兼ねて、この飴を必ず、食べろってお触れが出てる」
「あ、飴? おかしな王さまだね⁇」
「ってことで、この飴を食べてくれないか? 食べるところを見届けないと、俺が衛兵に捕まっちまうって話で」
「仕方がないね」
わたしはおじさんから震える手で飴を受け取った。
あお、だ。あおが王さまになるんだ!
でも、なんで、あおが王さまになることで、飴を食べるんだろう? ママも猫に魚が奪われたような顔で、おじさんを見ていたけれど、おじさんが『お前たちが食べてくれないと、牢屋行きなんだ』っていう涙ながらの言葉を聞いて、しぶしぶ、口にした。
口に入れたわたしは、飴を吐き出しそうになってしまった。甘さのあとに苦さがくるって例えればいいのか、今までに食べたこともない味だ。
バタンと大きな音がして、横をみると、ママが倒れている。
「お、おじさん!」
実は王家から食べるようにと言われたのは嘘だったのかと、おじさんに声をかけると、おじさんはわたしを安心させるように言う。
「大丈夫だ、俺も食べたが、食べ終えると世界が……」
おじさんの言葉を全て、聞き終えるまえに、世界がぐわんぐわんと回ると、わたしも床をベッドにした。
わたしは目を覚ますと、おじさんはもう家にはいなかった。よかった、おじさんがいたら、ママから麺棒で叩かれていただろう。
まだ横で眠っているママに毛布をかけてあげると、わたしは家から飛び出した。
走りながら海へと来ると、そこには見慣れた少年の面影がある青年が佇んでいた。
「あお……?」
「久しぶり。きみは変わってないね」
「どうして、此処に?」
「きみなら、この場所に来るかなって。やっぱり、来た」
「……っ。毎日、来てたの。あおに会えるかもしれないって、いつも思って」
握りしめたスカートは皺になって、アイロンをかけるのは大変だろう。あおは照れたように頬に手を当てて、わたしに聞いた。
「この世界の色はどう?」
我慢していたのに目からいくつもの雫が出て、わたしはあおに抱きついてしまう。彼はわたしを支えられなくて、その場に尻もちをつくと慰めるように、背中をゆっくりとさすってくれる。
「あおしかみえない」
泣きながらも答えたわたしにあおは困ったように笑った。
わたしが絵本作家なら、物語はこう締めくくるだろう。悪い王女さまを倒した若い王子さまは、世界に色を取り戻してくれた。めでたし、めでたしと。
あおしかみえない 桜雪 @sayuki_f
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