第5話 まさか馭者の方が!?

 レメルロメルがアヤカと共にシロウの私室の前までやって来た。


「ジョブ様、ロッド様、ここからは私と奥様とで対処致します。なるべく早く旦那様に出てきていただく様に取り計らいますので、控えの間でお待ちいただけますか?」


「かし…… いいや、分かった。ロメル、よろしく頼む」


 家令のジョブが思わず「畏まりました」と言いそうになるがレメルの殺気で素早く言い直した。


 ジョブとロッドが去った後にレメルはアヤカに言う。


「奥様、それではお覚悟はよろしいでしょうか?」


「か、覚悟ですのロメル?」


「はい、覚悟でございます」


 レメルの真剣な様子に頷くアヤカ。


「何のための覚悟かはわかりませんが、覚悟はしましまたわ、ロメル」


 その言葉に頷いてレメルは何気なく扉の取手に手をやり引いた。扉はあっさりと開き、レメルはアヤカに「着いて来てください」といい中に入る。


「扉は閉めてくださいね奥様」


 レメルに言われて素直に閉めるアヤカ。そしてレメルに着いていき……


「アラ? 馭者のシロウでは?」


「はい、奥様。あのシロウが本当は大公殿下でございます」


 いきなりレメルとアヤカが入ってきたかと思うとシロウをあっさりと大公だとレメルがアヤカにバラしたので、シロウは思考が停止してしまった。


「えっ!? なっ!? なんで、ここに? ど、えっ、アレッ?」


 支離滅裂なシロウをよそにレメルは自らの正体も明かした。


「ふう〜、騙してごめんね、アヤカちゃん。シロウは正真正銘の大公で、私も本当の名はレメルと言うの。シロウの伯母になるのよ」


 その言葉に今度はアヤカが、


「えっと? その、何ですの? ロメルは実はさきのメルジェンド侯爵に嫁がれたレメル様? えっ、馭者さんが大公殿下?」


 と理解するのに必死になっているようだ。その中で一人レメルだけがニコニコとしている。


 そしてシロウはようやく落ち着きを取り戻してアヤカに言った。


「はあ〜…… アヤカ嬢。騙し討ちみたいな形になって悪かった。だがうちの事情もありアヤカ嬢の人となりを確認する必要があってな。それで私とレメル伯母上とで確認させて貰う事にしたんだ」


 その言葉にレメルは文句を言う。


「シロウ! もうアヤカちゃんの人となりは分かったんだから、いつもの口調で喋りなさい! アヤカちゃんなら大丈夫よ」


 レメルの言葉にチラッとレメルを見てからシロウは盛大にため息を吐いた。


「はああ〜…… レメルねえ…… アヤカ嬢ならば大丈夫なのは分かるが、それでも騙していたのに変わりはない。だから少しでも丁寧な口調を心がけるのは俺なりの誠意のつもりなんだが」


「アヤカちゃんなら騙されたなんて思わないわよ」


 二人の会話でどうやら落ち着いたアヤカも会話に参加してきた。


「改めまして大公殿下、お初にお目にかかります。アヤカ·ヒールスローと申します。今更でございますが、この度は本当にご迷惑をおかけして申し訳ございません…… それと、今回の大公殿下が馭者をされていた件についてはワタクシは騙されたなどとは思いません」


 アヤカは内心で『大公殿下みずからが確認されるのは意外でしたけれども、そういう行動派な所があるとはロメル、いいえレメル様からのお話で分かっていましたし』そう思っていた。


『けれども、恥ずかしいですわ。ワタクシ、馭者としてのシロウに偉そうな態度をとっていなかったかしら?』


 と自らの旅の間のシロウへの態度を思い起こすアヤカ。

 貴族令嬢としては珍しくアヤカは職業に貴賎は無いという考えを持ち、年齢が上だが地位的には下の立場の者には丁寧な口調を常に心がけていたので、一般的な貴族令嬢に比べれば偉そうな態度では決してない。

 アヤカの言葉にホッと息を吐くシロウ。


「それは有難い。アヤカ嬢、こちらからも改めまして、俺がこの領地の主であるシロウ·タナヤーマ大公だ。一応だが現国王の兄でもある。それから、こちらは我が伯母上のレメル·メルジェンドだ。夫である侯爵が病死されて、ご子息が跡を継がれたので自分は邪魔になると言って甥である俺が治める領地に引き込みを決めた厄介者だ」


「あら? シロウ、面白い紹介の仕方ね。私が厄介者ですって? アヤカちゃん、教えてあげるわ。シロウは三歳までオネショを……」


「ワーッ!! 止めてくれ、レメルねえ!! 悪かった、俺が悪かったから黒歴史を語るのは止めてくれ!!」


 そんな二人のやり取りにクスクスと笑うアヤカ。


「お二人ともとても仲がよらしいのですね。羨ましいですわ」


 実の父親と義母や義妹と決して仲が良いとは言えないアヤカは本心から二人にそう言う。

 アヤカのそんな微妙な心を感じ取ったレメルはにこやかに言う。


「アラ? アヤカちゃんも直ぐに家族になるんだから。私たちと仲良くしてちょうだいね」


 当初は四十二のシロウに十八歳の娘とよんでも差し支えない年齢のアヤカを嫁がせるなんてと思っていたレメルだが、前世での司朗の悲しい結婚を止められなかった事もあり、またやはり可愛い甥であるシロウの幸せを願ってもいるので、アヤカならばシロウと幸せな家庭を築いていけるのではと思い、応援する事に。

 けれどもそのことはシロウには言わないが……


「はい、ワタクシも仲良くしてくださると嬉しいです」


 アヤカの本心からの言葉とその笑顔にシロウが心臓ハートに矢を射掛けられている間に、レメルとアヤカとで話が進んでいく。


「それじゃ、アヤカちゃん。先ずは婚礼衣装を用意しなくちゃね。大丈夫よ、この街一番の仕立て屋は王都でもいいえ、世界でも有名なあのシュベルスタイナーだから」


「まあ!? それは本当ですのレメル様! でもシュベルスタイナーは予約が一杯でドレスの仕立ては三年待ちだとお聞きしておりますが……」 


「だ〜いじょうぶよ〜。私が頼めば直ぐよ、直ぐ! それじゃ、アヤカちゃんのお屋敷でサイズを測りましょうね。それじゃ、シロウ。領民に結婚を知らせるのは二ヶ月後だけど婚約した事は直ぐに知らせなさいよ」


 そう言ってアヤカを連れて部屋を出ていったレメル。


「レメル姉…… 反対じゃ無かったのか? なんかノリノリだけど? ああ! そうか女性は服を新調したりするのは楽しいらしいからな。それであんなにノリノリなんだな。ハア〜…… しかしアヤカ嬢は優しいな…… 俺、白い結婚なんて言うんじゃ無かったな。ホントに惚れちゃったよ…… でも、ダメだ! あの笑顔が曇るような行為はしちゃダメだ! 頑張れ俺! 伊達に四十二年も生きてないだろ!! よーし、それじゃ明日からはアヤカ嬢と時間をとって話合いをして、どうすれば彼女を幸せに出来るか必死に考える事にしよう!」


 そう決意しているシロウをまだ出てこないと家令のジョブが気をもんでいる事など誰も気がついてなかった。

 そう、レメルは部屋からシロウを出すという使命を忘れてしまい、アヤカと共にアヤカの屋敷に戻ってしまったからだった…… 


 結局、シロウが部屋から出てきたのは翌朝で、家令のジョブより溜まりに溜まった仕事がドサドサと手渡され、シロウが必死で仕事を熟しアヤカとユックリと話す時間は五日ほど後になったとか……


 その間にアヤカの体のサイズは細かい部分まで測定されて、シロウの元にその計測値が届く。レメルの手によって。


「シロウ、分かってると思うけど手抜きは無しよ! 最高のドレスを作りなさい!!」


 仕事に追われるシロウだが、その言葉には力強く頷き


「当たり前だろ、レメル姉。これまでデザインして来たドレスの集大成を見せてやるよ!!」


 そう言い、目の下に隈をつくりながらもその目はやってやるという気概に溢れているシロウ。 


「そうね、それとアタシのドレスもお願いね。結婚式の時に着るようのやつよ!」


 さらりと自分の分も要求して部屋を出ていくレメル。

 シュベルスタイナーとはシロウがデザインしたドレスを完璧に縫い合わせる事が出来るシロウが作った会社組織である。

 職人たちはエルフと人が半々で、それぞれが得意な事を分担してやるので一着のドレスを仕立てるのに時間がかかる。だが、その斬新なデザインにより人気はあり、予約で一杯なのだった。


 そんな職人たちに負担をかける訳にはいかないとシロウは今回のアヤカとレメルのドレスはデザインから仕立てまで全ての作業を自分で行うつもりであった。


 だが、その前に…… 


「ハア〜、いつになったら終わるかな、仕事……」


 目の前の領民の為の仕事に追われるシロウであった。

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侯爵令嬢、年上大公の妻になる!? しょうわな人 @Chou03

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