第4話 大公殿下のお悩み

 俺の名前はシロウ。


 大公などと呼ばれているが柄じゃないので使用人たちにも名前で呼んで貰っている。

 この世に生まれてはや四十二年。未だに独身だが、理想の女性ひとに出会えてないのだから仕方がない。


 そんな俺だが一人以外に教えていないとある秘密がある。その一人とは俺の伯母でもあるレメルねえなのだが、そのレメル姉も俺と同じだと知った時には衝撃だったな。


 先ほども言ったが俺の名前はシロウ。この世に生まれる前の別の世界での名前も司朗しろうだった。【ほがらかにつかさどれ】という意味で祖父が名付けてくれたそうだ。


 そしてレメル姉の前世での名前は美代みよ。何を隠そう前世でも俺の伯母だった……

 俺がこの世に生まれた時に居合わせたレメル姉は一目で前世の司朗だと分かったらしく、父に強く言って俺の名をシロウにしたらしい。

 出来ればこの世界でも珍しくない名前にして欲しかった……


 そんなレメル姉だが貴族(王族)の娘らしくちゃんと祖父の言う通り我が国の侯爵の元に嫁いでいった。レメル姉が十六歳の時だった。


 その頃にはシロウは既にお互いに転生者であるとレメルと共通認識を持っていたので、レメルが望んで侯爵家へと嫁いで行ったのを知っている。


 世継ぎが出来ずに悩んだレメルだったが夫である侯爵は周りから第二夫人をと言われたにも関わらず歯牙にもかけず、自身の弟の子と養子縁組をして跡継ぎとして王家に届け出た。


「私が生涯愛するのはレメルだけである!」


 これは世の女性ならば愛する人に言われたい言葉だろう。レメルはその言葉により夫に尽くした。


 尽くしすぎた…… 公的には侯爵は病死だがシロウだけは知っている。腹上死だという事を……

 レメルが自分の所為で亡くなった侯爵を偲び、生涯を独身として過ごすと宣言して自分の領地にやって来た時には侯爵家の跡継ぎであるヨハンに構わないかと確認をしておいた。

 ヨハンも既に二十歳を越えて妻を得ていたのもあり、またレメルを本当の母と同じように愛していたので、


「母のしたいようにさせて上げて下さいますか、大公殿下」


 と逆にシロウにそう頭を下げたのだった。シロウ、三十五歳の時である。


 しかしシロウはレメルを受け入れるのでは無かったと直ぐに後悔した。


「シロウ、あんたもう三十五にもなるんだしいい加減に身を固めなさいよ!」


「何だよ、レメル姉。俺はこの世界じゃ理想の女性としか結婚しないって決めてるんだよ」


「まーだ、前の結婚前世のを引きずってるの? アレはアタシの忠告を聞かずにあんな女と籍を入れたからよ!」


「あ〜、もう。前の話は関係ないだろ! 俺は俺でこの世界では理想を追うって決めてるから!」


「あんたの理想なんていくらこの世界でも高すぎて、居ないわよ! はやく結婚してバンバン子供を作ってアタシに孫の面倒を見させなさいよ!」


 後悔の理由は、このような会話がレメルが来てからシロウの私室で交わされるようになってしまったからだった。


 けれども心優しいシロウは傷ついた心がまだ癒えてないレメルに出て行けとは言えない。

 このシロウとの会話も傷ついた心が少しでも癒えるならばとシロウは諦める事にしていた。


 そうして何年か過ぎてシロウが四十二になった時に国王である弟のリベラルからの呼び出しがきた。しかもレメルまで連れてこいという。


 やっかい事の匂いはしたが、弟に国王を押し付けたという負い目があるので呼ばれると行かない訳にはいかない。

 実際にはリベラルはシロウに感謝して、会う度に礼を述べているのだが、シロウはそれを信じていない。


 レメルにリベラルが呼んでいると伝えて屋敷にある転移魔法陣を利用して王宮へと飛んだ二人。


 そこでアヤカ·ヒールスロー侯爵令嬢との婚姻の話を聞かされたのだった。


『しかし、弱ったな…… 理想の女性に出会うまでは絶対に結婚なんてしないと決めていたのだが。まあ、可哀想なご令嬢を救う為だ。仕方ないな』


 内心でそう思っていたシロウだが、レメルに言われた通りに馭者役をして出会ったアヤカに一目惚れしてしまったのだった……


『なっ!? なんていう美しさだ。その美しさの中に儚いけれどもしっかりとした可憐さもあり、馭者である俺にまでちゃんと目を合わせて話をしてくれるとは…… し、しかもだ!? あの胸! 俺の前世からの女性全身探知機(誤差0.2ミリ仕様)によればトップ89cm、アンダー72cmだ。俺の理想サイズにドンピシャだ!! ウエストは52cmだな。ヒップ84cmも間違いない! ど、どうする俺? いやしかしだ! 年の差がありすぎる。前世で普通に結婚した連れ友人は確か四十二歳で十七歳の娘がいたよな…… そうか、親子か…… 初めて出会えた理想の女性だが、ここは大人な俺がグッと我慢をしてこれからの彼女が幸せに暮らせるようにしてあげるべきだ! そうだ! 俺は大人な男なんだからそうするんだ!!』


 一瞬でそこまで思考したシロウ。その後はアヤカを乗せて馬車は順調に進んでいく。

 そして、その旅でますますアヤカに惹かれていくシロウ。


『クッ、クソッ、なんていいなんだ! これは惚れても仕方ないよな! レメル姉なんかは俺の気持ちを知っていて、アヤカ嬢と俺が二人きりにならないようにしてるけど。実は助かっている。二人きりになったら絶対に告白してしまうからな。ああ、あの笑顔を俺だけのモノにしたい! あの優しい眼差しで毎日見つめて貰いたい!! いや、ダメだぞ、シロウ! 決めただろ! 彼女を幸せにしてやるんだって! 我慢だ! 俺のこの気持ちはしっかりと蓋をして閉じ込めるんだ!! ……こっそり彼女を目で追って見るぐらいは神様も許してくれるよな……』


 こうして、大公であるシロウは心の中で盛大に悩んでいた。

 白い結婚なんて言うんじゃなかったと心の奥の奥底で後悔をしているのは言うまでもない。


 領地にたどり着きアヤカをこれから住む家へと連れていき、後の事は手配したアヤカの味方だった侯爵家の使用人たちとロメルレメルに任せて馬車を自分の屋敷へと回し……


 使用人たちから声をかけられるのにも気づかずにそのまま私室へと入り、頭を抱えて一人呟く。


「嫌われたくねぇ〜…… ど、どうする? 俺が大公だとネタバラししたら確実に嫌われるよな…… いっそのこと、このまま大公家の使用人として接するか? いや、ダメだな…… 領民たちの前で二ヶ月後にはお披露目式をしなきゃならないし。その時にバレるな。それならば早めにバラして誠心誠意を持って謝るしかないか……」


 などとブツブツと言っている。部屋の扉を家令のジョブが叩いてシロウを呼んでいるがまるで聞こえていないようだ。


「ええい、仕方がない。ロッドよアヤカ様のお屋敷に行ってレメル様に来ていただいてくれ。滞っている仕事にシロウ様に手をつけていただかないと領民たちが困るからな」


「はい、直ぐにお呼びして参ります」


 ジョブに命じられた執事のロッドは新築のアヤカの屋敷へと向かい、ロメルを呼び出した。

 何故かわからないがアヤカも一緒である。


「あら、ロッド様。どうなさいましたか?」


「レ、いえ、ロメルさん。旦那様が部屋から出てこられないのだ。悪いが旦那様が出てくるようにロメルさんから声をかけていただけないか?」


 レメルと言いかけたロッドに素早く殺気を送ってまだ芝居は続いていると知らせるレメルロメル


「まあ、大公様のワガママにも困ったものですね、ロッド様。分かりました。それでは奥様もご一緒にお伺いする事に致しましょう」

  

 レメルに奥様と言われて顔を赤くするアヤカを見てロッドは「この方が旦那様の奥様になるご令嬢か。可愛らしく素直そうな方だ」と好印象を持った。が、芝居が続いているなら今、奥様が来られるのはマズイのでは? と思い怪訝な顔でレメルを見ると、心配するなという感じで目線で合図をされた。


「分かった、ロメルさん。それでは奥様、私は大公殿下の執事をしておりますロッドと申します。長旅の後でお疲れでごさいましょうが、どうか旦那様にお会いしていただけますでしょうか?」


 ロッドにまで奥様と呼ばれ顔が更に赤くなるアヤカだったが、自分の夫となる大公殿下に早く会ってお顔をみてみたいと思っていたので、


「分かりました、ロッド。ワタクシも大公殿下にお会いしたいと思っていたので、お屋敷にお邪魔させていただきます」


 アヤカはアヤカで白い結婚と言って貰ってはいるが、覚悟を持ってここまでやって来ていた。もしも大公殿下がアヤカを見て本当の夫婦となると言い出した場合にも受け入れるつもりはあるのだ。


 年齢が離れているという理由でアヤカの事を思い白い結婚をと言ってくれた大公殿下の優しさに触れて、社交界に出てこずに殆どの貴族もそのお顔を存じ上げないと言われる大公殿下に会いたいと思うのも無理はないだろう。


 こうして、いよいよレメルの作戦通りにネタバラしが始まろうとしているのをシロウは知らない……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る