第3話 領地に着いて驚きましたわ!

 大公の領都までの旅も今日で終わりを告げる。ロメルが言うには今日の午後の早い時間には領都にある大公の屋敷に着くそうだ。

 アヤカはそれを聞いてたどり着く前に着替えをしたいとロメルに申し出た。

 がロメルからは屋敷に着いて、部屋に案内してからで間に合うと言う。


「どうしてですの、ロメル?」


「それはですね……」


 少し言いづらそうにしているロメルを不思議そうに見るアヤカ。その表情を見て意を決したロメルが正直にアヤカに理由を述べた。


「アヤカ様、アヤカ様は御年十八歳でございます。大公殿下は四十二歳であらせられます。大公殿下はこんな年寄りに嫁ぐ年齢ではないと仰せられて、領都の大公殿下のお屋敷の隣にある空き地にアヤカ様のお住まいになる屋敷をお金と魔法と職人を使い倒して建ててしまわれました。これから向かうのはそちらのアヤカ様用のお屋敷にございます。大公殿下とアヤカ様がお会いになるのは明日になりますので、ご了承くださいませ」


 アヤカはその言葉に驚いた。まさか白い結婚を?


「あの、ロメル…… それが大公殿下のご意思ならばワタクシは従いますけれども、もしもワタクシを見て大公殿下がお求めになられた時は覚悟は出来ておりますと伝えて貰えるかしら」


 アヤカとしてはヒールスロー侯爵家には戻りたくない。だが白い結婚となればまたアヤカを利用しようと父や継母が企むかも知れない。それだけは避けたいアヤカは出来れば大公と本当の結婚をしたいと思っていたのだった。

 白い結婚ではなく真の妻となれば父や継母もアヤカに難癖をつける事は出来ないからだ。


 アヤカの言葉を聞いたロメルはまたチラッと馭者席に座るシロウと呼ぶ馭者を見てから必ずお伝え致しますと答えた。


 何かしら大公への話になると馭者の方を必ず見るロメルを不思議に思いながらも、この旅ですっかり信頼したのでアヤカはその言葉に満足して馬車の座席に深く座り直した。


 馬車の小窓から見える大公の領地は活気に満ちていて、何より王都よりも清潔感があるのに驚きながら、アヤカはいつの間にか寝てしまった。


「アヤカ様、到着いたしました。お疲れのところ申し訳ございませんがどうか起きて下さい」


 ロメルに優しく揺すられて目を覚ましたアヤカ。そして半分寝ぼけたままロメルに促されて馬車から降りると目の前には家というには大きく、屋敷と呼んで差し支えない建屋があり、その前にはヒールスロー家でアヤカの味方だった使用人たちが立って待っていたのだった。

 それによりすっかり目が覚めたアヤカ。


「まあ! エヴァン、リラ、ゲイン、ショーンにミハルまで! いったいどうしたっていうの!! 何故みながここに居るの!?」


 こうして大公の領地に着いたアヤカの大きな声でこの地での生活が始まるのだった。



 またまた時を少し遡ろう。


 王家より呼び出されてやって来た国王の兄であるシロウと、前国王の末の妹に当たるレメルが王宮の一室に顔を出した所から始まる。


「おい、リベラル! いきなり呼び出して何のつもりだ? レメルねえまで連れてこいなんて言って、これで大した事のない用事だったならば今後、一切、お前の呼び出しには応じないぞ!」


 国王の顔を見るなりそう言うシロウ大公だが、その言葉に怯むことなく国王は言い返した。


「兄上、お言葉ですが今は私がこの国の王であり、兄上は家族としては私の上ではありますが、おおやけの立場としては私の臣下となります。なので私が王命として呼び出したならば従っていただきますよ」


「だからこうやって顔を出したんだろうが。さっさと用件を言え! おおかたターマンがやらかしたんだろう?」


「さすが兄上ですな。辺境にいても王都での事はお見通しですか」


「褒めたって何も出ないし、知恵も貸さないぞ」


 そこまで兄弟で言い合っていたのだが、そこに伯母であるレメルが口を挟んだ。


「二人とも、それじゃあ話が進まないわ。リベラル、それで私まで呼び出して何の用事なのかしら? ヒールスロー侯爵令嬢でしたら私が保護しても良いわよ」


「レメル姉さん、実はですな、アヤカ嬢には兄上の妻となって貰う予定なのです」


 国王の言葉に固まる二人。


「シロウの!? 何歳離れてると思っているの、リベラル!!」


「二十四ですな。なに、貴族間の婚姻ではままある事でしょう。兄上、これは王命ですのでお断りになさいませんように。アヤカ嬢を救う為の苦肉の策でもございますのでね」


 国王のその言葉にしばし考えるシロウ。


「そうか…… レイラ·ゴールドマン伯爵令嬢に与する領地貴族に宮廷貴族への対処だな。それは良いが肝心のアヤカ嬢がこんな年寄りの元に嫁げと言われて納得するのか? 勿論だが白い結婚を貫くつもりではあるが、それでも我が領地に来て式ぐらいは挙げる必要があるだろうに」


「それについてはご心配なく。アヤカ嬢は侯爵家より出たがっておりますゆえ、例え年寄りの兄上の元であろうとも承諾する筈です」


「むっ、その根拠はなんだ?」


 ここで国王はヒールスロー侯爵家でのアヤカの立場を説明する。それを聞いた二人、シロウとレメルはそういう事ならばと国王の言葉に頷いたのだった。


「リベラル、アヤカ嬢の味方は一人もいないの?」

 

「いえ、レメル姉さん。幾人かの使用人はアヤカ嬢の味方です」


「それならその者たちを王の権限を使ってシロウの領地へと連れて来なさい。アヤカ嬢も見知らぬ土地で一人も知り合いが居ないのは寂しいでしょう。例えそれが使用人であったとしても、知った顔が居るならば少しは気持ちも落ち着く筈よ」


「はい、分かりました。レメル姉さん」


 国王の返事を聞いてからレメルはシロウに言う。


「シロウ、屋敷の隣の土地は空いていたわね。そこにアヤカ嬢が住む家を早急に建てるように皆に伝えなさい。アヤカ嬢が領地に着くまでに建てるようにするのよ。分かったわね」


「分かったよ、レメル姉」


 こうしてアヤカの処遇が決まったのだが、それをアヤカに伝えるのを少し遅らせたのはこの家の建設の為であった。


「それじゃ、シロウ。私たちはこのまま王都に留まりアヤカ嬢をお迎えに行くわよ。そうね…… 私は大公殿下の屋敷の侍女長のロメル。貴方は馬車の馭者で名前はそのままシロウで良いわ」


 レメルはそういうがシロウからは反対される。


「レメル姉、何でそんな面倒な事をするんだ? そんな事をしてアヤカ嬢を騙すような形で出会っても信頼は得られないぞ」


「馬鹿ね、シロウ。貴方は白い結婚を貫くのでしょう? それならば信頼なんてされない方が良いじゃない」

  

 レメルはアヤカの顔やスタイルを知っていたので、シロウの中での理想の女性像(外見)であるのを危惧していた。アヤカを見てやっぱり白い結婚は止めたとシロウが言い出しかねないと考えたのだ。


 それならば、アヤカからシロウの事を嫌いだと思って貰った方が良いと考えて今回の事を思いついた。


 シロウは良くも悪くも女性に対して強く言えない性格で、また女性から拒否された場合には素直にその身を引く気の弱さである。 


 それに一緒に旅をしてアヤカの性格を知る良い機会でもあると思っていた。


「これは決定事項よ、シロウ。リベラルも良いわね」


「はい、レメル姉(さん)」


 こうして、迎えに現れたのが本当は大公とその伯母とは知らずにアヤカは大公の領地まで旅立つ事になった。 


 実はレメルとシロウには家族にも教えていない秘密があった。嫁いだ先の旦那が亡くなり、直ぐにシロウの領地へとレメルが引っ越したのはその秘密を共有しているシロウがいるからである。


 レメルの年齢はシロウの三歳上で四十五歳だが、見た目は三十代前半に見える。

 また、シロウは四十二歳だが、見た目は二十代後半に見える。

 それは隠している秘密が関わってくるのだが、後々語る事にしよう。

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