第2話 噂とは違いましたけど変人ですわ!?

 父との話が終わって二日後に、家の前に豪華な馬車が一台やって来た。

 馬車の中から侍女が降りてきて我が家の門番に何かを見せている。

 アヤカはそれを屋敷の玄関前から眺めていた。既に今日迎えに来ることは知っていたので、両親への挨拶は無しにして、今までアヤカに味方してくれた料理長や料理人、それに一部の侍女たちに別れの挨拶を済ませ、迎えが来るのを玄関前で待っていたのだ。

 幸い、待つのは十分じゅっぷんほどで済んだ。



 門番が屋敷に向かってきたがアヤカが玄関前に居るのに気付き、屋敷の中には入らずにアヤカに直接報告してくる。


「お嬢様、大公殿下からのお迎えでございます。どうかお気をつけて、何もできなかった不甲斐ない私ですが、大公殿下のご領地で何かございましたら伝書魔法でお知らせ下さい。今度はお嬢様のお力になってみせます!」


 この門番の名はゲインといい、アヤカが幼少の頃から仕えてくれていて、この家で数少ないアヤカの味方の一人であった。


「フフフ、有難うゲイン。何かあったらちゃんと知らせるわ。そうね、ワタクシが大公殿下を上手く誑かして、みんなを雇えるようになったりとか、ねっ! フフフ」


「それは楽しみですね、吉報を待ってますよ、お嬢様」


 ゲインもアヤカの軽口に乗ってそう言うがその表情は心底からアヤカを案じているのがわかる。


「大丈夫よ、ゲイン。もしもの時にはお母様譲りの魔法がワタクシにはあるのだから」


 そう言って微笑みアヤカは迎えの馬車へと歩いていく。


 馬車の乗口前で待つ侍女はアヤカを見て頭を下げた。


「アヤカ様でいらっしゃいますか。私は大公殿下のお屋敷で侍女長を勤めておりますロメルと申します。これからはアヤカ様付きとなりますので何なりとお申し付けくださいませ。大公殿下のご領地までは凡そ八日、領都にある大公殿下のお屋敷までは二日ほどかかりますので、ご不便をおかけしますがどうかご了承くださいませ」


 誠心誠意という言葉が態度から見えてくるロメルにアヤカと、そして門番であるゲインは内心でホッとしていた。この侍女長であるロメルを迎えに寄こしてくれた大公殿下はひょっとしたら噂とは違う人物かも知れないとも考えられたのだった。


「ロメル、ワタクシも十日の長旅は初めてですから、道中で迷惑をかけるかも知れません。その時は遠慮せずに叱ってくださいね」


 ロメルの態度に安心しながらアヤカはそう言って微笑んだのだった。


 それからゲインの方を向き、


「お父様、お母様、それにカスミに今まで有難う御座いましたと伝えてちょうだいね、ゲイン」


 と言外に今までアヤカの味方をしてくれた者たちに最後の挨拶を頼む。


「はい。お嬢様。間違いなくお伝え致します」


 ゲインもアヤカの意を汲み取り、迎えの者はお嬢様を蔑ろにするような者でなく、ちゃんと敬意を持って接してくれる者が来た事を仲間に伝えると約束した。


「それでは参りましょう、ロメル」


「アヤカ様、ご家族のお見送りなどは?」


 ロメルが不思議そうに聞くのでアヤカは考えていた答えを返した。


「嫁ぐ身のワタクシが言うのは大公殿下に対して本当に失礼に当たるのだけれども…… 今回の件は悪役令嬢たるワタクシに対する処罰的な意味合いもあるのですから、お父様やお母様、それに義妹の見送りはワタクシから断っておきました。家の為に……」


 アヤカのその言葉に釈然としない顔をしながらも主として仕えるアヤカの言葉なので無言で頷くロメル。


「畏まりましたアヤカ様。それではどうぞお乗り下さいませ」


 頷いた後に馬車にアヤカを導き、アヤカが乗り座席に座ったのを確認してからロメルも馬車に乗り込んだ。そして小窓を開けてアヤカがゲインと顔を合わせられるようにする。


 アヤカはそれに感謝しながらも何も言わずにゲインに頷きかけ、ゲインもアヤカに頷き返した。それを確認したロメルは馭者に出して下さいと伝えた。


 遠ざかる住んだ家を小窓から見ながら


『さようなら、お父様、お母様、それにカスミ。二度と会う事は無いでしょう…… 何だかスッキリとした気分だわ!』


 心が晴れやかになっていたのだった。


 馬車が王都から出た事によりアヤカはロメルに色々と聞いてみる事にした。


「ロメル、恥ずかしながらワタクシは大公殿下の事を何も存じ上げないの。貴女の知っている大公殿下の事を教えてくれないかしら?」


 そうアヤカに聞かれたロメルは少し考えてから馭者の方をチラッと見てから答え出した。


「そうでございますね。アヤカ様だけでなく恐らくは全ての貴族が大公殿下をご存じないかと思います。何故ならば、大公殿下は陛下よりご領地を賜ってからは一度も社交界に顔を出しておりませんので。陛下からご領地を賜ったのが大公殿下が二十二歳の時でした。それから二十年もの長きに渡って社交界から遠ざかっておりますので。陛下にだけは一年に一度、お会いする為に王宮へと赴いておられますが、それもお忍びでございまして、陛下と王妃様、それに王太子殿下ご夫妻にしかお会いにならないので、今の大公殿下をご存じなのは仕える私どもを除けば、そのお四方だけにございます」


 『それはかなりのものだわ』と内心で驚くアヤカだが、先を促すようにロメルに頷きかける。


 そこからロメルの語りが熱くなる。それらを聞いたアヤカの感想はと言えば、『噂とは違うようですが、変人と言えるお人柄のようですわ』というものだっらしい……



 ここで時を少し遡る。


 王宮にある国王の私室に四人の人がいた。先ずは部屋の主でもある国王。そしてその妻である王妃。更にはその二人の長男で王太子とその妻の四人であった。

 四人とも深刻な顔で話し合いをしている。


「まったく…… やらかしてくれたな、ターマンは……」


 自身の第二子であるターマンについてこう言う国王に同調するように頷く他の三人。


「あれほどシロウ伯父上とレメル大伯母上に警告を受けていたのに簡単に引っかかった我が弟は厳罰に処したいぐらいです」


 王太子たるターマンの兄がそう言えば、その妻も同調して言葉を紡いだ。


わたくし、アヤカ嬢と一緒にこの王宮で過ごす事を楽しみにしていたのですよ……」


 悲しそうに言う息子の嫁に王妃も、


わたくしも残念でなりませんわ…… けれどもここでターマンを叱責すれば一部の領地貴族と宮廷貴族たちの反駁が出ますわ」


 と悔しそうに言う。それほどレイラ·ゴールドマン伯爵令嬢は社交界を巧みに使い、味方を増やしていたのだ。

 勿論だが王家としてもただ見ていただけではなく、国王も兄である大公や伯母であるレメルの助言を貰い対抗策をやって来たのだが、あの悪女はそれらを難なくすり抜けてしまったのだった。


「それで、アヤカ嬢の処遇を決めねばなりませんが、父上はどうお考えですか?」


 王太子である息子に問われた国王は、そこでニヤリと悪い顔をした。


「周囲のあのバカ貴族どもと、何よりアヤカ嬢を蔑ろにしているヒールスロー侯爵が納得する上手い処罰をちゃんと考えてあるぞ、息子よ」


 その顔を見て王太子とその妻はハッとした顔をする。


「ま、まさか伯父上の元に…… ですか?」


「そのまさかだ、息子よ。ここは我らが兄上に悪者になっていただこうではないか。あれほど再三に渡ってもっと大っぴらに手助けして下さいと願っているのに領地に引っ込んで助言しかしてくれぬ兄上を引っ張り出すチャンスでもある。なに、アヤカ嬢にとっても悪い事ではない。あの兄上ならば好みの顔であり、体型であり、性格であるアヤカ嬢の為に白い結婚を選択するであろうよ。ならばこのゴタゴタが片付いた後にはそれ相応の結婚相手をアヤカ嬢に見つけられる。どうだ、我が妻よ」


 国王に問われた王妃はしかしその意見に反論した。


「私は反対ですわ。シロウお義兄様のお気持ちをお考え下さいませ、陛下」


 その言葉にグッと唸る国王。だが、そこに王太子妃たる義娘が言葉を挟んだ。


「シロウ伯父様とレメル大伯母様に先ずはご連絡をして、相談してみればよろしいかと思います。お二人がアヤカ嬢を助けたいとお考えならば動いて下さるでしょう」


 その言葉に三人は頷き、先ずは大公と大公の領地に住む伯母に連絡を取る事にした国王。


 やって来た二人に事情を話して、それから話し合いを重ねて、アヤカの為になるならと大公が承諾をして、今回の処罰が決まったのだった。


 この処罰には並の処罰では反駁しそうだった領地貴族や宮廷貴族たちも納得をして、逆にアヤカへの同情が集まったぐらいである。 


 こうして、現在のアヤカの状況は王家により作られたのであった。

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