侯爵令嬢、年上大公の妻になる!?

しょうわな人

第1話 ワタクシ、悪役令嬢でしたの?

 アヤカ·ヒールスロー侯爵令嬢は今の状況に困惑していた。


「ヒールスロー侯爵令嬢! 君との婚約は破棄させて貰う!!」


 目の前には婚約者であるこの国の第二王子であるターマン·ロイヤル殿下。その横には扇子で顔の下半分を隠して目だけで怯えを表しているレイラ·ゴールドマン伯爵令嬢がいた。


「あの、ターマン殿下…… いったい何事でしょうか?」


 アヤカは突然の事に訳が分からずに婚約者にそう尋ねた。


「しらばっくれるつもりか? ヒールスロー侯爵令嬢! 君が私に隠れてこの可憐なるレイラ嬢を苛め抜いていたと聞いた時の私の絶望が分かるか!! まさか私の婚約者がイジメなどという低俗な事をしでかしているとは思いもしなかった!!」


「あ、あの殿下…… 何かの間違いでは無いでしょうか? ワタクシ、レイラ様と学園内でお会いした事はございませんが?」


 事実、アヤカはレイラ·ゴールドマン伯爵令嬢と学園内で会った事はない。


「しらばっくれるつもりか!! 君が取巻きの令嬢方に指図してレイラ嬢に嫌味や陰湿な嫌がらせをしていた事は既にこちらで把握しているのだっ! 証拠も証人もいるぞっ!! ヘリオス、あの哀れな令嬢をこちらに!!」


「ハッ、殿下!!」


 ヘリオスとは現在の宰相であるハーゲン·ミニスター伯爵の第二子でターマンの側近である。そのヘリオスが連れてきたのはまたもやアヤカとは面識の無い令嬢だった。


『どちらのご令嬢かしら? お会いした事はないわよね?』


 内心で必死になって記憶を探るアヤカであったがどうしても記憶にない。そんな中、ターマンによってその令嬢の発言が許可された。


「さあ、怖がる事はない。勇気をもって我々に話してくれた事をここで話してくれ、クレア·ズーベタ子爵令嬢」


「は、はい、殿下。それでは恐れながら申し上げます。私、ヒールスロー様から手紙により指示をいただいておりました…… その指示とはレイラ様へのイジメを指示するものでございまして…… 私が指示に従わない場合には私の領地で生産される羊毛布団の輸出を侯爵家の権限を持って差し止めると書かれていて…… ウッ、ウッ、わ、私は嫌でございましたが、両親に迷惑がかかると思い泣く泣く、ヒックッ、レイラ様へのイジメを…… も、申しわけございません!! レイラ様!!」


 話を聞いていたアヤカはポカーン顔だ。しかしそんな中でレイラが動いた。


「いいえ、良いのよ。クレア様。貴女あなたは何も悪くないわ! 悪いのはそんな脅しをして貴女に指示を出した方なのよっ!!」


 そう言ってクレアの肩を優しく抱き泣きじゃくる背中を優しく撫でている。


『いったい、どういう事なのかしら? ワタクシ、そんな手紙を出した覚えはございませんわ?』


 アヤカの心の中はまた疑問符が出てきたが事態はそんな思惑をよそに進んでいく。


「さあ! これで言い逃れは出来まい!! ヒールスロー侯爵令嬢! 本来ならば私との婚約破棄だけでなく何らかの処罰が必要ではあるが、事は王家と侯爵家との問題にもなるから、処罰については父上に一任した。君は今すぐ自宅へと戻り謹慎するのだっ!! これは王家からの慈悲でもあるのだぞ!! 分かったならここから今すぐ出ていくのだっ!!」


 アヤカは訳がわからぬながらもここで何かを反論しても得策にはならず、また家にも迷惑がかかると思い、ターマンの言う通り大人しく自宅へと戻る事にした。

 きっと間違いは正されるとその時は信じていたのだが……


 しかし自宅へと戻ったアヤカを待っていたのは両親からの叱責と自宅謹慎であった。両親と言っても母親は継母であるのだが。


「まったく! やっと王家との縁を結べると思ったらコレか!! やはりお前は出来損ないだったなっ!! 顔だけは良いからと何とかターマン殿下の婚約者へと押し込んだというのに、イジメなどという陰湿な事を仕出かすとはっ!! 我が家の面子は丸潰れだっ!!」


「本当にねえ…… アヤカさん、そんなに私が憎いのかしら? 貴女の本当の母親じゃないからってそんな事を仕出かさなくても…… これから私も社交界で何を言われるのかと気が重いわ……」


 アヤカは何も言い訳をせずに申し訳ございませんと二人に言う。ここで何かを言えば暴力が来るからだ。


「ホンッとにお姉様、何をやってくれてるんですかぁ? 私まで笑い者にされちゃうじゃない!」


 母親違いの妹であるカスミからもそんな風に言われるがごめんなさいとだけ言って俯いているアヤカ。


「とにかく、国王陛下からの沙汰があるまでお前は部屋で謹慎していろっ!! 食事も一日に一食だっ!! 反省しておけっ!!」


 父親のその言葉に「はい、畏まりました」と言って部屋に戻るアヤカ。自室に入ると直ぐに魔法で音声遮断の魔法をかけて


「ワタクシ、これからどうなるのかしら? それよりも、この展開って最近の流行りの小説の中の主人公の引き立て役である悪役令嬢そのものですわ…… ワタクシって悪役令嬢でしたの?」


 そう独り言を繰り出すアヤカ。


「まあ、良いですわ。この家から出られる可能性があるのでしたら、国王陛下の沙汰を待ちましょう。修道院行きかしら? それとも国外追放かしら? あっ! そうだわ、必要な物は大体入れてあるけれども、カスミに取られる前にこの部屋のワタクシの私物も入れておかないと!!」


 そう言うとアヤカは自分の私物、服や茶器、自作した机や椅子などを手に触れただけで消していく。アヤカは家族にも言ってないがアイテムボックスというスキルを所持している。その中には亡き母親の形見や自分で密かに稼いだお金などを入れていた。

 そして、アヤカの部屋には誰も訪れた事が無いのも幸いして、自分に必要だと思う物をそのアイテムボックスの中に収納していくのだった。


 食事は本当に一日に一食だったが、アヤカはアイテムボックス内に入れてある出来立てホヤホヤの料理長の料理があったので平気だった。

 料理長のエヴァンは父は既に忘れているだろうが、亡き母の実家から招いた料理人で両親やカスミに隠れてアヤカの味方をしてくれていた。

 また、アヤカが母譲りのアイテムボックス持ちである事も知っていて、何かと料理を作っては


「お嬢様、新作でございます。いざという時の為に例の箱に入れておいて下さい」


 と言ってアヤカに手渡してくれていた。それは母が亡くなった五歳から始まり、継母と義妹であるカスミが我が家に住むようになった七歳からは三食の度に一〜二品多くアヤカに収納する為の料理を出してくれていた。

 母が亡くなってからは父と食事を共にする事が無くなったのが幸いであったとアヤカは今更ながら思っている。


 アイテムボックス内にはそんな料理が一万食を超えて入っているからだ。飲み物もあるのでアヤカが直ぐに飢え死にする事は絶対に無い。


 そうしてカスミからの突撃も無いままに自室で平穏なまま謹慎していたアヤカは十日後に父から呼び出されて部屋を出た。(自室には風呂もトイレもある)


「アヤカよ、陛下より沙汰が下った。お前への沙汰は辺境にお暮らしになっている大公殿下の元に嫁ぐ事だ! これは王命であるから断るなどもってのほかだぞ!!」


 父であるヒールスロー侯爵からそう言われたアヤカは内心で、あまりいい噂を聞かない大公殿下の元へと嫁ぐのは不安ではあったが、この家を出られるならばと素直に頷く。


「はい、お父様。謹んで陛下のご厚情をお受け致します」


「うむ、それならば良い。では出立の準備をしなさい。明後日には大公殿下から迎えの馬車がやって来る。それに間に合うようにするのだ! またもしも大公殿下より離縁されてもお前の戻る場所はここには無いからな。我が家はカスミに入り婿を迎える事が決まっているからな」


「はい。畏まりました、お父様。今まで育てて下さって有難う御座いました……」


 言われなくとも戻るつもりの無いアヤカはそれでも揉めると面倒なので一応の礼儀に則って父に礼を述べた。


 こうして、悪役令嬢と貴族社会に認知されたアヤカは、性癖に問題ありと噂される大公殿下の元に嫁ぐ事が決まった。 

 

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