7 戦いの終わり

「死なないで! 優希くん!」

 ギリギリと彼の体を締めつけるタコの透明な足。わたしはその足に体当たりした。

 タコのギョロリとした目がわたしに向く。

 他の足がわたしに向かってくる。


「巻きつくがいい!」

 

 強く、タコにそう言った。

 どういうわけか、わたしの手前に見えない壁でもあるようだった。タコは足をバシンと何かにぶつけたかのように痛がっていた。

 優希くんがいつのまにか、タコの足から逃れたらしい。わたしの手をとって、走り出す。


「一旦、冷静になれ。杏奈。お前、なにかできない?」

 優希くんは青みがかった目をぎらつかせて、わたしに聞いた。制服があちこち、血と泥にまみれてる。彼は隠してたけれど、そうだよね。タコとの孤独な戦いがどれほど激しかったのか。

 胸が締めつけられる。


「わたし、わたしは優希くんみたいには、何か超能力を使えるわけじゃないよ」

 震える声で、次の言葉を言う。

「でも、この戦いが終わったら、優希くんの望むこと、なんでもする。キスでもそれ以上でも。もしかしたら全部でも、あげるよ。それしか約束できない。そんなで、力になれる?」

「じゃあ、全部、その時はもらうから。よろしくな。いや。ほんと元気出たわ。サンキュー」


 優希くんは幸せそうに笑うと、手にまた雷の剣を生み出した。ギラリと光るその剣に、更に雷をチャージして。


 次の一撃を決めないと。

 わたしたちには、もう後がない。

 

 大ダコに心臓があるとしたらその辺りか、というところまで、優希くんは捨て身の跳躍をする。そして、深々と大ダコの内部に剣を突き刺した。


 大ダコは青い水を吐き出し、その体がサラサラの水となって溶けていく。

 大雨に、全て、押し流されていく。


「たこ焼きでも、食いたいよな」

 優希くんがつぶやき、剣を手から消した。

 終わったの?


 あれだけ激しかった雨が急に止み始めた。


 優希くんはわたしに近づくと、不敵に笑い、こんなことを言う。

「で、何だっけ? さっきのもう一回言ってみてよ。キスでも全部でも、くれるんだっけ?」


「優希くん、バカだよ。あんなの、その場しのぎの口約束だよ。本気にしちゃうなんて、バカだ」

 じわりと涙が出てしまう。わたしは自分から、優希くんに抱きついた。わたしの制服のブラウスも、ところどころ、血がついて汚れてた。雨にもぐっしょり濡れてる。


 そんなことは構わずに、キスをする。

 おそらく、優希くんにとって、わたしとのキスはエナジードリンクというより、むしろ「食事」みたいなものだったんだね。

 わたしに他の人より濃い霊力があったから、霊力を消費しがちな彼は、わたしとキスをしたがった。

 

 でも、それだけじゃないよね。

 今は。 


 わたしたちはもう。


「校庭の真ん中で、見せつけてますわねー」

「おろち様」のひんやりした声がして、わたしは咄嗟に優希くんから、体を離す。優希くんも、下を向いて恥ずかしそうにしていた。

「こちらは、さびれた廃工場あたりで、タコを百匹はほふりましたのよ。放課後はたこ焼きでも食べたいですわね。わたくし、食べたことがいまだになくて」

「『おろち様』、それはいけないな。ぜひ、人間どもの食べるたこ焼きをご賞味あれ」

 優希くんが軽やかな口調で言う。「おろち様」は少し顔を赤くして、

「その呼び方は恥ずかしいですわ。制服の時は『真由香姉さん』ですわよ。そう呼びなさいませ」

 と言ってもじもじしていた。

 なんだかんだと、イケメンに弱いものね。「おろち様」。


 教室に帰ると、浅岡さんが真っ先に出迎えてくれた。

「あなたたち二人、ひどいドロドロだし、怪我もしてるんじゃない? うち、学校から近いから、シャワーでも浴びて着替えて帰りなよ。特に杏奈ちゃんは!」

 杏奈ちゃん、と言われて涙が出たのは、傷が痛いからじゃない。


 クラスのみんなは、どこまで見てたのかな?

 大ダコとの戦いを、目にしてたのかな?

 莉子ちゃんがわたしを見て、涙を流して駆け寄ってくれた。痛かったよね、怖かったよね、と泣いてた。

 

 浅岡さんは宣言どおり、わたしと優希くんに、順番に、家のシャワーを使わせてくれた。

 わたしは浅岡さんが去年着ていたピンクのTシャツとスキニーパンツ、優希くんは、浅岡さんのお兄さんが寝巻きに着てるというドクロ柄のTシャツとだふだぶのパンツという服装で、少しの間、散歩をした。

 買い食いなんて、生まれて初めて。

 たこ焼きも食べた。「おろち様」がいないなあ、と思ったけれど、わたしの右腕に戻ってたので、ちゃんと彼女の分までご賞味しよう。

 チェーンの唐揚げ専門店にも優希くんと入る。

 大きな唐揚げは、勝利の味がした。


 これからも、こういう戦い、あるのかな。

 もし、そうだとしても、わたしたちは負けないよ。

 わたしは右腕のアザをそっとさする。今は愛おしくてたまらない、わたしのアザを。

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水の神話〜水神様に取り憑かれたわたしと、謎のイケメン〜 瑞葉 @mizuha1208mizu_iro

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