反転殺人
きん斗
俺は殺しちゃいない
「うぅ……ここは…………うぉ!」
男は目を覚まし、何もない真っ白な空間で自分の体が浮いているような不思議な感覚に襲われた。
「俺は癌で死んだはずだよな……まさか、天国——」
「田中さんですね」
「うおっ!」
「失礼。私は反転の死神。そしてここは現実と天の狭間でございます」
田中の前に現れたのは、動物の頭蓋骨を被り、黒いマントで体を覆った、自分を死神と名乗る者。手足が見当たらない。田中は警戒し、自然と怪訝な表情になる。
「なんで俺の名前を知ってるんだ。ってか、俺はさっき死んだはずだ。一体何が起こってんだ?」
死神は明らかに辟易とした態度を醸し出し、慣れたような口ぶりでこう言った。
「どうか落ち着いてお聞きください……あなたは高校時代、同級生の沢北さんを殺害されましたね」
「……は? いや何を——」
「私の仕事は殺す殺されるの立場をひっくり返すこと」
「おい」
「この行為を”反転殺人”と言います。反転殺人は、殺人を犯した人達にとって、行われるべきとても大事なことなのです」
死神は田中の言葉を全く聞かなかった。というよりは、聞く必要が無いという感じだった。
「待てって、俺は殺しなんてしちゃいねーよ。人違いだ。その沢北ってやつも知らねえ!」
田中が声を荒げても、死神はピクリともしなかった。
「つまるところ、あなたはこれから高校時代に戻り、殺されます。あなたが沢北さんにした殺し方と同じように」
「……? 何言ってんだお前。そもそも俺はもう死んで——」
死神が田中をじっと見つめる。
「反転殺人の目的は罪の意識を持ってもらうこと。今後あなたが他の人間に転生した際、前世の記憶が無くなっても反転殺人の経験はあなたの魂に残ります」
「そうすれば、あなたの魂は抜本的に変わり、転生後、無意識に殺しはおろか、非道徳、暴力的行為すら控えるようになり、いわゆる普通の人間になれるでしょう」
「知るか! 勝手に人を殺人犯呼ばわりしやがってこの野郎!」
「同じ過ちを繰り返さずに済むのです。残酷な行為ですが、どうかご理解を」
何を言っても、反転殺人の決定は揺るぎそうにない。
「……そろそろ時間のようですね。では、行ってらっしゃいませ——」
そう言われた途端、田中の体がじわじわと消え始めた。この瞬間、田中は自分が本当に殺されるのかもしれないと戦慄した。
「待て! 本当に人違いだ! 俺は殺しなんてしちゃいな——」
スッ
死神の前から田中の姿が完全に消え去った。
「……ハァ、あの類の人は加害者意識が無いから困りますね——」
死神はため息を吐きながらそう呟いた。
——しばらくして、田中が目を覚まし、自分が制服を着て、学校の男子トイレにいることを確認する。田中以外の人の姿は無い。
(俺はこれから銃で撃たれるのか? 刃物で刺されるのか? 人違いだってのに……!)
『死』。田中の脳がこの言葉を反芻し続ける。
「……とにかく逃げるしかねぇな」
ガチャ
そんな時、男子生徒六人ほどの集団がトイレに入ってきた。だが、用を足しに来たのでは無い様子だった。
男達は田中にズンズン近づいていき、皆威圧感ある表情で田中を取り囲む。
「なんだお前ら——」
ドゴッ
「うっ!」
男の一人が田中の腹を思い切り蹴り上げ、田中は思わずその場から崩れ落ちた。
男は躊躇いもなく田中の髪を思い切り引っ張り、耳元で思い切り叫ぶ。
「さぁ今日も遊ぼうぜー田中ァ!!」
「う……ゴホッ」
(なんだこれ……俺、イジメられてんのか?)
「オラ! もっと気張んねぇと殺しちまうぞ!」
「ハハハ! さっさと死んじまえや!」
(クソ、こっちは本当に死ぬかもしれねーのに……)
(………………あれ?)
頭の片隅に置かれていた田中の高校時代の記憶が、ゆっくり掘り起こされていく。
(俺も、高校の時……こんな感じで誰かをイジメてたっけな……)
「あ」
田中は思い出した——
「次のニュースです。今日午前〇〇時過ぎ〇〇県〇〇市内の高校生が、自宅のマンションで自ら命を絶ったとのことです。原因は学校内のイジメで——」
反転殺人 きん斗 @bassyo-se2741
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