第7話 <終>月虹環が見守るこの惑星《ほし》で

  ★



「昔々、神話の時代のことエレンとセレナという美しい姉妹の神がいた。セレナは神の中でも一番幼く姉や他の神々にかわいがられていた。子供の神様だったんだね。


 甘えん坊のセレナはある日、母神ティエラにこっそり会いに行こうとした。けれど、母神は惑星を満たす『人間』をその身に宿していて多くの武神に守られていた。幼いセレナはそのことを知らなく不用意に武神の張った結界に近づいてしまったんだ。

 それは、セレナの死を意味していた。けれど、姉神のエレンがわが身を犠牲にして妹神セレナを助けた。


 セレナは、自分の愚かさを恥、姉の死を悲しみ続けた。


 しかし、あるとき姉神エレンの声がセレナの耳に届く。


『母星を取り巻く月虹環に姿を変え、ずっとあなたを見守っているわ』と。


 セレナはそれを知り、姉の姿を同じ金色の腕輪を身に着け、姉と並び称される美しく賢い女神に成長したといわれている。


 セレナの腕輪というのは、宙港のあるクレーターのことだね」


(月虹環となりずっと見守っている……)


 その言葉は、セナの傷ついた心を癒していった。


「まあ、口伝だから、地域エリアによって話は若干異なるかもしれないけど、僕の知ってる話はそういう話」


 見上げていた母星とその月虹環が涙で滲んでゆく。


 無意識に、涙がこぼれないように上を向いたが宙港の無重力では意味はなかった。


 まつげの先に溜まった涙は、首をふると次々に真珠のような丸い粒になり宙に舞う。


(毎日この場所、衛星セレナの宙港で見上げていたあの環がお姉ちゃんだったんだ……。

 ずっと、見守ってくれていた。そしてこの足元に、セレナの決意の印。金色の腕輪クレーターがある)


「ねえ、どうして、そんな話をわたしにしたの? 私は、あなたに何ひとつ話してないのに」


 ライトは、セナの見つめている月虹環を共に見上げた。


「君に、月虹環の話をしないといけないような気がしたんだ。PSIサイ局に登録するほどではないんだけど……僕は人や動植物の心を感じることができるんだ」


「テレパス!?」


「そんなかっこいいものじゃないよ。『読める』ってことと『感じる』ってことには、雲泥の差がある。君だって、周りの人が機嫌が悪かったり、良いことがあってうれしそうだとなんとなく解ることがあるだろ。それと変わらないよ」


 ライトは、なぜかばつが悪そうに苦笑した。


「僕のこと怖い?」


 セナは、その言葉を聞いて改めてライトのことを上から下までまじまじと見つめた。


 黒い髪に人懐こそうな青い瞳。

 高い背を情けなく丸めて無重力でどこに飛ばされるかびくびくしている様は、頼りない。


 (どこも、私と変わらないじゃない? 

 能力って言っても、ちょっと察しがいいだけだって言うし……。

 何より、ライトの言葉は今の私に必要だった)


 『ありがとうと』感謝の言葉を伝えたかったが、セナは恥ずかしくて言えなかった。

 代わりに、元気に悪態をついてしまう。



「ううん。怖いどころか情けない!」


「ええっ!?」


「宙港の無重力で、ぐるぐるしてる人なんか怖くないよーだ!」


 セナは、明るく声を出して笑うと慣れた跳躍でその場を後にした。


「ちょっと、セナ待って!」


 慌てて追おうとしたライトは無重力につかまり叫んだ。


「たっ、助けて~」


 セナは、振り返り予想通りの展開に満足した。


「しょうがない。助けてあげる! 私にとってもセレナでのはじめての友達だからね」 



 宙港に、セナの笑い声とライトの叫び声が楽しそうに響き渡る。



 母星と月虹環は、そんな二人を暖かく見守っていた。 




 ★   E  N  D  ★



用語説明:

惑星(母星、主星)ティエラ。

その月2(衛星2)セレナ。

そして、ロッシュ限界で母星の円環(土星の輪っかみたいなもの)になった月1(衛星1)エレン。


ソリッド:立体映像。空間演出やアバターとして用いられる。


ロッシュ限界(天文用語):惑星や衛星が破壊されずにその主星に近づける限界の距離のこと。(ウィキペディアより)



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【短編】TWIN MOON―見上げてごらん星の輪を― 天城らん @amagi_ran

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