第7話 影の正体
深夜、静寂に包まれた街の中を、瑠璃と祐介は黙々と歩き続けていた。彼らの目的地は、かつて翡翠が最後に足を運んだという廃墟のような屋敷だった。瑠璃の記憶が完全に解放された今、その屋敷こそが彩音が囚われている場所であり、「黒い影」の正体と向き合う最後の舞台であることが明らかになっていた。
「ここで全てが始まった…」
瑠璃は祐介の隣を歩きながら、心の中で自分に言い聞かせた。母親がその命を懸けて封印した霊、それが今、自分の力を試そうとしている。母が最後に残した力を、彼女は受け継いだ。そして、その力を持って彩音を救い出さなければならないという決意が、瑠璃の中に強く宿っていた。
二人が屋敷に到着すると、そこはまるで時が止まったかのように静まり返っていた。月の光が薄く差し込み、朽ち果てた屋敷の影を長く引き伸ばしている。古びた門を開けると、冷たい風が二人を迎え、まるでこの場所に立ち入ることを拒むかのようだった。
「気を引き締めて、瑠璃。この場所はただの廃墟ではない。母親が最後に戦った場所だ。」
祐介の声には、緊張と覚悟が滲んでいた。彼もまた、この場所で何かが待ち構えていることを感じ取っていた。
「はい、祐介さん。私はもう逃げません。」
瑠璃は毅然とした表情で答え、屋敷の中へと足を踏み入れた。廊下に差し込む月明かりが、二人の影を不気味に揺らしている。床は埃に覆われ、かつての住人の痕跡がわずかに残っているだけだった。
「ここに、彩音ちゃんが…?」
瑠璃は自分の心が警告を発しているのを感じながらも、霊媒の力を最大限に引き出し、霊的な存在を探ろうとした。彼女の中には、母親が封じ込めた霊がまだこの場所にいることを示す何かが確信としてあった。
「この場所は、母親が霊を封印するために最後に訪れた場所。そして、その霊が今、解放されようとしている…」
祐介の言葉が、瑠璃の中に過去の記憶を呼び覚ました。幼い頃、母が彼女を守るために何をしたのか。その断片的な記憶が、今まさに繋がりつつあった。
二人は慎重に屋敷の奥へと進んだ。階段を降り、地下へと続く通路に差し掛かった時、瑠璃は強烈な霊的な力を感じた。その力は、彼女を拒むかのように押し返そうとするが、瑠璃はその圧力に抗いながら進み続けた。
「ここだ…」
彼女が辿り着いたのは、地下にある大きな扉だった。扉の前には古い呪符が貼られており、それが長年に渡ってこの場所を封じてきたことが分かる。しかし、呪符はすでにその力を失いかけており、扉の隙間からは不穏な気配が漏れ出していた。
「この扉の向こうに…彩音ちゃんがいる。」
瑠璃は確信を持って言い、扉に手をかけた。その瞬間、強烈な霊的な反発が彼女を襲ったが、彼女はそれを振り払うように力を込め、扉を開けた。
中に入ると、そこは異様な空間だった。壁一面に古びた鏡が掛けられ、中央には古い祭壇が置かれていた。その祭壇には、かつて翡翠が使用したであろう霊的な道具が散らばっており、その周囲には禍々しい力が渦巻いているのが見て取れた。
「ここが…全ての始まり…」
瑠璃はその場に立ち尽くし、周囲を見渡した。彼女の目に映ったのは、鏡に映る自分自身の姿と、背後にぼんやりと浮かぶ黒い影だった。その影は、次第に形を成し、やがて人の形となって現れた。
「黒い影…!」
瑠璃はその存在を直視し、身構えた。影はゆっくりと動き出し、彼女に近づいてくる。その姿は、翡翠が封印した霊そのものだったが、その力はすでに解放されつつあり、今にも暴れ出しそうだった。
「彩音ちゃんはどこ…?」
瑠璃が問いかけると、影は静かに手を差し出した。その手の先には、何かが浮かび上がり、やがて彩音の姿が現れた。彼女は無意識のまま、影に囚われていた。
「彩音ちゃん!」
瑠璃は叫び、霊媒の力を全開にして影に立ち向かおうとした。しかし、影は強烈な力で彼女を押し返し、祭壇に向かって彼女を吹き飛ばした。瑠璃は辛うじて受け身を取りながら、再び立ち上がった。
「私は…負けない!」
彼女は母親から受け継いだ力を思い出し、その力を最大限に引き出そうとした。その瞬間、彼女の手に握られたペンダントが輝きを放ち、影に向かって強い光を放った。影はその光に一瞬怯んだが、再び立ち上がり、瑠璃に向かって襲いかかろうとした。
「瑠璃!」
祐介が駆け寄り、彼女を支えた。二人の力を合わせ、影に対抗するべく、全力を尽くした。祐介が持つ霊的な力もまた、影に対抗するための強力な武器となっていた。
「母さんが、私を守ってくれたように…私も彩音ちゃんを守る!」
瑠璃は叫び、霊媒としての力を解放した。その力はペンダントを通じて増幅され、影に向かってまばゆい光となって放たれた。影はその光に飲み込まれ、次第に形を崩していった。
「これで…終わりにする!」
瑠璃は最後の力を振り絞り、影を完全に消し去るべく全ての霊的な力を解放した。光が強まり、影は完全に消滅した。
「彩音ちゃん…!」
影が消え去ったその場所に、彩音が静かに倒れていた。瑠璃は駆け寄り、彼女を抱きしめた。彩音の身体は冷たかったが、かすかに呼吸をしているのを感じて、瑠璃は安堵の表情を浮かべた。
「彩音ちゃん、よかった…」
祐介もまた、その場に駆け寄り、二人を支えた。
「君はやり遂げたんだ、瑠璃。母親の遺した影を乗り越えて、自分自身の力で彩音ちゃんを救った。」
祐介の言葉に、瑠璃は涙を浮かべながらも微笑んだ。彼女は母親から受け継いだ力を完全に使いこなし、自らの道を切り開いたのだと実感していた。
「お母さん…ありがとう。」
瑠璃は心の中で母に感謝を伝え、彩音を救い出すことができたことに感謝した。彼女は祐介と共に、彩音を連れて屋敷を後にした。外に出ると、空には再び月が輝いており、冷たい風が二人を優しく包み込んでいた。
「これからも、私は…霊媒探偵として生きていく。」
瑠璃は心の中でそう誓い、彩音を救い出したことで、自分自身の力に自信を持つようになった。母親の遺した影を乗り越えたことで、彼女は新たな未来へと歩み始めることができたのだ。
彼女の中には、これからも続くであろう霊との戦いに立ち向かう覚悟と、母親への感謝が深く根付いていた。そして、その覚悟が彼女を新たな事件へと導いていくのだった。
【完結】継がれし瞳 湊 マチ @minatomachi
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