第6話 封印された記憶

冷たい風が旧校舎の外壁を叩きつける中、瑠璃と祐介は沈黙のまま校舎を後にした。彼らの足音が雨に打たれる中、瑠璃の心には彩音の失踪と「黒い影」に対する不安が渦巻いていた。握りしめたペンダントからは、何かを語りかけるような微かな振動が伝わってくる。


「このペンダント…何かを封じ込めているのか、あるいは何かを呼び寄せているのか…」瑠璃は祐介の言葉を反芻しながら、無意識のうちにペンダントを見つめていた。


「祐介さん、これって一体…?」


祐介は彼女の問いかけに応じ、少し間を置いてから話し始めた。「君が手にしているペンダントは、かつて君の母親、翡翠が関わった事件の遺物かもしれない。あの事件で封じ込められた何かが、今また目を覚まそうとしているんだ。」


瑠璃は祐介の言葉に、胸が締め付けられるような思いを抱いた。母が過去に戦った何か――それが彩音を巻き込み、今もなお彼女たちを苦しめているのかもしれない。


「お母さんが…」


瑠璃は過去の記憶を手繰り寄せようとするが、幼い頃の自分には何も覚えていないことに気付く。翡翠が彼女に何かを伝えようとしたことは確かだったが、その全貌は彼女の記憶の奥深くに封印されているように感じられた。


「君の記憶を取り戻すために、ある場所へ行こう。」


祐介は瑠璃の手を取り、決意を込めて言った。「翡翠がかつて力を研鑽していた研究所がある。そこに君を連れて行けば、何かが分かるかもしれない。」


瑠璃は祐介の提案に頷き、二人はそのまま学校を後にして、研究所へ向かうことになった。


---


夜が深まる中、二人がたどり着いたのは、街の外れに佇む古びた建物だった。その建物は、かつては科学者たちが集まり、様々な研究を行っていたが、今は閉鎖され、静寂の中に埋もれていた。建物の外観は朽ち果てており、かつての栄光の影を感じさせるものだった。


祐介が建物の鍵を開けると、冷たい空気が二人を迎えた。中に足を踏み入れると、暗がりの中にぼんやりとした明かりが灯り、かすかな埃の匂いが漂っていた。


「ここが…お母さんが使っていた場所なんですね。」


瑠璃は静かに呟き、周囲を見渡した。かつて翡翠がここで何をしていたのか、その痕跡を探ろうとするが、目に映るのは古びた書類と錆びついた機材だけだった。


祐介は彼女を奥の部屋へと案内した。そこには翡翠が使用していたとされる書斎があり、机の上には古びたノートや資料が散らばっていた。


「ここだ、瑠璃。君の母親が最後に使った部屋だ。」


祐介は机の上にある一冊のノートを手に取り、慎重にそれを開いた。ノートには、翡翠が残した研究記録が綴られていた。その中には、霊媒の力を使った様々な実験や、彼女が直面した困難についての記述があった。


「これを見てくれ。」


祐介はノートのあるページを指し示し、瑠璃に見せた。そのページには、過去に翡翠が封じ込めた霊の記述があった。その霊は、強力な怨念を持ち、翡翠によって封印されたが、その過程で彼女自身も大きな犠牲を払ったことが記されていた。


「お母さんは…こんなにも大きな代償を払っていたの…?」


瑠璃はノートを読み進めるにつれ、母親が直面した過去の闇の深さに心を痛めた。そして、その封印が今再び解かれようとしていることを知り、背筋に冷たい恐怖が走った。


「そして、君の記憶も…この事件に関係しているんだ。」


祐介の言葉に、瑠璃は自分の記憶が何か重要な鍵を握っていることを悟った。母が封印した霊が、彼女の記憶を奪ったのだろうか。それとも、母自身が彼女を守るためにその記憶を封じたのか――瑠璃は自らの過去を知るために、さらなる探索を決意した。


「どうすれば…記憶を取り戻せるんでしょうか?」


瑠璃の問いに、祐介は少し考え込んだ後、静かに言った。


「ここにある、もう一つの儀式を試すしかない。君の記憶を解放し、霊の影響を消し去るために。」


祐介はノートの最後のページに記された儀式の手順を示した。それは、霊媒の力を最大限に引き出し、過去の記憶を取り戻すためのものであったが、同時に霊的な危険を伴うものでもあった。


「もしこの儀式が成功すれば、君は記憶を取り戻し、母親が封じ込めた霊の真実に辿り着けるだろう。でも、それには大きなリスクが伴う。」


瑠璃はそのリスクを理解しながらも、迷わず決意を固めた。


「私は…やります。お母さんが私に遺してくれたものを、私は受け入れる。そして、彩音ちゃんを救うために、全ての真実を知りたい。」


祐介は瑠璃の決意を感じ取り、深く頷いた。


「分かった。君を全力でサポートする。君が母親の遺した影を乗り越え、真実に辿り着けるように。」


二人は儀式の準備を始めた。祐介が用意した霊的な道具や、翡翠が遺した記述に基づいて、儀式を行うための陣を組み上げていった。瑠璃は母のノートを手に取り、自らの覚悟を再確認した。


「お母さん…私、もう逃げない。」


瑠璃は心の中で母に誓いを立て、儀式の中心に立った。祐介が静かに儀式を進行し、彼女を導いていく。


「君の記憶を解放するための儀式だ。恐れずに、全てを受け入れて。」


瑠璃は目を閉じ、心を落ち着けた。祐介の声が徐々に遠のき、彼女の意識は過去へと引き戻されていく。暗闇の中で、幼い頃の記憶が次々と蘇り始めた。


突然、彼女の前にかつての母の姿が現れた。翡翠は幼い瑠璃に優しく微笑みかけ、手を差し伸べていた。その手には、今瑠璃が握っているペンダントがあった。


「お母さん…」


瑠璃は翡翠の手を取ろうとしたが、その瞬間、強烈な閃光が彼女の意識を包み込んだ。目を開けると、彼女はかつての自分の部屋に立っていた。そこには、かつて母が戦った霊が再び現れていた。


「これが…私の記憶…」


瑠璃は恐怖に震えながらも、その霊に立ち向かう覚悟を決めた。母親の遺した力を使い、彼女は霊と対峙する。


「私はもう逃げない…!」


瑠璃は叫び、霊に向かって力を解放した。その瞬間、彼女の記憶が全て解放され、過去の真実が彼女の中に流れ込んできた。


---


儀式が終わり、瑠璃は静かに目を開けた。祐介が心配そうに彼女を見つめていたが、瑠璃は微笑みを浮かべた。


「記憶を取り戻しました。お母さんが私を守るために封印した記憶…そして、霊の正体も。」


祐介は安堵の表情を浮かべ、瑠璃の肩に手を置いた。


「君はよく頑張った。これで彩音ちゃんを救うための最後の手がかりが揃った。」


瑠璃は頷き、母親の遺したペンダントをしっかりと握りしめた。彼女は母の力を受け継ぎ、彩音を救うための戦いに臨む覚悟を新たにしていた。


「次は、彩音ちゃんを取り戻しに行きましょう。」


二人は研究所を後にし、彩音を救うための最終決戦へと向かうことになった。瑠璃の中には、母親の遺した影を乗り越えた強い意志が宿っていた。そして、その意志が彼女を彩音の元へと導いていくのだった。

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