第5話 謎のメッセージ

冷たい雨が窓ガラスを叩きつける午後、瑠璃は教室の隅で一人、彩音の日記を何度も読み返していた。彼女の心には、母から受け継いだ力と、それを使いこなすための覚悟が確かに存在していたが、まだ何かが足りないと感じていた。彩音を取り巻く「黒い影」の正体を突き止めなければならない。しかし、その手がかりは、日記の断片的な記述からは見えてこない。


「どうすればいいの…?」


瑠璃は日記を閉じ、深いため息をついた。彼女の心の中には焦りが募るばかりだった。彩音がどこかで苦しんでいることは確信していたが、その居場所を突き止める術が見つからない。母親のように霊媒の力を完全に使いこなすには、まだ時間が必要なのだろうか。そんな思いが彼女の中に渦巻いていた。


その時、不意に教室のドアが開き、瑠璃は顔を上げた。入ってきたのは、彼女のクラスメイトである田中美咲だった。彼女は少し気まずそうにしながらも、瑠璃に近づいてきた。


「瑠璃ちゃん、ちょっといいかな?」


瑠璃は頷き、美咲の方を向いた。美咲は何かを隠すように手に持っている紙をちらりと見せた。


「これ…あの、誰からか分からないんだけど、私のロッカーに入ってたの。君に渡してほしいって…」


美咲は戸惑いながらも、その紙を瑠璃に手渡した。瑠璃は受け取り、慎重にそれを開いた。中には、たった一行の言葉が記されていた。


「真実を知りたければ、旧校舎の地下へ来い」


瑠璃の心臓が一瞬止まったかのように感じた。旧校舎の地下――そこは、かつて母がある事件の際に訪れた場所でもあると聞かされていたが、瑠璃自身はまだ足を踏み入れたことがなかった。


「旧校舎の地下…?」


瑠璃は美咲に感謝の言葉を伝え、すぐに行動を起こすことを決意した。美咲は心配そうに見つめていたが、瑠璃は毅然とした表情で言った。


「ありがとう、美咲ちゃん。私、行かなきゃならないの。」


美咲はその決意を感じ取り、静かに頷いた。


「気をつけて、瑠璃ちゃん。」


瑠璃は小さく微笑み、教室を後にした。彼女の足取りは決然としており、迷いはなかった。学校の廊下を抜け、彼女は冷たい雨が降りしきる中、旧校舎へと向かった。


旧校舎は、今ではほとんど使われていない建物で、生徒たちの間では不気味な噂が絶えない場所だった。瑠璃がその建物の前に立った時、彼女は改めてその重苦しい雰囲気を感じた。古びた扉を押し開けると、中は暗く、冷たい空気が満ちていた。


「ここに…真実があるっていうの?」


瑠璃は自問しながら、慎重に足を進めた。古い床板が軋む音が静かな廊下に響き渡る。彼女は母から教えられた霊媒の力を研ぎ澄ませ、何か異常を感じ取ろうとした。しかし、周囲はただの静寂に包まれているだけだった。


彼女が地下への階段を見つけたのは、廊下の奥にある古い扉を開けた時だった。そこには薄暗い階段があり、地下へと続いていた。瑠璃は息を整え、慎重にその階段を下り始めた。


地下はさらに暗く、冷たい湿気が肌にまとわりついてくる。瑠璃は階段を一段一段、慎重に降りていきながら、心の中で母の名前を呼んだ。翡翠がここで何を見たのか、何を感じたのか――それを理解しようと努めた。


階段を降り切った時、瑠璃の目の前には古びた鉄の扉があった。扉には錆びついた鍵が掛かっていたが、それは今にも外れそうなほど脆くなっていた。瑠璃は慎重にその扉を押し開け、中へと足を踏み入れた。


「誰か…いるの?」


瑠璃の声が暗い部屋に響いた。しかし、返事はなかった。ただ、薄暗い部屋の奥から、かすかに冷たい風が吹き込んできた。彼女はその風を感じ取り、部屋の中央に向かって進んだ。そこには何もないかのように見えたが、彼女の霊媒としての感覚が何か異常を感じ取っていた。


「ここに何かが…いる。」


その瞬間、不意に背後で音がした。瑠璃は反射的に振り返ったが、そこには誰もいなかった。しかし、足元には何かが転がっているのに気づいた。彼女は慎重にそれを拾い上げた。それは、古びたペンダントだった。


「これは…」


ペンダントには古い傷があり、長い年月を経てここにたどり着いたような雰囲気を持っていた。瑠璃はそのペンダントを手に取り、しっかりと握りしめた。その瞬間、彼女の頭の中に強烈な閃光が走った。


「助けて…」


瑠璃はその声を耳にし、目の前に暗い影が広がるのを見た。影は徐々に形を成し、彼女の目の前に立ち現れた。それは、まさに「黒い影」だった。


「彩音ちゃん…!」


瑠璃は叫びそうになったが、その声は闇にかき消された。黒い影は静かに動き出し、彼女に何かを伝えようとしているかのように手を伸ばしてきた。瑠璃はその手を受け止めようとしたが、その瞬間、影は再び霧のように消え去った。


「待って…!」


瑠璃は手を伸ばしたが、空を掴むだけだった。彼女は息を整え、深呼吸をした。何かが彼女に警告を与えようとしている。それが何であれ、彼女はそのメッセージを理解しなければならないと感じた。


「このペンダントが…鍵なの?」


瑠璃はペンダントを握りしめ、再び霊媒の力を使ってその本質を見極めようとした。ペンダントには強い霊的な力が宿っており、それが彩音の失踪と何らかの関係があることを直感的に感じた。


その時、不意に背後で扉が開く音がした。瑠璃は振り返り、そこに立っている人物を見て息を呑んだ。それは、桐山祐介だった。


「瑠璃、大丈夫か?」


祐介は瑠璃の表情を見て、すぐに状況を察した。彼は静かに部屋に入り、瑠璃の肩に手を置いた。


「祐介さん…」


瑠璃はその存在に安堵を覚えたが、同時に心の中に湧き上がる疑念も感じた。なぜ祐介がここにいるのか、どうして彼はこのタイミングで現れたのか。


「君がここに来ると思ったんだ。何かを掴んだみたいだね。」


祐介はペンダントに目を向け、その表情を引き締めた。


「このペンダントが…彩音ちゃんの失踪に関係しているかもしれない。でも、まだ分からないことが多すぎる。」


瑠璃は祐介にペンダントを見せ、その感覚を共有しようとした。祐介は慎重にそれを受け取り、霊的な感覚を感じ取ろうとした。


「これは…かなり古いものだ。何かを封じ込めているか、あるいは何かを引き寄せているのかもしれない。」


祐介の言葉に、瑠璃は自分の考えが間違っていなかったことを確認した。彩音を救うための手がかりは、このペンダントにある。彼女はその事実を確信し、祐介と共にさらなる調査を行うことを決意した。


「行こう、祐介さん。次の手がかりを見つけなきゃ。」


瑠璃は決然とした表情で立ち上がり、祐介と共に旧校舎を後にした。彼女の中には、霊媒探偵としての強い覚悟が宿っていた。彩音を救うための戦いは、今始まったばかりだった。

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