間抜けだったかな勘違い

「マチカフェ、行きたかったな」


 わざと声を出してみた。


 一昨日おとといは木曜日だったけど、マチカフェには行かなかった。


 片づけとかあって、時間的には二海ふたみさんのバイト時間内には行けたけど、なんか、会うのが恥ずかしかったし。


 それに、文化祭の夜に来た真希乃まきのからのメッセージ、あれを見て、行かなくて本当に良かったと思っている。あれ? さっき言ったのと逆のことを考えている。変なの。


 昨日は文化祭の続きで、身体を動かすイベントだった。


 あたしはリレー担当だったけど、腕を振ると左手首が痛むので、他の生徒に代わってもらった。全体競技もパス、終始、応援に徹した。


 そして今日は土曜日、今は自分の部屋。あまり色は無くて割とシンプル。気分は最悪。昨日も最悪だったけど、大声で応援していたから気がまぎれた。


 でも、今日は違う。ひとり。


「よし、旅に出よう」


 また、声に出してみた。


 服を着替え、大きな駅に向かうため、最初の電車に乗った。いつもの通学と同じ。


 続いて、やはり通学と同じ、次の電車に乗るために駅構内を歩いた。そして、ここからがいつもと違う。小さな駅で乗り放題切符を購入した。


 東京ならきっと山手線とかでひたすらぐるぐる回れるんだろうけど、あたしの街にある電車は、ただ隣の街と往復するだけ。片道、三十五分の旅。


 電車に乗っていると、途中、あたしが通っている高校が見える。


 隣街と言いつつ、電車で行くのは初めて。終着駅に着くと、車掌さんに乗り放題切符を見せ、また戻る電車に乗り込んだ。そして時々トイレ。


 そんなことを何度か繰り返しているうちに、おもしろいことに気が付いた。


 午前中に見た車掌さんが運転をしていた。そういえば、今の車掌さんは運転していた人。


 ペアで交代制なんだ。これは知らなかった。新しい発見。


 そして夕方になり、大きな駅で電車を乗り換えて自宅に近い駅で降りた。ここから自宅まで、徒歩五分。家の前にある公園でブランコに乗った。久しぶり。


 ああ、なんだかコミックとかラノベっぽい。物語ならきっとここで、二海ふたみさんが現れるんだろうな。でも、二海ふたみさんがここに来るわけがない。だって、あたしの家を知らないもの。


 結局、気分は何も変わらなかった。二海ふたみさんと話をしたら、ちょっとは気持ちも晴れるのかな? 当たり障りのない他愛もない話とか。


 考えてみれば、二海ふたみさんの連絡先を知らない。真希乃まきのなら知っているかも。


 でも、真希乃まきのに連絡する勇気はない。そもそも、真希乃まきのに連絡するためには、あのメッセージを読まなくてはいけない。


「ふう」


 自然とため息が出た。


 ううん、きっと二海ふたみさんの連絡先を知っていたとしても、怖くて連絡できない。


 目の前の家に帰ろうと思い、公園から道路に出たら、何もないところでつまづいた。二海ふたみさんとの会話を思い出しながら、足だけは元気に動かしてみた。


 気が付くと玄関の前に到着……というほどの距離でもないけど。


「ただいま」

「あ、楼珠ろうず、おかえり」


 お母さんの声だ。


「今日、真希乃まきのちゃんが来たわよ。メッセージしたけど既読にならないって心配していたわ」

「そう」

「なんか、朝から元気なさそうだけど、大丈夫?」

「うん」


「そうそう、真希乃まきのちゃん、これ置いて行ったわよ」


 お母さんがテーブルから手に取ったものを見ると、御朱印ごしゅいんだった。そうだ、真希乃まきの、あたしの分も書いてもらったって言っていた。


「これ、どこの御朱印ごしゅいんかしら。左上にハンコが押してある御朱印ごしゅいんなんて珍しいわ」


 お母さんは、日本の文化に興味があってフランスから来たから、こういうことには詳しい。ただ、崩れた漢字はほぼ読めない。


「『草創千三百年』って書いてあるよ」

「そう」


 お母さんはスマホを取り出すと、何やら検索しているようだ。


「これ、清水寺きよみずでら御朱印ごしゅいんよ。今年だけ押してもらえる特別なハンコみたい」

「そうなんだ」


 え? 清水寺?


 あたしは、真希乃まきのとの会話を思い出した。確か、旧姓と同じお寺の御朱印ごしゅいんだって言っていた。


 清水寺、旧姓、清水きよみず清水きよみず二海ふたみ……。


 もしかしたら、真希乃まきの二海ふたみさんって、離れ離れになった兄妹とか親戚か何か?


 スマホを取り出し、恐る恐る真希乃まきのからのメッセージを開いた。メッセージは三つ入っていた。


 一番新しいメッセージは、「今日、家に寄ってもいい?」


 ひとつ前のメッセージは、「明日、家に寄ってもいい?」


 そして、問題のメッセージは、「楼珠ろうず、今日の演奏、すごく良かったよ。それからね、フタミンのことなんだけど、私の友だちが言ったことさ、ちょっと勘違いがあって、お父さんかた従兄いとこだからね。気にしなくて大丈夫だよ」


 そっか、そうだったんだ。きっと、あの後、真希乃まきのの友だちが何か言って、気をつかってメッセージをくれたんだ。


 真希乃まきの二海ふたみさんが親戚だからといって、あたしと二海ふたみさんとの距離が近くなるわけじゃないけど、なんだかホッとした。


 あたしは、すぐに真希乃まきのへ返信をした。「心配かけてごめんね。御朱印ごしゅいん、ありがと」


 すぐにスタンプが返ってきた。


 そのままスマホの画面を眺めていると、またメッセージが届いた。「阿井あい高校の文化祭より楽しかったよ」


 そうだ。真希乃まきのの高校は、「ローマ字で書くと日本一短い名前」、そばにある駅名も同じだった。あたしの三浦高校にも、なにかあったらおもしろいのにな。今度、調べてみよう。


 そして、もうひとつ、メッセージが入っていることに気が付いた。弥生やよいから。「私、少しだけど読唇術できるんだよ。応援してる」


 あれ? 意味がわからない。読唇術って、確か、唇の動きだけで言葉を読み取るやつ。


 そういえば、今日、ろうあ者イベントのボランティアって言ってたっけ。


 とりあえず、「すごいね」とだけ返事を書いて送信しようとしたとき、文化祭の日、弥生がニヤニヤと笑っていたことを思い出した。


 あれは、二海ふたみさんがあたしにギターを持たせてくれた時のこと。そして、その前、あたしは泣いていた。


 あの時は胸の中がいっぱいいっぱいな感じだったから、そのままスルーしちゃっていたけど、少しずつ、ドキドキした感覚や、演奏をあきらめて胸が締められた感覚を思い出してきた。


 そうか、演奏後、奈々音と葉寧の背中を押して、早々に立ち去ったのは、気をつかってくれたんだ。まあ、勘違いはおおいにあるけど。


 でも、あの時、あたし、弥生になんて答えたんだろう?


 時間の経過とは逆順に記憶が戻ってくる。確か、「本当にただのお客さんなの?」って訊かれた気がする。


 あ、なんか、恥ずかしい。どんな気持ちで唇を動かしたのか思い出した。でも、具体的な言葉が思い出せない。


 泣きながらでも、弥生が読み取れるぐらいに唇を動かしたんだ。言葉はどうでもいい。気持ちだけは思い出した。


「決めた」


 あたしはわざと声を出した。今度の火曜日、絶対に二海ふたみさんと連絡先を交換する。連絡先ぐらいなら、絶対に交換してくれる。


 そう決めたら、お腹が減ってきた。そういえば、お昼、食べてなかった。


 まずは夕食を食べよう。


 あたしはメッセージを書き直した。「うん、がんばる」


 弥生やよい、これがあたしの答えだよ。だから応援してね。困ったときは助けてね。


 そして、送信ボタンをタップした。部屋を出ようとしたら、すぐに返事が返ってきた。弥生やよいからだ。


 通知画面だけでもわかる短いメッセージ、そこには、思い出せなかった言葉が五文字のカタカナで表示されていた。漢字なら三文字なのに、弥生やよい、狙ったな、もう。


 なんだか胸の中がくすぐったい。あたしの心の中に深く根付いていた「ダメかも」が、「なんとかなるかも」という言葉で上書きされていくのを感じた。




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なろう

あとがき

数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。


この物語は本話で完結です。ネタはまだないのですが、世界観、キャラは作りこんでありますので、この先、時間が戻ったり、少し先に進んだ物語を投稿するかもしれません。


ちなみに、山手線は一周していません。一部、東北線と東海道線がつながっており、それで一周できるようになっています。



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金髪女子高生とギターと④最高の文化祭 綿串天兵 @wtksis

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