まさかの逆転劇で大感激
ここは駅前の花壇コーナー、通路から少し離れているから今は二人っきり。薄暗い中、初めてモジモジしている
なんだかワクワクしてきちゃった。
「やっぱり、脚フェチの方に喜んでもらうなら、なるべく足が長く見えたほうがいいと思うんです」
「ま、まあ、それはそうだけど」
あたしは
「スパッツを履いているから大丈夫です」
「そういう問題じゃなくて……」
「ポーズはどうしたらいいですか?」
なんと! 今、この会話の主導権はあたしにある。信じられない。女王様にでもなった気分。あ、まだ結婚していないから、王女様かな。
「あ、そうだ、その前に、髪の毛を縛って上にあげないと。金髪が写り込むとまずい」
「え、あ、はい」
「あいつらのことだから、ネットに上げないと思うけど、一応ね」
あたしはバッグの中を探った。あ、しまった。
「すいません、今日、髪ゴム、持っていません」
「大丈夫、俺のがあるから」
「え? じゃ、じゃあ、縛ってもらっていいですか?」
あたしって、もしかして大胆? 大胆すぎ?
それより、
「い、いいよ」
まず、髪の先の方からほぐすように指を通し、だんだんと上に上がってくる。
そして、指を通す速さが絶妙。ややゆっくりで、指が肩や背中に触れるだけで、もっと触って欲しいと思ってしまう。
最後に、頭皮を軽くひっかくような指先が、もう、なんと表現していいのか。この街一番の進学校である三浦高校の学力をもってしても、
「できたよ」
「はい」
後頭部を触ってみると、あたしの長い髪の毛は高めのポニーテールぐらいの位置で縛られていて、垂れ下がらないように髪ゴムの最後のひと巻きは、髪の毛が途中まで通してあった。
なんでこんなことができるんだろう?あたしの頭の中は、うれしさとハテナマークでいっぱい。
「
「姉がいる。もう結婚して子どもがいるけど」
きっと、お姉さんのお子さんなのかな。
「じゃあ、ポーズ、えっと、まっすぐ立って、片足を少し前に出してみて」
「はい」
あ、これ、「モデル立ち」ってやつだ。
「ズームなしで撮るね。その方がさらに綺麗に映るから」
「はい」
なるほど、そうなのか。
「本当はもっと低い位置から撮ると、もっと足が長く見えるんだけど、ここじゃむずかしいかな」
「あそこどうですか?」
あたしは、花壇を指差した。一部の花壇の周りは、太い木の角柱で覆われている。その中でも、二段になっている花壇だ。
「危なくない?」
「大丈夫ですよ」
あたしは、花壇を囲う角柱の上に立ち、同じポーズを取ってみた。後ろに、何かオブジェクトらしきものがあって、身体を支えるのにちょうどいい。
「じゃあ、手早く撮影しちゃうね」
――カシャ、カシャ
「うん、いい感じ。ちょっと見てくれるかな」
「はい」
「あ、
「この中でどれが一番いい?気に入らないのは削除しちゃっていいから」
「あの、ひとつお願いがあるんですけど」
「何かな?」
「このまま、一緒に写真を撮ってもらっていいですか?」
「あ、ああ、お安い御用だよ。でも、その前に髪をほどこうか」
「はい」
せっかく
あたしは、自分で髪を解き、手で髪型を整えた。
そして、バッグから自分のスマホを取り出し、カメラを起動してから
「シャッターはお願いします。あ、スマホは縦で」
縦の方が密着できるから。あたしって頭いい。あたしは、少しだけかがみ、撮影を待った。
「うん。じゃあ、三、二、一」
――カシャ
「綺麗に撮れているかな、あ、いい感じです。ありがとうございます」
あたしは花壇から降りた。
「あの、髪ゴム、もらっちゃっていいですか?」
「いいけど、それ、百均のやつだよ」
「それでもいいです」
「うん、じゃあ、あげるよ」
「スカート戻しますね。あ、
「……」
「聞こえません」
「
「もっと大きな声で言ってください」
「似合うよ」
ストレートすぎる。いやだ、もしかしたら、今、抱き合っているように見えるかもしれない。誰かに写真、撮って欲しい。できたら拡散して欲しい。
「あ、あの、ありがとうございます」
大丈夫、落ち着いて、落ち着け、あたし。
「あと、申込用紙に、『ダンサー五人』って書いておいてくれる?『観客側から入場』って」
「どういうことですか?」
「当日、盛り上げ役でステージに乱入するから」
頭の中にハテナマークがたくさん並んでいたけど、
「あと、本番直前までは、帽子で髪の毛を隠しておいて。最初から見つかるとステージが混乱する可能性があるから」
うーん、あたしの髪は長い。しかも、ちょっと多め。普通のキャップじゃ収まりきらない。
「持っている帽子じゃ無理そうです」
「そう、じゃ、俺のを貸してあげるよ。ワークキャップなら普通の帽子より髪の毛がたくさん入るから」
そういいながら
風が吹いた。そして……薄暗くて黒色にしか見えないけど、長い髪がハラハラっと風でたなびいた。
「
そう、
「え? ああ、そう」
どう見ても、三十センチ以上はある。
「お店だと目立つから。ワークキャップの中に入れているんだ」
「どうして伸ばしているんですか? すごくかっこいいです」
いや、たぶん、髪の毛が短かったとしても、あたしは「かっこいい」って言うと思う。
「実は散髪に行く金が無くて。前髪は自分で切れるけど、後ろは難しいから」
「そうなんですか」
「この帽子、後ろをひっぱるときつくできるから、それで調整して」
「ありがとうございます」
今日はうれしいことだらけ。今年のラッキーをすべて使い切って、年末まで悪いことしか起きないんじゃないかな。
「ところで
「どうしたの?」
「あたし、もうすぐ夏休みですけど、
少しの間が空いた。
「ああ、いる。他のバイトもあるから、帰省しない……安いフリー切符で日帰り帰省するぐらいかな」
「わかりました。じゃあ、またマチカフェに行きますね」
「うん、じゃあ、気を付けて」
「はい、おやすみなさい」
♪ ♪ ♪
十五時、天気は微妙。駅横広場には特設ステージが設置され、横に設置された簡易テントから見ると、モニタスピーカーもちゃんと置いてあり、ケーブル類はテープで地面に貼り付けてあった。
特設ステージと言っても、一段上がっているわけではなく、単に石畳で舗装された地面にテープが貼ってあり、それで仕切っているだけ。
あたしたちは一番最後、他のバンドを横から見ながら順番を待っていた。おかしい、どんどん観客が増えてきている。
観客の中には、
スマホを取り出し、スイッターで検索してみた。検索キーワードは「
でも、大丈夫。今は
バンド転換が始まり、あたしたちのセッティングが終わると、葉寧はPAの方に向かって手を挙げた。
あたしはワークキャップを取った。
はらりと、耳を長い髪が撫でていく。両手で髪を背中の方に流した。
「あ、あの女。スイッターで流れていたとおりだ。写真、撮ろうぜ」
そんな声がちらほら聞こえ始め、何人かがスマホを取り出した。
その時、観客の中から何人かの男性が腰をかがめて特設ステージの方へ歩いてきた。みんな、マスクをしている。夏なのにインフルエンザが流行しているから、不信感はない。
「ねえ、
「うん、ダンサー五人」
大丈夫、
「え?」
思わず声が出てしまった。男性五人は、あたしの目の前でしゃがむと、土下座を始めたのだ。それも何度も。
「「女王様」」
確かにそう言った。土下座したときに背中が見えた。
――
黒地のTシャツに、大きく白い文字で「
――カシャ、パシャ、シャキ
何種類ものスマホのシャッター音が聞こえる。
「あの子、いじめ主犯とかじゃなくて、本当に女王様なんじゃない?」
「高校生だから王女様よ、さすがに結婚はしていないでしょ」
「すごいね、私もあんな風にされてみたいわ」
「よく見ると、美人だし、性格もよさそう」
「ファンクラブとかあるのかな」
「俺も仕えてみたい」
予想の斜め上、さらにその上をいく
「あの、そ、そのぐらいで……」
――ポツッ、ポツッ
あたしはギターを見た。雨だ、少しだけど、雨が降り始めている。どうしよう?パパのギターが濡れると困るな。
「天候不良のため、イベントはこれで中止します」
PA担当の人がマイクで話をした。あたしたちは急いで特設ステージ横のテントに入った。
特設ステージの方を見ると、
その夜、スイッターでまた拡散されていた。ただ、ほとんどのスイートは、あたしをうらやましがったり、尊敬するようなメッセージが添えられていた。
あたしは、「
あれ?これなんだろう……あたしは虫眼鏡のようなアイコンをタップしてみた。あ、これ、トレンドキーワードなんだ。
「
内心、ほっとしたけど、そうか、「王女様」、うーん、これからどう振舞ったらいいものか。
とにかく、平川くんと
あとは、あたしの中に、久しぶりに芽生えてしまったこの感情……王女様……じゃなくて、もっと淡くて清いもの、これ、どうしたらいいのかな。
あたしは、スマホを机の上に置いた。
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あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
スカートの短い女子生徒は、腰でクルクルっと巻いている訳ですが、もっとスカートの女子生徒さんはどうされているんでしょうか。
ちゃんと、切って短くしているのかも。
結局、演奏できなかったヒロインたちですが、まあ、外でのイベントではたまにある話です。
おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。
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それではまた!
金髪女子高生とギターと③最悪の大炎上 綿串天兵 @wtksis
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