撮影のためにスカートを

 スーパーのイートインコーナーで、平川くんは葉寧はねいごしに、あたしの顔をじっと見た。さすが、葉寧はねいが好きになっただけあって、綺麗な顔をしている。


「スイートって、画像をコピーできますよね」

「ええ、そうね」

「それで新しいスイートをしている人もいるんですけど、こちらから削除申請する前になぜか自分でスイートを削除するんです」

「それは確かに不思議だわ。アカウントが削除されるのを知ってのことかしら」


「いえ、それより速いんです。しかも必ずリプライが付いています」

「どんなリプライなの? 脅しなら、それは犯罪よ」


「『あなたは○○県○○市からスイートしましたね。すべてお見通しです』というリプライです」

「あてずっぽうなのかしら?」


「それはなんとも。ただ、『シーピーオーシャン』という人です」


 葉寧はねいと平川くんで盛り上がっている。あたしはスイッターをやっていないので、よくわからない。

 

 あまり見たくないけど、どんなメッセージがやり取りされているのかはやっぱり気になる。平川くんに教えてもらいながら、あたしもこれを機にスイッターをスマホに入れた。


 禁忌の姫、「金鬼姫きんきひめ」、なかなかのセンスの持ち主。誰だろう? あたし、ノース先生のおかげで、かなり耐性が付いたような気がする。

 メッセージを読んでも、心の痛みより、笑っているであろう犯人を懲らしめたいという気持ちの方が強い。


 葉寧はねいの話によれば、それからは平川くん対複数のイタチごっこになっている模様。

 

 スイッター上であれこれ叩かれていることは、あまり気にならない。でも、やっぱり、リアルに視線が痛かったり、「金鬼姫きんきひめ」という言葉が聞こえてきたりすると、胃がキリキリする。


 幸いなのが、パパ、ママがこのことを知らないこと。親には心配をかけたくない。でも、本当は真っ先に相談すべきだよね。



  ♪  ♪  ♪



 水曜日の学校帰り、大きな駅の二階でパパ、ママと合流、そのまま階段を下りて商店街の方へ向かった。今日のライブは、『ゴースオブクレージー』というライブハウスでの演奏、アーケード街の出口付近にある。


 名前は知っていたけど、入るのは初めて。アーケード街は水曜日なのに人通りが多く、色々なお店をチラチラと見ていたらぶつかっちゃいそう。


 ライブハウスの外に何枚かのアーティストのポスターが貼ってあり、「本日禁煙」という看板もぶら下がっていた。

 お店は地下にあり、あたしたちは階段を降りると、入り口で、先週貰ったフライヤーを見せた。


 すると、男性が入り口までやってきた。あれ? 店内の人たちもこっちをジロジロ見ている。スイッターのことかな。帰れって言われちゃったらどうしよう。


 いや、違う。派手な服装からは想像できないような、優しさを感じる視線というか、暖かい眼差し。


「あ、三人も来てくださったんですか? 本当にどうもありがとうございます。じゃあ、三千円で」

「いや、ちゃんと予約のライブチャージを払うから、無理しないで」


 そう言ったのはパパだ。


「いえ、その子との約束なんで」

「君たちも学生で大変だろう? それより、パフォーマンス、楽しみにしているよ」


 結局、パパは六千円支払い、あたしたちはそれぞれドリンクを受け取った。


 狭くて薄暗い店内には、お客さんは二十人ほど……いや、服装を見た感じ、五人は演者さんだ。普段は禁煙可能なのか、ちょっとタバコのにおいがする。


 メンバー五人がステージに上がり、演奏が始まった。オーバーアクションでイミヘンの真似をするのが面白おかしい。たぶん、イミヘン役の人、実はギターを弾いていない。


 演奏の方も、高校生のあたしから見たら、すごい上手。


 そして、最後が圧巻。


 どうしてステージの足元に扇風機が置いてあるのかな? と、ずっと疑問に感じていたんだけど、アンコールの二曲目、最後の最後に扇風機が回り始めた。


 すると、イミヘン役のギタリストがステージでひざまずいた。そして、ギターに貼り付けられた赤いボンボンのようなヒラヒラが、扇風機の風で、まるで燃え上がるようにたなびいた。


 パパは大笑いしながら大きな拍手をした。


 ライブは九時頃には終わり、メンバー、お客さん含めて、全員で写真撮影をしてお開きとなった。


 ああ、楽しかった。あたしたちも、あんなライブができたらいいな。上機嫌なパパとママ、三人で来てよかった。



  ♪  ♪  ♪



 期末試験も終わり、久しぶりにアップル楽器でバンド練習をした。


 ここまでで起きた出来事と言えば、例の写真のことで先生で呼び出された。学校関係者も知っていたみたいだし、匿名の電話も何回かあったみたい。


 相手の生徒の名前を訊かれたけど、名前を知らないので、正直に「知りません」と答えておいた。穂美ほのみに訊けばわかるんだろうけど。


 危険だから夏休みはなるべく外出しないようにと言われ、へこんだ。


 スイッターの方は、葉寧はねいの話だと、期末試験の前ぐらいからスイートが止まり、今ではもう、新しくスイートしているアカウントはないとのこと。


 でも、他の人からの視線が痛いし、通学の時も盗撮されている。さすがにその写真はスイートされていないけど、何かレポーター気分なのかもしれない。


 あまりにもお腹が痛いので、病院に連れて行ってもらったら、十二指腸潰瘍と診断され、毎食後、薬を飲んでいる。


 おかげで、期末試験のデキも最悪。


 ギターアンプから流れるあたしの演奏は、なんだかやけ気味の音に聞こえる。いいんだ。ディストーション、かけまくろう。


楼珠ろうず、少しはストレス発散になった?」

「ううん、全然」


 みんなと話しながらスタジオから出ると、店長さんから話があり、無事、アコースティックライブに出演できることを伝えられた。


 喜んでいる三人の横で、あたしはギターケースのベルトを握りしめた。


「ね、葉寧はねい、今度のライブ、変なお客さんが集まってきちゃうと困るから、あたし、出ないことにしようと思うんだ。みんなもそれでいい?」


「ダメよ。四人でこのバンドなんだから」

「そうそう」

所詮しょせん、ネットで叩くような連中は、リアル世界では手を出す勇気がないって聞いたよ」


 葉寧はねいが力強く言った。他の二人も一緒にうなずいている。実質リーダーの奈々音ななねが口を開いた。


「じゃあ、こうしよう。私たちが友だちを誘う時は、楼珠ろうずは出演しないことにする。楼珠ろうずは自分の判断で」

「そう、うん、わかった」


 バンド練習が終わり、あたしはいつものように大通り図書館に向かった。そういえば、大通り図書館の手前も工事をしている。大きなビルが建つのかな。


 エスカレーターでテラスに上がり、大通り公園を見ると円周状の通路で接続する感じ。薄暗くなった空に、白と赤色に塗られた背の高いクレーンが映える。

 あのクレーンって、前より高いところに設置されているけど、どうやって移動してるんだろう?


 二つの自動ドアをくぐると、マチカフェには清水きよみずさんがいた。毎回のことだけど、図書館の中を見渡してみても、みんな本を読んでいるためか、あたしに気が付く様子は無い。


「いらっしゃいませ」

「あ、ミルクヴィエンナください」

「はい」


 今日、注文を取ってくれた人は女性スタッフだった。あたしは支払いを終えると、番号札を受け取って出来上がるのを待った。


朱巳あけみさん、お待たせしました」


 あ、清水きよみずさんの声だ。一気にテンションが上がる。


「今日も帰り、いいですか?」


 清水きよみずさんは、うなずいた。


 閉店後、清水きよみずさんと一緒に駅に向かって歩きながら、アコースティックライブへの出演が決まったことと、演奏時間の話をした。


「あとはスイッターの件だね」

「あ、あの、知っていたんですか?」

「まあ」


 清水きよみずさん、知っていたんだ。今まで、ずっと言わなかった。


「あたし、出演やめようか悩んでいるんです。みんなはいいって言ってくれているんですけど」

「うん、危険はないと思う。交番も近くにあるし」


「はい」


 あ、もう、お別れの場所だ。あたしたちは、乗る電車もホームの場所も違う。


「でも、これはチャンスかも……」


 清水きよみずさんは立ち止まると、右手をあごに当てた。これは、何かを考えている時のクセ。あたしは、次の言葉を待った。


「なんとかなるかも。朱巳さん、来週もマチカフェ、来る?」

「はい、行きます」

「じゃあ、その時、話すね」

「わかりました。それでは、ここで」


 ――なんとかなる。


 よし、信じる。穂美ほのみは誘っておこう。


 電車の中でスマホを取り出して連絡先を眺めていたら、中学生の時に、女子で唯一、友だちだった子の名前が出てきた。今でも、一ヶ月に一回は一緒にカラオケへ行っている。


 真希乃まきの――にメッセージを送ったら、すぐに「ごめん。文化祭は行くからね」と返ってきた。まあ、夏休みだし、家族旅行とか、彼氏と……いや、真希乃まきのに限って、ううん、真希乃まきの、もしかしたら……うーん。



 ♪  ♪  ♪



 翌週の火曜日、あたしは学校が終わるとそのまま大通り図書館に行った。今日はメンバーの都合が付かず、バンド練習は無し。


 七時頃、三階からマチカフェをのぞくと、清水きよみずさんがいる。うん、予定通り。


 八時十五分を待って二階のテラスに出ると、大通り公園の照明を眺めながら清水きよみずさんを待った。なんかドキドキする。


「お待たせ」


 あ、清水きよみずさんだ。


「あの――」

「いいアイデアがある。じゃ、行こうか」

「はい」


 エスカレーターにはいつものように清水きよみずさんが先に乗ってくれた。こうすると高さ的に話しやすい。でも、清水きよみずさんは、あたしのことを見ようとせず、視線をそらしている。


 歩道を歩き始めても、時折、あたしを見て口をパクパクさせるんだけど、何も言わない。なんていうか、清水きよみずさん、緊張している気がする。


 駅のエスカレーターを登りきったところで、ようやく清水きよみずさんが話し始めた。


「あの、さ」

「は、はい」

「ライブなんだけど、応援を頼もうと思うんだ」

「はい」


朱巳あけみさんも知っているやつら。『| 意味変いみへん《いみへん》』ってバンドのメンバーなんだけど」

「あ、前にライブ、観に行きました」

「うん。俺、軽音部にも出入りしているから写真を見て」

「はい、最後にパパ、ママも一緒に……って、あっ」


 しまった、ということは、パパとママの顔も知られてしまったということ……うぅ、自慢の両親だけど、なぜかこう、顔がほてってくるよ。


「それで、あいつら、実は脚フェチでさ……」

「脚フェチ?」

「脚が好きな人たちのこと」

「それはわかりますけど」


「できたら『御脚みあしの写真』をくれないかって。あ、強制じゃないから」


 どういうことですか? そういえば、ライブハウスに入ったときの視線、あれ、アイドルを見る視線だ。


「でも、ネットにアップされたら」

「大丈夫、例の件はあいつらも知っていて、個人特定できない写真で構わないって。神棚に飾るそうだよ」


 神棚ですか。


「それから、スイッターのことは、『ロックだぜ!』って言ってた」


 ロック……うーん……いい、清水きよみずさんが言うなら。今までも助けてくれた。


「わかりました」


 わたしたちは、駅前二階にある花壇コーナーへ移動した。ここは薄暗く、人もあまり入ってこない。


「じゃ、じゃあ、あ、あの、その、えっと、ん~」

「大丈夫です。はっきり言ってください」


 清水きよみずさんになら、何をされてもいい。清水きよみずさんは、あたしの目の前で深呼吸を三回した。


「あの、さ、スカートの腰のところ、もう二巻きしてくれないかな。あ、恥ずかしかったら、ひと巻きでもいいよ」

「ちょっと待ってください」


 あたしは身体を後ろに向けると、スカートの腰の部分を二巻きして、スパッツの下の方を指で確認してみた。もうひと巻きできそうだ。


清水きよみずさん、もうひと巻きできそうですけど、どうですか?」


 振り向くと、清水きよみずさんは横を見ていた。


清水きよみずさん?」

「い、今ので充分だよ。ちょっと下から撮るんで、それくらいで」

「どうしてこっちを見なくてもわかるんですか?」

「あ、さ、さっき、見ていたから」


 清水きよみずさんってば、超かわいい。きっと、今、あたしの目には星がたくさん映っているはず。




   ----------------




あとがき

数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。


「イミ・ヘンドリクス」の元ネタ、「ジミ・ヘンドリクス」は、一九六〇年代に大活躍した神様的なギタリストでして、レフティギター(左手用ギター)ではなく、右利き用ギターをひっくり返して使っていました。


実際に、ステージでギターを燃やすシーン、動画サイトで見ることができます。


よくよく考えると、あれ、自分にも引火する可能性があり、おっかないですよね。



おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。

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それではまた!

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