場外から年下助っ人登場

 図書館にあるマチカフェの前で椅子に座って待つこと数分、あたしは番号札と交換でカップを受け取り、三階に上がった。

 相変わらず膝がちょっと痛む。ラノベが置いてあるコーナーは、階段を上がったところの反対側にある。


 周りにある机では、他校の生徒たちが勉強をしている。あたしも今年は受験、ラノベを読むんじゃなくて、宿題とかするようにしようかな。


 そんなわけで、今日は勉強をすることにし、席に座るとバッグから教科書とノートを取り出した。


 ――ピコピコピコ


 しばらくしてスマホのアラームが鳴った。大丈夫、ボリュームは下げてある。スマホって、サイレントモードにしておいてもアラームだけは絶対に音が鳴るよね。


 あたしは教科書やノートをバッグに戻すと、立ち上がり、ゆっくりと階段を下りた。そしてテラスに出て大通り広場を見下ろした。


 今日は光の模様は見えない。スポットライトのような街灯だけ。


朱巳あけみさん、お待たせ」


 振り返ると、清水きよみずさんが歩いてきた。「お待たせ」って、あの、なんかちょっと恥ずかしい。そういえば、マチカフェに行くと、いつも駅まで一緒に歩いて帰っている。


「い、いえ、全然。ちゃんと時間、見計らっていますから」

「そういえば、一昨日、お店、来なかったよね。大丈夫?」

「あ、はい、大丈夫です」


 本当は大丈夫じゃなかった。でも、ポーカーフェイスは得意だから。中学校の時からの筋金入り。清水きよみずさん、あたしの顔を見ているみたい。あたしも清水きよみずさんに合わせて見上げてしまった。


「何かあったんだね」

「え?どうして?」

「なんとなく」

「あ、でも、もう大丈夫なことですから」

「そう、ならいいんだけど」


 話題、話題、そうだ。言わなくちゃ。


「それより、あの、八月、駅横広場でアコースティックライブがあって、まだ選考結果待ちなんですけど、申し込んだんです」

「へえ、何日?」

「二六日の土曜日です」


「俺、夏休みだし行こうかな」

「本当ですか?うれしいです。ライブやってお客さんいなかったら寂しいですから」


 本当は、清水きよみずさんに演奏しているところを見てもらいたいだけ。


「アコースティックって言うことは、セミアコを使うの?」

「いえ、フォークギター使います」

「F、制覇した? あ、ぷっ、くっくっくっ……」


 清水きよみずさん、またツボにはまっている。


「今度はリードギターのフレーズを弾くので、セーハは関係ないです」

「そ、そう、くっくっくっ、うっ」


 下から見上げる清水きよみずさんの顔、よく見るとちょっとかわいいな。


「あの、清水きよみずさんって、何歳なんですか?」

「あ、今年ね、ぷっ、二十一歳。理工技大学の三回生だよ。うっ、はぁ」


 あたしより三つも上、大人だ。

 

「あたしは高三です。三浦高校です。まだ十七歳ですけど」


 ともあれ、あたしは清水きよみずさんから新しい情報をゲットした。心の中では、どこかで見たようなウサギのキャラクターがスキップしている。


「じゃあ、ここで。気をつけて帰ってね」

「はい、ちゃんと決まったら、また話しますね。おやすみなさい」

「うん、バイバイ」


 お互い、軽く手を振ると、清水きよみずさんは振り返って駅の構内へ入っていった。あたしの乗る電車は、駅の外にあるので再び歩道を歩き始めた。



  ♪  ♪  ♪



 翌日、なんだか、電車に乗っている時から周りの人がシロシロ見ている気がする。変だな。学校に着いても同じ。みんなあたしのことを見ている。


 珍し気な視線じゃない。何かこう、もっと、ヒソヒソっとした、ぞっとするような痛い視線。


 昼休み休憩時間、葉寧はねいは、お弁当をあたしの机に置くや否や、すぐにスマホを取り出してあたしに見せた。


楼珠ろうず、これ見て。スイッターで流れているんだけど」

「え? これって」

「そうよ、あの時の写真。巧妙に切り取ってあるけど、ギターケースと髪の毛、それに制服が写っているから、知っている人が見たらまるわかりよ」


 スマホに表示された写真には、あたしの口元から下、そして土下座をしている男子生徒、さらに最悪なのは、どうみても腕組をしている。


 これじゃ、まるで、あたしがいじめの主犯で、男子生徒に謝らせているみたいだ。


葉寧はねい、どうしよう」

「かなりリスイートされてる、万バズ状態」

「そんな……」

「禁忌にかけて、『金鬼姫きんきひめ』だって。ちょっと……メッセージとかリプライは読まないほうがいいと思う」


 あたしの視界は急に狭くなった。血の気が引くというか、そんな感じがするときは、いつも黒い靄が視界のフチに浮かび上がる。背中に悪寒が走る。

 落ち着いて。こういう時は、自己観察。ノース先生が言っていた。


 でも、ダメだ、気持ち悪い。


葉寧はねい、あたし、保健室に行く」

「うん、一緒に行こう」


 葉寧はねいが保険室の先生に事情を伝え、ベッドに横たわった。


「ねえ、楼珠ろうず、この写真、変だと思わない?」


 何も考えないように努力している頭で、返事を考えた。


「どうして?」


「だって、横から撮っているもの。あそこは校舎と校舎の間だから、横から撮ったとすると、近くにいたはず。でも、横には誰もいなかったし、シャッター音もしなかったし」

「そういえばそうかも」

「それにね……下の方から撮影した感じがする」


 そう言われてみればそうだ。


「ほら、見て。楼珠ろうず、背が高く見えるよ。足も長く見えてかっこいいな。そっか、下から撮ると、こういう風に見えるんだ」


 なんと悠長な。葉寧はねい、友の気持ちも考えてください。


「とりあえず、太陽に相談してみようと思う。太陽、ネットとかスマホ、詳しいから」

「うん」

楼珠ろうずは、このまま放課後まで寝てる?」

「うん」

「じゃあ、あたし、戻るね。放課後、迎えに来るから」

「うん」


 あたしは横向きにしていた身体を真上に向けた。白い天井が見える。シミがいくつかあって、あまりきれいじゃない。


 今日は図書委員の仕事もないし、いいや。



  ♪  ♪  ♪



 放課後になり、しばらくして葉寧はねいが保健室にやってきた。


楼珠ろうず、大丈夫?」

「うん、少し落ち着いた」

「じゃあ、もう少ししたら行こうか」


 あたしたちは、西門を出て横断歩道を渡った。今日はスーパーのイートインコーナー。


 平川くんは既に椅子に座っていたので、軽く会釈をし、二人で飲み物を買ってきた。


「こんにちは」

朱巳あけみさん、はは、は、葉寧はねいさん、こんにちは」

「もう、太陽、呼び捨てでいいんだから」


 彼なりに努力しているみたい。


朱巳あけみさんの写真、うちの高校でも話題になっています」

「そう。でも不思議なの。この時、私も現場にいたんだけど、横には誰もいなかったの」


 平川くんは、写真をじっと見た。


「シャッター音とかしなかったんですよね?」

「ええ、しなかったわ」


「シャッター音のしないカメラアプリもありますけど、もっと簡単な方法があります」

「どんな方法?」


「これ、たぶん、動画から切り抜いた写真です」

「どういうこと?」


朱巳あけみさんが来る前から動画撮影をスタートしておけば、ずっと撮影状態になります。それに、これ、下から撮影していますから、離れた所に置いたバッグとかの中に入れていたのではないかと」

「なるほど、すごいわ、太陽」


「とりあえず、アカウントの削除申請をしておきます」


 平川くんは、自分の学生証をテーブルの上に出した。


「そんなことできるの?」

「ええ、身分証明書を添付してメールを送るだけです」


 ――カシャ


 平川くんは自分の学生証を撮影し、何やらスマホを操作した。


「これで、早ければ明日ぐらいにはアカウントが削除されて、スイートも消えますから」

「リスイートされたのも消えるの?」

「はい、リスイート元が消えるので」


「ありがとうございます、平川くん」

「いえいえ。あと、普通に話してください。緊張しちゃうので」


 あ、平川くん、なんだかモジモジしている。かわいい。


「じゃあ、平川くん、ありがとう」

「はい。あ、でも、人の噂はなんとやらと言いますので……」

「そうよね、それは消えないものね。待つしかないから。我慢する」


 ――人の噂も七十五日


 うまく収まってくれても七十五日。やっぱり帰りの電車も視線が痛い。胃がキリキリする。きっと胃潰瘍になる人はこんな時間を味わっているに違いない。



  ♪  ♪  ♪



 今日も登校中の視線が痛い。学校もなんだか居づらい。一度、出回ってしまったものはしょうがない。


 放課後、葉寧はねいに連れられて学校近くのスーパーに行った。コンビニもいいけど、安いから助かる。平川くんは、もうイートインコーナーに座っていた。


 ペットボトルが既に三本、カウンターテーブルの上におかれている。


葉寧はねい、まさか平川くんにおごらせているんじゃ」

「違うよ。おごってくれるの。ね?」

「はい、レジに並ぶのが面倒なので、毎回、交互に」

「あたしの分はいいの?」

「僕のおごりです」

「お金、払うよ」

「大丈夫です。それより、スイッターの件、また新しいアカウントが作られて、写真、スイートされています」

「やっぱり……」


 簡単に収まるとは思っていなかったけど、これは長引きそう。胃潰瘍になるのが先か、噂が収まるのが先か。


「しかも、複数のアカウントです」

「そんな……」


「そこで、今、自宅のパソコンを使って、見つけ次第、自動的に削除申請を行っています」

「どういうこと?」


 平川くんは、スマホを取り出し、葉寧はねいとあたしに見せた。何やら画面が動いている。パソコンの画面みたい。


「リモートデスクトップと言って、自宅のパソコンを外からスマホで操作できるんです」

「いもうとデスクトップ?」

「あ、いえ、リモートデスクトップです。まあ、妹系のゲームは……」


 あたしが訊き直すと、平川くんは目を泳がせながら、ニヤっというか、ニコっていうか、何とも形容しがたい複雑な笑いを浮かべた。頬がちょっと赤らんだような気がする。


「フーグルって画像も検索できるんです。それで、例の写真をスイッターから探し出します」

「うんうん」

「見つけたらメッセージ送信をしているアカウントを特定、アカウント削除申請のメールを自動的に送ります」

「ふむふむ」


 葉寧はねいが相づちを打っている。


 あたしには、フーグルまでしかわからない。よく、お店を探したり、地図を出したりするやつ……あ、でも、お店を探すときは、エンスタの方を使うかな。


 平川くんの熱弁は続いた。


「これをRPAで定周期で実行、こっちのアカウントがバンされないよう、ウエイトも入れて――」

「太陽、なんかすごい! 全然、わからないけど」


 葉寧はねいが平川くんの説明をさえぎるように言葉を被せた。両手を合わせて平川くんを見つめていることが、後頭部だけでわかる。


 絶対に説明は葉寧はねいもわかっていない。あたしだけが取り残されているわけじゃないんだ。ちょっと肩の力が抜けるのを感じた。


「それで――」

「で、太陽、要するに?」


 葉寧はねいは、また話し始めた平川くんの言葉に、質問を被せた。平川くんは深呼吸をし、ちょっと首を傾げ、右手を頭の後ろをポリポリとかいた。


 なんとなく、反省しているように見える。


「自動的に、スイートしているアカウントと拡散しているアカウントを削除してくれるってことです」


 なるほど、それはすごい。葉寧はねいが質問を続けた。


「太陽、それ、すごいね。じゃあ、新しいアカウントが作られても、どんどん削除してくれるってこと?」

「そういうことです」


「スイートと写真も消えるってこと?」

「そうです。アカウントを削除してもらえれば、スイートも全部消えます。まあ、イタチごっこですが」


「そっか、アカウントを作っている方も大変だもんね」


 ようやく、あたしも会話に入ることができた。平川くん、すごい、マジ尊敬する。


「ちょっと気になることがあります」


 平川くんは眉間みけんにしわをよせた。周りには誰もいないけど、さっきより、声が小さくなった気がする。




   ----------------




あとがき

数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。


「スイッター」は、現在、アルファベットひと文字になったSNSです。この作品の時代設定ではまだ、つぶやきだったので、こちらの名前をひねって登場させています。


また、SNS対策も、実際にできることです。もし、嫌がらせなどを受けていたらやってみてくださいね。



おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。

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それではまた!

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