第四話
「何よなによなんなのよっ!!
自分が手を貸すから、絶対上手くいくって言ってたのに!!
どうしてこうなるのっ!? おかしいでしょう!! おかしいじゃないっ!!
わたくしはこの国の王太子に輿入れして、いずれ王妃になる人間よっ!
さっさとわたくしを解放なさいっ!! この無礼者がっ!!
ねぇ……痛いの……痛いのよ……離してくださらない?
腕が痛いわ? 床に押さえ付けられて苦しいの。
ねぇ……離して?
離しなさいっ! 無礼者っ! わたくしを誰だと思っているの?!
王族よ? 高貴な人間なのよ?! わたくしをこんな床に這いつくばらせるなんて、許されると思っているの?!
今すぐわたくしを離しなさいっ! そして自害なさいっ! それだけの事を貴方達はしているのですっ!
高貴なわたくしを跪かせたことを後悔しながら、死になさいっ!!」
公爵家の護衛に床へと押し付けられた王女サマが金切り声で叫ぶ。
言っている事は滅茶苦茶だし、激高したかと思えば、急にしおらしくなり、再び激高するという、情緒の乱高下が凄い。
……これが、アレに関わった結果だというのなら、『厄介な隣人』はその名の通りの存在なのだろう。
「……なんだ
綺麗な縦ロールだった金髪を振り乱して、ドレスが乱れるのも躊躇せず、自らを抑えつけている護衛から逃れようと、ジタバタと身体を動かす王女サマを見て、アラン様が呆れたように零した。
その声にピクリと反応した王女サマが顔を上げて、その視界にアラン様を映した。
「まぁ! まぁ! 王太子様! わたくしを助けに来てくださいましたのね?! どうぞどうぞお早くっ!
わたくしをこの無礼者たちから解放してくださいっ!」
暴れたせいでぐちゃぐちゃに乱れた髪とか、涙と汗で滅茶苦茶になったお化粧とか。
確かにこの状況だけを見れば、狼藉者に無体を働かれた『悲劇の王女』に見えないこともない。……多分。
だけど、アラン様はこうなった一部始終をご存じな訳で。
絆されるはずもなく。
……というか、アラン様を王太子様って……確かに血の繋がりはあるらしいけど……似てるか?
何度かチラッと拝見したことのある王太子殿下のお顔を思い出す。
銀髪青眼の色合いだけ見れば確かに王子様っぽいが……。
ウチの次兄と一緒になって、我が家の訓練に参加して、しかも脱落する事なくやり遂げる気力と体力と……ついでに筋力の持ち主だ。
筋肉だけ見れば、立派な……我が一族っぽい見た目で、王子様からは程遠い。不敬だけど。
そう言われると確かに女装も可能なアラン様の方が王子様っぽいかもしれない。
「狂ってるな……」
心底嫌そうにアラン様が告げ、捕縛をしていた公爵家の護衛達に手を振って合図を出す。
「こやつらをまとめて王城に連れていけ。あとは陛下と本物の王太子のアイツがどうにでも料理するだろう。
ティボー公爵家の大事な花嫁を攫ったんだ。生半可な対応は許さぬと合わせて伝えておけ」
……今なんとおっしゃいました?
「……あの? アラン様?」
「話は後。こんな辛気臭いトコとっとと出るぞ」
ぐっと腰を掴まれて、半ば強制的に歩かされる。
いや、でも、ちょっと……。
「え? ちょっとお待ちください? 誰が……なんですって?」
聞き捨てならない一言を問い詰めようとした瞬間。
「うわっ!?」
慌てたような様子の護衛の声に振り向けば、ギラギラと淀んだ碧眼を光らせて、乱れに乱れた金髪を振り乱して、立ち上がる王女サマの姿があった。
「うぁぁぁぁぁぁ!!! なによなによなによっ!! なんでそんなタヌンが王太子様の花嫁になるのよっ!!
許せないっ! 許せるわけがないわっ!! なんなのなんなのなんなのっ?!
上手くいくっていったじゃないっ!! どうしてあの女はここにいないの?! おかしいおかしいおかしい!!
全部わたくしの思い通りにならないなんてっ!! おかしいのよぉぉぉぉ!!!」
「くっ! なんだこの力はっ?!」
慌てて再捕縛しようとした護衛達が、王女サマの腕の一振りで吹き飛ばされる。
「なっ?!」
その異様な光景に、わたしを庇うように背に隠すアラン様。
……守られるなんて経験がないので、ちょっとキュンとしたのは秘密だ。
「おかしいおかしいおかしい゙ぃ!! お゙かじい゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙!!!」
え……こわぁ……。
真っ赤な唇が、耳元まで裂けたように見える。
同じくらい真っ赤な舌が、大きく裂けた口元からにょろりと覗く。
凶器かな? と思うくらい伸びて尖った爪をそういう武器のように構えて、狂気に染まった碧眼を炯々と光らせて……
アラン様に迫る王女サマ。
だからわたしは……。
「っ?! レアっ?!」
アラン様の前に出て、鋭く尖った爪を、相手の手首を掴んで止め……切れない?! なんて力なのっ!?
力で押し負けそうになって、慌てて横に流す形にすれば、勢いだけで突っ込んできていた王女サマがぐらりと前に体勢を崩す。
前のめりに倒れる勢いのまま、無防備なお腹へ向けて、膝蹴りを放つ。
「ぐげっ!」
高貴なお姫様らしからぬ呻き声をあげて、王女サマの身体がどさりと床に倒れ……壊れた操り人形のようにぴょんと立ち上がった。……その動きは既に人間の可動域を超えている。
そして、くるりとわたしを見る。
正気の失われた瞳はどこか虚ろで、だらだらと口の端から涎を垂らしながら、ぬるく口角を上げて、こちらをあざ笑う。
「……王子さ……ま? オウジ…さま? オウ……ジ……クヒャッ……」
国元では蝶よ花よと育てられ、大事にされて、もてはやされてきたのであろう彼女の、今の姿に……。
どういった経緯で彼女がアレと関わる事になったのか……。
『厄介な隣人』は本当にどうしようもなく……厄介だ。
だけど……。
チラリと王女サマの視線がわたしからズレる。
その先にいるのはもちろんアラン様で。
だからわたしは……依頼を遂行する。
例えそれが……隣国とはいえ王族殺しの汚名を被ることになろうとも。
「レアっ!!」
王女サマがアレン様に向かって駆け出す。
それを遮るように立ち塞がる。
女学院のスカートを跳ね上げて、太ももに戻しておいた短剣を抜いて……。
「ふっ」
引き裂いた。
一拍をおいて、びちゃりとわたしにぬるい液体が降りかかる。
王女サマの裂けた首元から噴き出す深紅のそれは、アレン様の瞳の色とは違ってどす黒くて……。
ぶわりと鼻を刺す血の匂いと、どさりと王女サマの身体が頽れた音が、しぃんと静まり返った部屋に響いた。
「……レアっ!!」
短剣に残っていた血液を振り落とし、太もものホルダーに戻す。
ぱさりとスカートが元の位置に戻った衣擦れの音で、止まったようになっていた部屋の時間が動き出した。
最初に動いたのはアラン様で。
わたしに駆け寄ると、パタパタと両手をわたしの身体に走らせる。
「レアっ!! 怪我は?! 怪我はないかっ?!」
「……くすぐったいです。アラン様……」
身体中に手を這わされて、くすぐったさに身を捩る。
血まみれのわたしを躊躇なく心配してくれた優しさが……今はツラい。
『厄介な隣人』が諸悪の根源だとしても、隣国の王族に手を掛けたのだ。
わたしの命だけでまかなえれば……安いものだ。どうか我が家にはお咎めがないよう……懇願しよう。そうしよう。
「ぐぅかわ……言いたいこととか聞きたいことは色々あるが、とりあえず帰るぞ」
……こうしてわたしたちは血塗られた部屋を後にした。
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