第一話

「貴女ちょっと生意気なのよっ!! ドが付く田舎のぽっと出のご令嬢のくせしてっ!!

 あの方にご迷惑をかけてる事に気づかないの!!

 大体何?! これ見よがしにあの方の瞳の色と同じ色の貴石が付いた腕輪なんかしてっ! 図々しいのよ!!」


 どうも、ごきげんよう。

 レリアーヌ・バタンテールです。現在地は女学院の校舎裏です。


 ところでもし相手に気づかれないように、周囲にバレないように、日中暗殺する時って、どこがいいと思います?

 移動中の馬車の中? 用を足してる化粧室の中? ……若しくはこういった人気のない裏庭に呼び出す?


 残念っ! どれも不正解ー。特に最後! 人気のない裏庭に呼び出すって、色々ダメー。

 そもそも呼び出したのを誰かに見られたらその時点で犯人は絞られるし、相手が裏庭に行くのを見られてもダメ。不自然過ぎる。


 だから、日中暗殺するなら人混みの中がおススメです。どさくさに紛れて手を下しやすいし、人混みに紛れて逃げやすいし……。


 なので、逆に言うと我が家みたいな護衛職を生業にしている人間は、人混み滅茶苦茶警戒します。

 だから、護衛対象がそう言った人の多いところに行きたいと言い出すと、ちょっぴりげっそりとした気分になります。

 ……表には出さないけどねっ! 人間だものっ! 仕方ない。


 で、何が言いたいかというと……。


 どこぞのご令嬢達に裏庭に呼び出されたわたしが、命の危機に関わるものではないなぁと判断して、のんびり静観してしまうのも致し方ないのですよ。


 ……だから、そんなどこぞの国にいるという恐ろしいオニもかくやといった形相で近づいてこないでくださいアン様。

 普通に怖いです。


「っ?! 聞いてるのっ!! それとも田舎令嬢は耳までドンくさいのかしらぁ!?」


 いえ、わたしドンくさくないです……。アン様の前で躓いたのは……事故ですって。

 そしてそろそろお口を塞いだほうがよろしいですよ? ご令嬢方。

 あのお方、実のところ結構な俺様ですので、自分のに手を出されるの、死ぬ程嫌いみたいなんですよねー。

 えぇ、玩具とはわたしの事ですが何か?


 ほらぁ、滅茶苦茶怒ってるー。深紅の目がなんかギラギラしているー。こわいよー。

 本人はご存じないとは言え、自分に付いてる護衛怖がらせるのやめてくださーい。


「ちょっとっ!! ちゃんと聞きなさいよっ!」


 いや、真面目に聞いていないわたしも悪いんですが、普通のご令嬢が暴力に訴えるのは止めておいた方が……。


 振り上げられた筋肉も何もついてなさそうな華奢な腕を見上げながら、どうしたもんかと思案する。

 だって、叩かれたら地味に痛いし、避けたら避けたでめんどくさそう。


 うーん。


 と、悩んでるうちに、令嬢の細腕が振り下ろされ……。


「何をしているのかしら?」

 

 細腕は、わたしの頬ぎりぎりで、大きく一度びくんと跳ねて止まった。

 おー、ご令嬢にしてはなかなかな反射神経。

 

「……ティボー様……?」

 

 ぎしぎしと軋んだ音がしそうな程の動きでわたしの前に立っていたご令嬢方が振り返る。

 そこには深紅の瞳を冷たく光らせ、美しい銀髪を風に遊ばせながら、凛と佇むアン様がいた。


「……お友達とのおしゃべりですよ、アン様」


「そうなの? そうは見えないのだけど?」


 頬の下あたりに手を当てて、こちらを見ながら首を傾げるアン様。

 いや、顔面蒼白で、ぶるぶる震えてて、今にもぶっ倒れそうなご令嬢方のお姿見えてますよね?

 ここで全員倒れられでもしたら、後処理が面倒ですよっ!


 ちなみに、女装の時のお名前は、アン・ティボー・ル・ロワ公爵令嬢様だ。

 恐れ多くもアン様とお呼びする事を許されている。

 ……だから、こういったご令嬢方に呼び出しくらうんだけどね。普通なら家名でお呼びするものだし、お名前で呼ぶ許可を出すって事は、相手を懐に入れてもいいって判断されたって事だからね。


「テ、ティボー様っ! これはっ!!」


 どうやらご令嬢の一人が正気に返ったらしい。

 蒼白だった頬に血の気を取り戻し、むしろ血色の良くなったお顔でアン様に詰め寄る。


「このっ! 無作法な田舎者に道理を説いていたのですっ! ティボー様のような高貴なお方のお名前を軽々しく呼ぶなどと!!

 まして四六時中付き纏うなどっ! 淑女の風上にも置けませんわっ!! 「……わたくしが良いと言っても?」 ……?!」


 コテリと首を傾げると、さらりと銀の髪が揺れた。……あれがカツラだとか、未だに信じられない。

 ……今度わたしも貸してもらおうかな? 真っすぐな銀髪、憧れなのよね。


 そんな詮無い事を考えているうちに、ご令嬢方とアン様のお話は付いたらしい。


「だからね? レアはわたくしのものなの。 他の誰も、レア本人ですらもわたくしから引き離すことはできないの」


 お分かりになって? そう告げるアン様にいくつか物申したいんですが?

 え? わたしアン様から離れられないの? えぇ?!


「だからね? レアをわたくしの関知しない状態で連れ出すのは止めてくださらない?」


 そう言ってうっすらと微笑むアン様。但し目は笑ってないヤツ。


 そんなアン様に何かを感じ取ったのか、わたしを糾弾……糾弾でいいのか? をしていたご令嬢方が、顔を青褪めさせて一人二人とその場を足早に去って行く。

 全員、何事かをもごもごと呟いていたけど、普通のご令嬢なら聞こえないんじゃないかな?

 まぁ、わたしは読唇術で読み取れましたけど。でも普通だったら聞こえない謝罪って、謝罪にならない気がするんですけど?

 ……だからわたしが彼女達の謝罪を受け取ったかどうかは……アン様にお任せしよう。


 パッと見なんの謝罪も反省も見せない彼女達が去っていった方向を、それこそアン様がオニのような形相で見てたけど……。

 しーらないっと。

 薄情と言うなかれ。

 ケンカは売ってきた方が悪いのだ。


「で? お前は俺から離れて何をやっているんだ?」


「……今はアン様のお姿ですよ。その言葉遣いは、女学院一の淑女と名高いアン様には相応し……いただだっ!!」


 アン様の大きな手がわたしの頭頂部を掴んで、ギリギリと締め付けてきます。

 ……って、いやなんでっ?! わたし間違ったこと言ってないぃ!!


「……ナマイキな。だいたい俺の側を……んんっ、わたくしの側を離れないでとお願いしているでしょう? レアは可愛いのだから、わたくしの側にいないと心配だわ?」


 裏庭に向かってくる人影に気づいて、アン様がアン様っぽい喋りに切り替える。

 ギリギリとわたしの頭を締め付けていた手も、わたしのフワフワの髪を撫でるような動きに変わった。


「……ゴシンパイをオカケシテ、スミマセン……」


「まぁ! レアったら……。先ほどの件、よほど怖かったのね。こんなに怯えて……。

 ……貴女をこんなに怯えさせるなんて……許せないわ?」


 アン様の言葉に、周囲からざわめきが広がった。

 恐らく騒ぎ……と言うほど騒いでないが、異様な雰囲気に気づいた生徒達が様子を窺っていたのだろう。

 そんな面前で、アン様のこの発言だ。

 わたしにいらぬちょっかいを出せば、どうなるかわからんぞ? という立派な脅しだ。

 

「さぁ、部屋に戻りましょう? 温かい紅茶でも飲めば、きっと落ち着くわ」


 歌うようにそう告げて、わたしの手を引いてその場を去るアン様。

 周囲を見回して、意外に多くの野次馬がいた事に、今更ながら胃が痛くなった。




「……アン様? やりすぎです」


 コポコポと繊細な絵柄のついたティーカップにお茶を注いでいく。

 湯気と同時にふわりと広がるのは、アン様の瞳によく似た赤い実の香りだ。

 乾燥させたそれを茶葉に混ぜ込んだこの香りよい紅茶が最近のお気に入りらしい。


「……どこがだよ。俺のモノに手を出そうとしたんだ。それ相応の報いは受けてもらわねぇと……な」


 相変わらずふんぞり返るように椅子に座っていたアン様、いやあの口調からアラン様は、わたしがアラン様の前に紅茶の入ったカップを置くと、あっという間に姿勢を正し、ピンと背筋の伸びた美しい所作でカップを取り上げ、香りを楽しんだ後、一口含んだ。


「……ん。うまいな。最初は茶の一つも入れられず、どうなる事かと思ったが……」


 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべるアラン様。


 そう、今目の前にいるのは、白シャツと細身のトラウザーズを身に着けた人物だ。その名をロベール・アラン・ティボー・ル・ロワ様という。対外的には隣国に留学している筈のアン様の双子のお兄様……となっているらしい。

 その辺りの事情は深くは聞いてない。……聞いたらなんだか戻れなくなりそうだからだ。依頼にも含まれてなかったし、きっと護衛が知る必要のないものなのだろうと、無理やり自分の気持ちを納得させている。

 

 ちらりと視線を前に投げれば、紅茶を飲み終わって、再びふんぞり返る姿勢に戻ったアラン様がいた。

 いくつかボタンが留められていない胸元から覗くまっ平な胸……のくせにどこか艶めいて見えるのは、何故だろう?


「厳しいご指導ご鞭撻アリガトウゴザイマス」


 最後カタコトになりつつそう告げて、自らが淹れた紅茶に口を付ける。うん、なかなか……。


「カタコトかよ」


 ぷはっと破顔するアラン様。


 初対面でわたしの(極めて遺憾だが)おっちょこちょいが、アラン様の女装を暴いた結果、何かが吹っ切れたらしいアラン様は、わたしと二人の時は素のままで過ごすことにしたらしい。


 ……ちなみに去年は人数の関係上一人部屋だったから、バレる危険も低かったそうだ。

 そんな中で今年はわたしと同室と言われていた事もあり、窮屈な生活になる事を覚悟していたらしいが、まぁ、色々あって自由な生活を満喫している。


 て、わたし未婚で婚約者もいない、一応ご令嬢なのに異性と同室とか……ダメじゃない?

 え……? あれ? わたしの令嬢人生、始まる前に終わった……?


「何、アホ面さらしてんだ?」


 わたしの百面相に気づいたらしいアラン様が椅子の肘置きに片肘をついて聞いてきた。

 手にはご実家から送られてきたらしい焼き菓子があり、パクリと口にして満足げに頷いている。

 確かに美味しいものね。ティボー公爵家の焼き菓子。

 今日含めて何度かご相伴に預かってるが、本当に手が止まらなくなる、いくらでも食べてしまいたくなる美味しさだ。


「……いえ、わたしの令嬢人生終わったなと、今後の人生に思いを馳せてました……」


「終わりどころか、始まってもいないじゃねぇか。令嬢のデビュタントは18だろ?

 お前、まだ16だし。令嬢らしい所作はこれからもビシバシ俺が鍛えてやるよ」


 いえ、貴方と同室なのが……? ん? アラン様が言わなきゃわかんないんだから、別にいい……のか?

 アラン様だって女装が高じて女学院にいましたとか、バレたら不名誉だろうし……。

 モクモクと焼き菓子を口にしながら思案していると、


「なーにぶっさいくなツラしてんだよ? タヌンみたいな可愛い顔が台無しだぞ?」


「……害獣に似てると言われても微妙なのですが?」


 そう言ってアラン様に紅茶を追加する為、立ち上がる。

 後ろでアラン様が、可愛いは無視か? とぼやいていたのは聞こえない……ふりをして。


 まったく、田舎者を揶揄うのも大概にしてほしい。

 アラン様の見目は、ご令嬢の一人二人どころか束になっても全員見惚れてしまいそうなくらい麗しいのだから……。

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