2-4 悪ノリ殺人高速箒

 自慢ではないが、私は結構お金持ちだ。

 軍人は命がけの仕事なので、給料がいい。軍に拾われて育てられた私でも、普通に働く人並み以上の手当てを三年半にわたってもらってきた。

 加えて、退役金もしっかりいただけたし、趣味がない私にはそれらを貯蓄したり、元同僚のアドバイスに従って投資したりと、自分のために使ってこなかった。

 となれば、希少な素材や部品を調達するくらいなら、簡単なわけで。


「そ、それ……!ミスリル繊維かよ!?いや、確かにあったらいいとは言ったけどさ!」


 エマ先輩の元へ通い始めて一週間。量産品の箒を修理、もとい魔改造する私たちの作業は、佳境に差し掛かっていた。


 真っ二つに折れていたボディは、せっかくだからと紫檀ローズウッドに変えた。元は杉が使われていたのだが、樫並みの耐衝撃性を確保しつつ、魔力との親和性の高さを利用して速度を落とさないための選択だ。ちなみに高い。

 今持ち込んだミスリル繊維は、駆動魔法陣に使用する。チョークで描いた下書きの上に這わせることで、圧倒的な魔力伝導率を実現する。これも高い。

 シートに使用したのはごく普通の革だが、仕込まれたギミックは普通ではない。箒乗りは本来風魔法を使い、姿勢制御を行いながら飛ぶものだが、そんなところに回す魔力などないと言わんばかりに、魔力炉の起動と共に伸びる蔦が搭乗者を縛って固定する。完全に悪ノリだ。


 エマ先輩の中で私は、謎の金持ち箒好き主人に仕える下僕、という位置づけになっているようだ。

 最初は固かった口調も砕けたものに変わっており、一人称も「オレ」になった。私の方も、事情があってフードは取れないと言ったものの、本名は名乗っているし、箒の設計に関していくつか議論を交わしている。


「っし、早速取り掛かるぜ!ティリスは炉に火を入れといてくれ。オレはコーティング用の道具を準備すっから」


「わかった」


 一週間付き合ってみて分かったことだが、先輩の魔法工学と魔法幾何学に関する知識は、はっきり言って異常だ。まだ一年生である私の教科書にはもちろん、たまたま行き会ったチェルシー先輩が持っていた三年生の教科書にも載っていないような内容が、すらすらと出てくる。

 私が彼女の話についていけているのは、単に実地で箒に乗っていた経験が長いからというだけに過ぎない。


 真剣な表情で柄にミスリル繊維を引いていく横顔は、どこか楽しそうで、私にでも魔道具と箒が大好きなことがわかる。

 もしかすると、幽霊部員となっても箒競技部に籍を置き続ける理由は、そういうところにあるのかもしれない。


「これで……完成だっ!」


 折れた箒は、職人の手によって再び命を吹き込まれ、蘇った。黒光りするボディに、輝く水色がかった銀の回路。魔力炉には手を加えず、穂先の毛羽立ちを整えて風の通りを良くしてある。

 元の形を崩さずに、フルカスタマイズされた、いわばポーラ・コンペ:エマカスタムとでも呼ぶべき、世界に一本しかない箒。


「一応もっかい説明しとくが、今回刻んだ魔法陣には安全機構がついてない。ポーラの型落ち魔力炉を限界突破で燃やすために、シートからヤドリギのベルトが伸びたら、搭乗者は箒に注ぐ以外で魔力を扱えないものと考えてくれ。代わりに、出力は四割増し、速度は箒乗りの技量次第で五割増しだって狙える」


「注文は三割増しだから、伸びすぎてるくらい」


「そりゃ、こんだけいい素材使えばな。飛行時間は完全に搭乗者の魔力量依存だ。炉についてた余剰魔力を保存しとくバッテリーは、とっぱらっちったからな」


 箒に乗る上で重要とされる才能は、風魔法のセンスと魔力量だと言われている。昨今のオートマチック操作箒には、どちらも並以下でも乗れるが、マニュアルを乗りこなすには、どうしても才能と努力がいる。

 そういうわけで一般的な魔女見習いよりも魔力量に優れる私だが、この箒に乗っていられるのは、せいぜい三分やそこらだろう。

 極悪燃費、捨て去られた安全性、全てはその先にある速度を掴むため。


「ティリスのご主人がどんな人かはわからねえが、一人では乗らないことを強くお勧めする」


 一週間におよんだ箒の修理改造はこれで終わり、ということになる。あとはお金を払って、路地裏にある違法魔道具店とはおさらば、それが普通。

 しかし私は、別の目的を持ってここに来た。


「それは、自分で伝えてほしい」


「はあ?」


「報酬は、私の主から直接渡す。一緒に来て」


 ぽかん、と口を開けるエマ先輩。私はそんな彼女の手をさっさとつかみ、受付へと歩いていく。


「いやいやいや!待て、待てってティリス!おまえの主人って、なんかすごい人なんだろ!?オレ会えるような身分じゃねえって!」


「別に、平民」


「なおさらわかんねえよ!っていうか、お代はもらわないつもりだったんだよオレは!!」


 今度は私が頭に疑問符を浮かべる番だった。先輩は学費と生活費を稼ぐために、こんな店で働いているはず。一週間も費やした仕事の報酬を受け取らないなんて、意味が分からない。


「この箒に使った素材はみんな、おまえが持ってきたもんだ。材料費は計上できねえ。そしたらもらうのは技術料だろ?」


「うん。最初に予算は無制限と言った。言い値を払う」


「だからもらえねえって!今回の仕事、おまえと話しながら気づいたことや、学んだことが多かった。改造案はオレだけのアイデアじゃねえ」


「でも、作業をしたのはオイゲン」


 引っ張っていく私が受付の絨毯を踏む前に、彼女は無理矢理足を止めた。


「……楽しかったんだよ!仕事だって、しっかりやんねえとって思ってたんだけどさ、一緒に作業してたら、どんどんアイデアがわいてきて、製図するペンが止まらなくて。理想の箒ができてよ、こんなに楽しんだのに、金までもらうなんて、オレには無理だ」


 顔を赤くして、そんなことを宣うエマ先輩。

 何といえばいいのだろうか。彼女が働きながらでないと学園に通えないほど貧乏な理由の一つを、見てしまったような。

 私は思わず、不器用すぎると呟きかけて。


「ホンマ、不器用すぎやわ、エマ」


 同じ言葉で、遮られた。

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私と箒、魔女学園 りあ @hiyokoriakyo

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