しかしそれに意味はなし
くろいきつね
1
吉田は、キーボードを打つ手を突然止め、言った。
「なぁ、大ガラスと書きもの机が似ているのはなぜだ?」
「は?」
人を馬鹿にしているとしか思えないその問いに、俺は思わず苦笑する。こんなもの、多少の本好きならば、答えは誰でも知っているものだからだ、そして一応文学部に通っている俺ももちろんのこと、知っている。
「知らない、だろ。不思議の国のアリスで出てきた、帽子屋のなぞなぞだ」
そう答えると、吉田は待ってましたとでも言わんばかりにニヤリと頬を歪ませ、そして。
「正解だ、だけど俺が言いたいのはその先のこと」
「は?先?」
言っている意味が分からなかった。不思議の国のアリスでは、ここでこのなぞなぞについては終わってたはずだが。
あっけにとられている俺に向かって、吉田は指をさす。
隈が刻まれたその顔は、わずかに笑っていた。
「このなぞなぞの答えは『知らない』だ、そしてそれは、人生においても同じことが言えると思うんだ」
「はぁ?」
何言ってんだこいつ。
「人生の意味は誰にも分からない、つまりなぞなぞと同じように、人生もまたナンセンスなものなんだと俺は思ってる」
「...」
言葉が出なかった。
吉田のそれはとても無茶苦茶としか言えないような論理で、正直意味が分からなかった。
しかしあっけにとられている俺を置いていくように、吉田はさらに饒舌に話し出す。
「我々人類、いや、全ての生物は所詮有機物の塊であり、そこに発生した『揺らぎ』こそが生命と言うものの根源、つまり生命とは単なる現象であり、そこに意味も意思も存在しないのではないか!」
「ここで一つ問おう、人の生きる意味とは?なぜ人は生きる?答えは『知らない』だ」
「神は死んだ、もはや人は、ただその身一つで生きてゆくしかないのだ」
「つまるところ我々は、何も『知らない』まま人生を終えるしかないのだ!そう!ちょうど帽子屋のなぞなぞのように!」
「吉田...」
まるで王が臣民に演説をするかのような大仰な動作で、力強く意味の分からない事を言っていた吉田。
そこで俺は、ある一つの疑問が浮かんできた、いや、ていうかこれは少し前から思っていたことだ。
「なぁ、それって今書いてる卒論と関係ある?」
「ない」
ということは、だ。
「吉田お前、いつから寝てない?」
「3徹目」
「寝ろよ」
そうして俺は、吉田のPCの電源を落とし、奴をソファへと転がした。すると吉田は一瞬で目を閉じ、そのままグースカと眠りについた。
どうやら3徹ってのは本当だったらしい。
――翌日、起きた吉田に昨日の演説の事を聞いてみたが、あいつは『はぁ?知らん』とだけ返してきやがった。
どうやら本当に、意味のない演説だったらしい。
しかしそれに意味はなし くろいきつね @Kuroino-Kitsune
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