しかしそれに意味はなし

くろいきつね

吉田は、キーボードを打つ手を突然止め、言った。

「なぁ、大ガラスと書きもの机が似ているのはなぜだ?」

「は?」

人を馬鹿にしているとしか思えないその問いに、俺は思わず苦笑する。こんなもの、多少の本好きならば、答えは誰でも知っているものだからだ、そして一応文学部に通っている俺ももちろんのこと、知っている。

「知らない、だろ。不思議の国のアリスで出てきた、帽子屋のなぞなぞだ」

そう答えると、吉田は待ってましたとでも言わんばかりにニヤリと頬を歪ませ、そして。

「正解だ、だけど俺が言いたいのはその先のこと」

「は?先?」

言っている意味が分からなかった。不思議の国のアリスでは、ここでこのなぞなぞについては終わってたはずだが。

あっけにとられている俺に向かって、吉田は指をさす。

隈が刻まれたその顔は、わずかに笑っていた。

「このなぞなぞの答えは『知らない』だ、そしてそれは、人生においても同じことが言えると思うんだ」

「はぁ?」

何言ってんだこいつ。

「人生の意味は誰にも分からない、つまりなぞなぞと同じように、人生もまたナンセンスなものなんだと俺は思ってる」

「...」

言葉が出なかった。

吉田のそれはとても無茶苦茶としか言えないような論理で、正直意味が分からなかった。

しかしあっけにとられている俺を置いていくように、吉田はさらに饒舌に話し出す。

「我々人類、いや、全ての生物は所詮有機物の塊であり、そこに発生した『揺らぎ』こそが生命と言うものの根源、つまり生命とは単なる現象であり、そこに意味も意思も存在しないのではないか!」

「ここで一つ問おう、人の生きる意味とは?なぜ人は生きる?答えは『知らない』だ」

「神は死んだ、もはや人は、ただその身一つで生きてゆくしかないのだ」

「つまるところ我々は、何も『知らない』まま人生を終えるしかないのだ!そう!ちょうど帽子屋のなぞなぞのように!」

「吉田...」

まるで王が臣民に演説をするかのような大仰な動作で、力強く意味の分からない事を言っていた吉田。

そこで俺は、ある一つの疑問が浮かんできた、いや、ていうかこれは少し前から思っていたことだ。

「なぁ、それって今書いてる卒論と関係ある?」

「ない」

ということは、だ。

「吉田お前、いつから寝てない?」

「3徹目」

「寝ろよ」

そうして俺は、吉田のPCの電源を落とし、奴をソファへと転がした。すると吉田は一瞬で目を閉じ、そのままグースカと眠りについた。

どうやら3徹ってのは本当だったらしい。

――翌日、起きた吉田に昨日の演説の事を聞いてみたが、あいつは『はぁ?知らん』とだけ返してきやがった。

どうやら本当に、意味のない演説だったらしい。

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しかしそれに意味はなし くろいきつね @Kuroino-Kitsune

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