短編

@suama_

短編



「ねえねえ、おとうさんって何のおしごとしてるの〜?みゆちゃんのおとうさんはね、パイロットなんだって!」


 キラキラした目で5歳になったばかりの娘が私の顔を見つめてくる。

「うーんお父さんはな、普通のサラリーマンや、みゆちゃんのお父さんみたいにかっこよおなくてごめんな?」

 そういいながら頭を撫でる。目に入れても痛くない娘に本当のことは決していえない。

「うーん、こゆきよくわかんないけど、でもおとうさんだし、かっこうよさそう!」

「そういってくれるなんてほんまにこゆきはええこやなあ」


 愛おしい感情が溢れて思わず抱き上げる、きゃっきゃっと嬉しそうな表情に日頃のストレスが全て消えていくようだった。

「こらこゆき、お父さんそろそろお仕事なんだからあんまりくっつかないの。お父さんも仕事に遅れちゃうよ?ほらこれお弁当、気をつけて行ってきてね。」




 目が覚めた。

 そこには愛する娘も嫁の姿もなく、打ちっぱなしのコンクリートの天井が見えるだけだった。

「まだこないな夢見るなんてな、もう戻ってくることなんてあらへんのに。」

 自嘲しながらベットから立ち上がる。サイドテーブルにある拳銃の調子を確かめたあと、さっと朝食と着替えを済ませて家を出る。

 家と呼ぶにはあまりにも殺風景なそれは全てを失ったあの日からずっと変わらない自分の心象とよく似ていた。

 

 私はいわゆる「掃除屋」と呼ばれる職業である。

 上から降りてきた指示に従い淡々と始末するだけ。

 始末する人間は多種多様であるが、ここでは割愛させてもらおう。

 この業界に入るきっかけは極々ありふれており、両親に借金の肩代わりにと人身御供にされただけだ。無論その後両親は殺された。彼らからは殴られた記憶しかなかったが、天涯孤独の身になったと認識した時から心なしか底冷えするような、足元がぐらつくような、そんな気持ちを抱え始めたことをよく覚えている。

 ある日立ち寄ったコンビニでふと雑誌を読んだ。そこには暖かい家庭が描かれており「普通」が存在していた。

 それからというもののその「普通」に憧れを抱いて過ごすことになった。街中を歩く親子を見ては羨ましく思うようになった。灰色にしか世界が映らない自分とはきっと違うのだろうと、彼らにはどのようにして見えているのか気になった。

 

「まあ、私には無縁の話ですわな」


 そう思っていたはずなのだがひょんなことから結婚して子供を持つことになった。

 

 確かに世界が色づいて見えた、こうも違うのかと感動した。家に帰ると明かりがついているのが嬉しかった、こんな自分でも愛してくれてる人がいるというだけでどんな汚れ仕事でも頑張れた。あの時憧れていた世界は確かに美しかった。底冷えするような感覚はもうなくなった。



 過去を振り返りながらぼんやり歩いていると、事務所に着いた。迫り来る現実に1人ため息をつく。

 挨拶をすると、そのまま受付の女から指示書を渡された。

「今回の任務は某国大統領の娘の暗殺です、難易度はC、正直藤堂さん、貴方には簡単すぎると思うのですが、異例となるボスからの直接の命令ですので…。明日の昼までに報告書の提出までお願いしますね。では、ご武運を。」


 無言で書類を受け取る。

 これを任せたボスの意図はわかっている、要はこれをこなせないならお前はもう用済みだということだ。

 家族が殺されてから5年、私はこの手の指示を巧妙に避けてきた。


 

 

 その日は今後の自分を表しているかのような、今にも雨が降りそうなどんよりとした曇り空だった。起きた瞬間から妙な胸騒ぎを覚えた。よっぽど今日は休みを取ろうかと思ったが生憎任務は今日が指定日だった。これを破ることは許されない。仕方なく支度を終え玄関へと向かう。

 見送りに来た妻と娘に、「何かあったらすぐにお父さんの携帯に連絡するんや、わかったな?こゆきもや。すぐにやぞ、すぐに」と念を押す。

「なに、今日のお父さんは心配性ね?大丈夫よ。それより時間は大丈夫なの?」「そうだよおとうさん!はやくいかなきゃおくれちゃうよ!」妻と子供の無邪気な声が響く。

 胸騒ぎはますばかりだが、2人を抱きしめ、仕事へと向かった。

 

 任務は滞りなく終わり、そのまま帰路に着いた。

刹那、妻にしか教えていない電話から着信音が鳴った。

 あわてて電話を取って走り出す。

 

「おとうさん、こゆきいまおかあさんとかくれんぼしてたんだけどね、おかあさんぜんぜんこなくてね、なんかね、ばんばんっておととね、しらないひとがたくさんきてね、ぜったいここをあけちゃいけないっていわれてね、おかあさんがね、あのね、あのね…」

「こゆき!?すぐ向かうから電話はきっちゃダメだぞ、そこで待ってなさい。声も出しちゃダメだぞ、かくれんぼだからな、約束できるか?」

「うん」


 天気は悪化し土砂降りだった。

 水飛沫が跳ねるのも構わず全力で走る。

「頼む、頼むから…あの2人には…どうか…」



「おい、ガキもいるはずじゃなかったか?どこだ?」

「アニキ、ここ見てないんじゃないっすか?」

「そういやそうだったな、お、はっけーん」


「だ、だれ?おにさんなの?」


 ブチッ ツーツーツー



 家に着いた時は全て終わった後だった。

 キッチンには胸元から血を流して倒れた妻、部屋の奥の小さなクローゼットには鮮血に染まったぬいぐるみと携帯を抱きしめて眠っている娘。どちらも、もう冷たくなっていた。


 ただただ立ち尽くした、助からないことだけはわかった。何もできなかった。

 何時間経ったのだろう、徐に携帯を取り出しボスに連絡をした。「妻と子供が殺されました。後始末お願いします。」

 言うだけ言って電話を切った。普段ならありえない暴挙である。しかし、考える余裕などどこにもなかった。

 ただ受け入れられなかった。涙も出なかった。そんな自分を他所に指示を受けた人間がテキパキと家の中を片付けた。異様な殺され方をした妻と娘は普通の方法では弔えない。そのまま彼らに全てを任せた後、事務所へと戻った。

 

 出口で待ち構えていたボスからは1発頬を殴り飛ばされるだけで済んだ。

 3日後、私は元から使っていたセーフティーハウスに居住を移し業務に戻った。

 

 

恨まれやすい職業なのだから所帯を持つなと散々周囲から言われていたのに、それを無視して愛するものを持ってしまった自分の責任なのだ。人並みを求めてはいけないのに、求めたせいで、自分のせいで妻と娘は死んだのだ。

 

 それからというもの、女子供となると引き金を引けなくなった。辛うじて高齢者と呼ばれる年齢に差し掛かった女は殺せたもののそれ以外は震えが止まらない。

 ターゲットは大概男性だが、女子供の依頼もないわけではない。特に私は後始末が他と比較して丁寧なようで直接指名されることも少なくない。が、任務を選り好みできる立場でもないのだ。




 

 

「もう、潮時なんやろうな。」



 あの日と同じような空を見上げて呟いた。


 

 そうして自宅に戻った私は自分の頭に拳銃を突きつける。

「来る幸せで来幸こゆき、あの子は確かに幸せを運んできてくれたのに、私のせいで。な…。」


 粉雪がちらつく冬

 街の片隅で銃声が鳴った

 

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