第23話 メイドも悪役令嬢も七転び八起き
(姉弟の仲直りのチャンスを逃すわけにはいかない!)
私は特別足が速いわけじゃないけど、とにかく全力疾走した。
門を抜けた先は、坂道である。
「待ってください、お姉さま! って、ぐぎゃっ!」
何もない場所だけど、坂に差し掛かった瞬間に、私はつまづいてしまった。
そのまま坂下にスライディングしてしまう。
滑り落ちた私は、美人の足下に到着する格好となった。
「何!?」
美人もといテオドール様のお姉さまは、若干引き気味だった。
「いたた、ただでさえ低い鼻が……潰れた……」
鼻先をすりむいてしまったし、身体のあちこちが痛いけれど、追いつけたので良しとする。
とりあえず横座りの態勢になると、美人を見上げた。
「お姉さま、テオドール様のことが好きなんでしょう!?」
「!?」
突然質問をされて、美人も困惑しているようだったが、しばらくすると観念したかのように、ぽつぽつと語りはじめた。
「私があの子の姉だって知ってるってことは、私が過去に何をやったか気づいているんでしょう?」
「それは……」
あまり良い評判ではなかった。
テオドールの姉は続ける。
「自分のことしか考えきれなかったから、結果的に家族を不幸にしてしまったわ。あの子なんて、これから先輝かしい未来が待っていたかもしれないのに。私のせいで人生台無し。私はあの子に恨まれたって仕方がないのよ」
遠くを見る彼女の横顔には、後悔が滲んでいる。
「テオドール様、お家の爵位は下がっちゃいましたけど、ちゃんと魔術研究所で黙々と頑張っています! もう大人の人だから、お姉さんの評判とかお家の評価とか関係なく、自分の力で立ち上がって頑張ってらっしゃいます!」
すると、テオドールの姉は目を瞠った。
「だったら、なおのこと、あの子の足を引っ張るわけにはいかないわ。私がいても邪魔なだけ」
「お姉さま、人間ですもの、誰だって過ちを犯すことはあると思うんです! うっかり発言なんて、私はいつもしちゃいます! それに、どんな人でも邪魔なことなんてありません!」
「そういうのは、もういいのよ。私は自分のことしか考えきれない人間だった。良いところなんて一つだってないのだから」
「それです!」
私はピンときた。
「え?」
「お姉さんの良いところは、弟のテオドール様思いのところです!」
「……っ……そんな、ことは……」
「だって、自分が相手に迷惑をかけるかもしれないって、テオドール様とは会わずにいたわけでしょう? お姉さまが犯罪を犯したわけじゃありませんっ、あれっ、不敬罪は犯してるのかな? だけど、過去に何かやらかしたとしても、人間は絶対にやり直せるはずなんです!」
その時……
「アリア、俺にも姉上と話をさせてほしい」
テオドール様が私の背後に立っていた。
彼はしゃがみこむと、私のメイド服の土ぼこりを手で払ってくれる。
(気配なさすぎて、気付かなかった)
そっと二人で一緒に立ち上がる。
なぜか手を繋がれたままなので恥ずかしい。
「姉上、俺が小さい頃に欲しがっていたルーペのこと、覚えてくださっていたのですね」
「テオドール、たまたま持っていただけよ」
テオドール様は続けた。
「俺は、自分だけが不幸だと思っていた時期があった。それで姉上に言ってはいけない言葉を投げかけてしまった。『全部姉上のせいだ、姉上が悪い』と……」
すると、テオドールの姉がぎゅっと胸の前で手を握りしめた。
「本当のことですもの、仕方ありませんわ」
「だけど、あの時、姉上だって、自分のせいで家が大変なことになっていると、相当苦しんでいたはずだった。なのに、俺は自分のことしか見えていなかった。落ち着いて謝りに行こうとしたときには、姉上は屋敷から姿を消していた」
「私がいなくなって、せいせいしたでしょう?」
テオドールの姉が自嘲気味に笑った。
「いいや。将来的な地位を失ったことや、婚約者を失ったことも堪えたが、それ以上に慕っていた姉上の存在が屋敷にいなくなったことが辛かった。当時は責任を一人だけ逃れた嫌な女だと心の中でなじったが、自分の発言のせいだと気づいて……ずっと後悔していたんだ。姉上、本当に悪いことをした。許してほしいとは言わない。だが、どうか謝るチャンスがほしい」
テオドール様は心底後悔しているようだった。
頭を下げると、しばらく顔を起こさない。
すると、テオドールの姉がぽつぽつと口を開いた。
「じいやとばあやから連絡が来たのです。テオドールに結婚相手ができたと」
「「け、結婚……!?」」
テオドール様と私は二人して声が裏返ってしまった。
ふと、テオドールの姉が眦を指先でぬぐった。
「無口で引っ込み思案だった貴方が、随分おしゃべりになりましたこと」
そうして、彼女はくるりと私たちに背を向ける。
テオドール様が顔を上げる。
「姉上」
彼が手を伸ばした、その時……
「アリアさんでしたかしら?」
「え? 私?」
アリアじゃなくてマリアですけど……
「貴女みたいなドジで風変わりな子が、テオドールの結婚相手になったのなら、テオドールの悪評を相殺してくれそうですわね」
褒めているのかけなしているのか分からない発言だったが……
「テオドールをどうか頼みます」
思わず私は叫んだ。
「お姉さまはどうなさるんですか!?」
すると……
「気が向いたら、また参りますわ、それでは」
そうして、立ち去っていったのだった。
残されたテオドールがぽつぽつと呟く。
「姉上は俺を許してくれたんだろうか?」
「もちろんです! 今のはそういう意味ですよ!」
「そうか」
テオドール様が少しだけ誇らしげに微笑んだ。
「ええっと、じゃあ、帰りましょうか……って、きゃんっ!」
私は坂道でまたもや転んでしまった。
「アリア、お前という奴は……」
ふわり。
気づけば、私はテオドール様にお姫様抱っこされていた。
「わあ……!」
テオドール様がふんわりと微笑んだ。
「無鉄砲だけどドジだから、どうしても目が離せなくなるな」
「わわっ……」
急に微笑みかけられてしまい、胸がドキドキしてしまう。
(偽の恋人役だったのに、どうしよう、心臓が……)
そもそも、アーレス様の件は片付いたので、今は恋人役でもなんでもなくて、ただの使用人のはずなのだが……
「お前がそばにいると、今まで以上に力が出る。それに、不幸だった自分がどんどん幸せになっていく気がするよ。ありがとう、マリア」
「あ」
突然、ちゃんとした名前を呼ばれてしまい、私の鼓動はどんどん高鳴る一方だ。
(テオドール様の名前間違いは、やっぱりわざとなの?)
だけど、聞いたら和やかな雰囲気を壊しそうだ。
「どうした、アリア、ニヤニヤして」
「いいえ、今度の楽しみにとっておきますね」
私はテオドール様に「ふふ」っと微笑みかけた。
こうして――
テオドール様のお姉さまとの一件があって、私たちの距離はますます近づいたのでした。
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