第24話 メイドの身から出た錆

(なんだろう、最近は寝ても覚めても、テオドール様のことばかり……)


 そんなことを思いつつ、私が箒で部屋の掃除をしていた時のこと。


(ただの偽の恋人同士というか、そもそも、アーレス様の一件が片付いたわけだから、もう私はお役御免のはず……)


 だけど、引き続きメイドの仕事をさせてもらっている。


(もう恋人同士のフリはしなくて良いはずなのに、なんだろう、テオドール様との距離が近い気がする)


 嬉しいような、ふわふわするような。


 この気持ちはいったい何なんだろう。


 本当は気づいているのかもしれない。


 だけど、気付いてしまったら、今の関係性が壊れそうな気がして不安だった。


 考え事をしていた、その時。



「アリアさん!」



 オルガノさんが姿を現した。


「最近、ぼっちゃんと良い感じですね!」


「ええっ、そうですか?」


 どうしてだか私は慌てふためいてしまう。


「ええ、ええ、そうです、そうです」


(オルガノさんには、私とテオドール様が良い感じに見えているのね)


 オルガノさんに指摘されて、私は恥ずかしくなってしまった。


 同時に、テオドール様と婚約者のことを思い出してしまい、胸が苦しくなる。


「ところで、アリアさん。剣の守護者様の友達の妹さんだったんですね」


 オルガノさんに問われて、私は頷いた。


「ええ、そうです」


「喋ったりしたことあるんですか?」


「――? はい、私、お兄ちゃんにお弁当を届けることがあるんですけど、そういう時に、剣の守護者様が話しかけてくれました」


「ふ~~ん、アリアさんのことを見てて、思ったこと言って良いですか?」


 オルガノさんがにやにや笑いながら話しかけてくる。


「はい、なんでしょうか?」


 彼は、ずばりと告げてきた。


「アリアさん、剣の守護者様のこと好きだったでしょう?」


「え、ええっ? な、なんでそう思われたんですか?」


「アリアさんの剣の守護者様を見る目でなんとなく」


(私ったら、どんな目をしていたの?)


 ドキドキしながら返答することにした。


「確かに、昔は剣の守護者様のことが好きでした。だけど……」


 私がそこまで口にした時、がたりと背後から音が聴こえた。


 音の方を振り向く。


「テオドール様……?」


 黒いローブを身にまとったご主人様が、部屋の扉の前に立っていたのだった。

 彼は何も言わずに、その場を後にする。


「テオドール様? テオドール様?」


 何度声をかけても、彼からの返事がない。


(様子がおかしい)


 そう思って、私は彼を追いかける。


「テオドール様!」


 結局、私は中庭まで彼を追いかけることになった。


 この間草むしりをした花壇の付近で、テオドール様は立ち止まる。


 私の方を振り向かないまま、彼は私にぽつぽつと話し始めた。


「お前の様子がおかしいと思って見にいったら……結局、お前も彼女と同じだ」


「え?」


「お前も本当は、剣の守護者の方が好きなのに……俺の前では良いように話してきただけだった。結局、お前も私に嘘をついてきた」


 そこで私はハッとする。


(もしかして、私が剣の守護者様のことを「なんとも思っていない」って、本当のことを隠してしまったから……?)


 私としては、テオドール様に剣の守護者様のことを好きだったと、知られたくなかっただけだった。

 だけど、以前、元婚約者である女性に裏切られたように感じたことがあるテオドールからすれば、私の誤魔化しを嘘を吐いて騙す行為だと捉えてしまったのかもしれない。


(私はとんでもないことをしてしまったんだわ)


 とにかく謝らないといけない。


「テオドール様、私」


 声がかすれてしまう。


 テオドール様はぽつりと呟いた。


「……もう良い」


 彼にそう言われ、私は胸をなでおろした。


(良かった、テオドール様、許してくださったのね)


 だけど、私が都合よく解釈しただけに過ぎなかった。



「もう、この屋敷で働かなくて良い」



「え?」


 頭を金槌か何かで撃たれたような衝撃が走る。



「もうお前はクビだ。お前のような主人に嘘をつく使用人は必要ない。金が欲しいんなら、たくさんやるから、屋敷を出て行け」


「そ、そんな、私は……」


 だけど、テオドール様は私の言葉をそれ以上は聞いてくれなかった。


「もう私の前に姿を現さないでくれ」


 その言葉を耳にして、私の目の前が真っ暗になった。




***




 その日の出来事はそれ以上覚えていない。


 気づいたら、馬車で街まで送られ、いつの間にか自分の家に帰ってきていた。


 家でお母さんの顔を見た私は、なんだかよくわからなくて、わんわんと泣き続けたのだった。

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