第21話 姉の心、弟知らず


(ひえええええ。どうして、こんなところに人がいるの?)


 しかも黒髪の美女ではないか。


(黒髪、なんだかテオドール様の髪によく似ているような?)


 地味な普段着を纏っているが、色香を隠すことは出来ていない。

 ちょっとだけ釣った黒い瞳、妖艶な紅い唇。

 さらさらの質感や漆黒に近い色味など、ご主人さまを髣髴とさせた。


 ピン!


 さすがに鈍い私でも気づく。


「まさか! テオドール様のお姉さまでは!」


「……っ!」


 なぜか美人からギロリと睨みつけられてしまった。


「ひえっ!」


 美人が睨むとすごみがある。


「あ、あの、ああああ、あの……」


「新しい使用人が増えたって、おしゃべりなオルガノが言っていたわね」


 美人は腕を組むと、ふんと鼻を鳴らした。


(おそらく否定はされなかったし、テオドール様のお姉さまでお間違いないはず。それにしたって、美人で綺麗な人……)


 けれども……


(テオドール様のお家が没落した原因を作った人だったはず)


 国の噂では、修道院に行ったんだったか、どこかの老貴族に嫁いだという話ではなかったか。

 その時、美人がぽつりと口を開く。


「あの子、意外とこんな可愛らしい系がタイプだったのね」


「え?」


 美人の声が小さ過ぎて聞こえなかった。


「ねえ、テオドールは元気にしているの?」


「はい、おそらく元気かなと……」


「だったら良いわ」


 彼女の表情がふっと和らいだ。だけど、すぐに陰りを帯びる。

 どことなく寂しそうなのが気になった。


(なんだろう、すごく辛そう)


 だが、美人はすぐにキリリとした表情に戻ると、さっと懐から何かを取り出す。

 キラリと何かが閃いた。


(ひええ! まさか小刀か短剣を隠し持ってた!?)


 私は、慌てて両手で顔を覆い隠した。

 だが……


「メイドさん、これをあの子に渡してちょうだい」


「はえええ?」


 予想外の言葉が返ってきたため、私は両手を降ろして相手の持ち物を確認する。

 美人の掌の上にあったのは、愛らしいルーペだった。縁は銀色で覆われており、精緻な細工が施されている。


「これは?」


「私が屋敷を出ていく前に、テオドールが欲しいって言ってたものだったのよ。私からだとは言わないで渡してくれる?」


「お姉さまからだとは言ってはいけないのでしょうか?」


「ええ。お願いしている身で申し訳ないけれど、どうか。それじゃあ」


 そうして、彼女は踵を返した。

 門扉に向かって歩みはじめる。


 ちょうど、その時……


「姉上……」


 聞き覚えのある低い声が聴こえる。


(あ……)


 美人さんの前。


「テオドール……」


 私のご主人であるテオドール様が立っていたのでした。


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