第20話 塵取りあっての悪役令嬢
私はピストリークス伯爵家の屋敷に戻って、またメイドとして働き始めた。
変な女――アーレス様問題は片付いたので、もう伯爵家への住み込みのバイトを続ける必要はなかったのだけれど……
(まだテオドール様のそばにいたいと思ってしまった)
彼も、私がまだメイドとして働きたいなら雇い続けると話してくれたのだ。
この間、城の池でテオドール様と抱きしめあった時の事を思い出すと恥ずかしくなって、身体が勝手に火照っていってしまう。
あれ以来、時々テオドール様と目が合うことがある。
今まで無表情に近かった彼が、私を見ると柔らかく微笑むようになっていた。
笑いかけられて嬉しいはずなのに、私は恥ずかしくなって視線をそらしてしまっている。
(私は、やっぱりテオドール様のこと……)
彼のことを考えると、胸がどきどきしてしまう。
それと同時に、彼が元婚約者のご令嬢のことを今も忘れられないのではないかと考えてしまい、胸が苦しくなった。
(手を、つないだりしてたのかな?)
私と手をつないでも、なんとも思っていなさそうなテオドール様のことを思い出す。
(テオドール様は特段ご令嬢に好意は抱いていなかったとは話していたけれど……)
そんな私のもとに、テオドール様本人が姿を現した。
「一緒に、本の片付けをしないか?」
テオドール様が私に手を差し伸べてきた。
ちょうど、彼と元婚約者が手をつないだりしていたのかなと考えていた私は、その手をとるのに戸惑ってしまう。
「どうした?」
「あの、テオドール様は婚約者のご令嬢と手をつないだりしてたのかなと気になってしまって」
彼は不思議そうに私を見ていた。
「ある。だが、それがどうかしたのか?」
一気に私の気持ちが沈んでいった。
「いえ、気になさらないでください! 本の片づけには後から向かいますから」
「そうか、すまない。邪魔をしたようだな」
私は結局、彼の手はとらずに仕事に戻ってしまったのでした。
***
テオドール様と別れた後、私は竹帚を持って庭を掃除していた。
(テオドール様が元婚約者さんと手をつないだかどうかが、どうしてこんなに気になるの?)
見ず知らずの可憐な女性とご主人様が手を繋いでいる姿を想像した。
なんだかモヤモヤとして落ち着かない。
(もう婚約者じゃないのだし、別にいいじゃない、マリアったら!)
妄想を振り払うかのように、両手を振ったら……
竹帚とは反対側に持っていた塵取りが、勢いよく手から吹っ飛んだ。
「あ……!」
とはいえ……
(周囲に誰もいなかったはずだから大丈夫!)
そう思って、塵取りが飛んでいった方角に目をやると……
「きゃあっ、なんだというの!?」
まさか、誰もいないはずの場所なのに、女性がいるではないか!
(そそそ、そんなっ、どうして普段は誰もいないのに、こんなことが!?)
しかも、塵取りの絵の部分が、黒髪の女性の頭上のお団子部分に刺さっていた。
ふるふると震える手で、女性は塵取りを回収したかと思うと、私のことをキッと睨んできた。
「あなたの仕業なの?」
地を這うような低い声。
「ひっ!」
まさか、お屋敷内で、恐るべき相手に出くわしてしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます