第19話 ドレスで伯爵を釣る?


「テオドール様が、剣の守護者様を避ける理由って?」


 私は、突然現れたオルガノさんに声をかけた。


「ふふふ、それはですね……」


 彼は、なんだかすごくもったいぶった言い回しをしてきた。


「それは?」


 ごくりと私は唾を飲み込む。

 オルガノさんは口を半開きにしたまま、話してくれない。


「それは……」


 アーレス様と剣の守護者様と女王陛下も、オルガノさんが話し出すのを待った。


 そうして、オルガノさんが喜々として口にしたのは……



「さすがに、城では話せません!」



「はい!?」


 私はオルガノさんの返答に拍子抜けしてしまった。


「まあまあ、アリアさん。こういう時のテオドール様は、城の庭にある池のほとりの桟橋でたそがれていますから、ぜひ会いに行かれてください!」


「へ?」


「良いから早く」


 オルガノさんがぐいぐいと私の背中を押してくるせいで、正面玄関から放り出されてしまう格好となった。


「坊ちゃんのところに、行ってらっしゃい!」


 私は庭にある池のほとりの桟橋に向かうことになったのだった。




***




 しばらく歩くと、オルガノさんが言った通り、中庭にある桟橋にテオドール様はもたれかかっていて、ぼんやりと池を眺めていた。


「あの、テオドール様……」


 私が声をかけると、はっとした様子で彼はこちらを見てきた。


「ああ、アリアか……」


(やっぱり、テオドール様の中で私はマリアではなくアリアだわ)


 なんとなく残念に思いつつも、気にしないようにした。

 少し寂しそうな表情のままテオドール様は話し始める。

 

「お前は、剣の守護者と知り合いだったのだな」


「はい」


 私が返事をすると、テオドール様が唇をきゅっと噛み締めて俯いた。


(やっぱり、テオドール様は剣の守護者様のことが嫌いなの?)


 私はテオドール様の隣にそ立つ。


「アリアは剣の守護者のことをどう思っている?」


 予想外の質問が彼の口から飛び出してきたものだから、私はびっくりしてしまう。


「そうですね、剣の守護者様はお兄ちゃんのお友達なんです。別になんとも思ってません」


(本当は、ずっと好きだったんだけど)


 なんだか、そのことをテオドールに話すのは気が引けた。

 ちょっぴり嘘を吐いた気もして、罪悪感が胸を支配してくる。


(それに、なんだか最近は……)


 私はテオドール様の綺麗な菫色の瞳に視線を奪われる。


(どうしてだろう? 剣の守護者様よりも、テオドール様のことばかり考えてしまう)


 私の視線に気づいたのか、彼はこちらを見た。


 そうしてぽつぽつと、彼は私に話を切り出した。



「私にはかつて、婚約者がいた」



(え?)


 なんだか私の胸に、ずんと重しが乗ったみたいな感覚が襲ってきた。


「彼女とは幼い頃からの政略的な婚約関係でしかなかったが、そこそこ仲は良かった。私も将来は彼女と添い遂げるのだろうと漠然と思っていた」


 私と手を繋いだりする時に、涼し気な表情をしていたテオドール様のことを思い出した。


(なんだろう……胸が苦しい……テオドール様、婚約者の人と手を繋いだりしていたのかな?)


 私は胸の前で両手を重ねてぎゅっと握って耐えた。


「だが、お前も知っているだろうが、私の父が他国へ武器や食料を横流ししていたことが判明して、辺境の地に飛ばされてしまった。そうしたところ、婚約者だった令嬢と婚約破棄することになった」


(事件でテオドール様が失ったのは、家族だけじゃない。婚約者まで……)


 彼は話を続ける。


「彼女は俺と婚約破棄になったことを悲しんでいた。俺も悲しくて仕方なかった。俺は彼女のことが特段好きだったわけではないが、将来を添い遂げる気になっていたのも事実だ。ある時、彼女が剣の守護者と見合いをするという話を聞いた」


(テオドール様の元婚約者さんと、剣の守護者様がお見合い)


 しかしながら、テオドールの元婚約者と剣の守護者様の見合いがうまくいっていないのは明白だ。だって、剣の守護者様は女王陛下のことを一途に愛し続けていたのだから。


「彼女は本意ではないのではないか、いやいや見合いをさせられているんじゃないかと……私は彼女に一目会いたくて、彼女の屋敷をのぞきに行ったんだ。だが……」


 テオドール様の寂しそうな表情が、私の胸を苦しくさせる。


「庭で令嬢たちと会話をしていた元婚約者が言っていたんだ」


「何を、ですか?」


「『テオドールは暗くて嫌だったのよ、やっぱり剣の守護者様みたいに地位も名誉も、能力も全て持っている男性が良いわ。爵位の下がったテオドールには用はないわ』と」


 テオドール様があまりにも寂しそうに話すものだから……

 なんだか、私まで悲しくなってきてしまった。

 彼になんて声をかけて良いか分からない。


「それからは人と会うのが怖くなってしまって、結局城にもお前が一緒でやっと来れた始末だ。彼女の言うように、俺は暗い人間でしかない。アリア?」


 気づいたら、私はテオドール様の身体を抱きしめていた。


「テオドール様はテオドール様です。お父様が悪いことをしたとしても、お姉様が怖い人だったとしても、元・婚約者のかたからしたら暗い人に見えたのだとしても――私には、テオドール様はとても優しくて素敵な人に見えます」


「アリア」


 テオドール様の手がゆっくりと私の肩に伸びると、私の身体を抱き寄せた。


「お前は、彼女とは違うと、信じても良いだろうか」


 私の胸のドキドキが強くなっていく。


(人間嫌いになってしまったテオドール様……でも私は……)


「私は、主人であるテオドール様のことを裏切るような真似はいたしません」


「主人、か」


 テオドール様がぽつりと呟く。


「今はまだ、それで良い」


「今、なんて仰いましたか?」


「聞こえていないなら、それで良いから」


 テオドール様が私を抱き締める力が強くなる。


 そうして、しばらく私はテオドール様に抱きしめられたまま過ごした。

 

 池の水が太陽の光を反射して、きらきらと輝いていて……


 まるで、私たちの未来を祝福しているかのように、その時の私は思っていたのでした。


 


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