第17話 令嬢倒れて地固まる!?



 金髪碧瞳の美人令嬢・アーレス様に、テオドール様と私が立ち向かっている(?)に現れた人物。


(この声は……)


 魔術研究所の正面玄関から、オルビス・クラシオン王国の騎士団所属を意味する白いコートを着用した男性が現れた。

 その人物はゆっくりとテオドール様と私の横を通り抜ける。


(あ、やっぱり……)


 燃える炎のように紅い髪に、新緑のような爽やかな碧色の瞳。

 キリリと凛々しい端整な顔立ちの長身痩躯の美青年。


「剣の……守護者様」


 私はつい口に出してしまった。

 現れた騎士は、王国最強の騎士にして、国の神器の使い手でもある剣の守護者と呼ばれる人物。


(そして、恐れ多くも、私のお兄ちゃんの親友で……現・女王陛下の恋人で……私が……)



 ずっと好きだった人。



 私はついつい剣の守護者様の逞しい背中を凝視してしまった。

 そうして、実はそんな私のことをテオドール様が見ていたようなのだけど、私自身は気づけなかった。


「な、な、な」


 剣の守護者様を目の前にしたアーレス様の唇がわなないている。


「魔術研究所の方で騒ぎがあると聞いたので、うかがってみたら、アーレス、お前だったのか」


 アーレス様は震えながら口を開いた。


「お、お兄様……」


(お、お兄様!?)


 な、なんと!

 アーレス様は、剣の守護者様の妹だったのだ。

 剣の守護者様と言えば、王国の二大筆頭貴族である公爵の位を持っているお家柄の人物。


(だから、アーレス様はすごく偉そうだったのね)


「アーレス、魔術研究所に入るのは良いが、面倒ごとは起こさない約束をしていたんじゃなかったか?」


 丁寧な言い方で、剣の守護者様はアーレス様を問いただす。

 彼女は唇をきゅっと結んで押し黙った。

 剣の守護者様が、私の方をちらりと見ると口を開く。


「ネロの妹のマリアさんでしたね。私の妹アーレスがご迷惑をおかけしました」


 丁寧な口調と優雅な物腰で謝罪されてしまった。


(剣の守護者様、私のことを覚えてくれていたの!?)


 私はびっくりして、その場で固まってしまった。

 自分でも分かるぐらい頬が赤らんでいくのが分かる。

 剣の守護者様は、周囲を見回し問いかける。


「今の状況を誰か説明してほしい」


 そうして、魔術師たちが状況を説明し終わると、剣の守護者様は顎に手を当てて何事かを考え始めた。

 少しだけ目を瞑った後、開く。


 そうして……


「魔力をたどれば、マリアさんが犯人ではないことは一目瞭然だ。アーレス、正直に話せば、私はお前に恥をかかせるようなことはしない」


 彼女は顔面蒼白だった。


「お、お兄様……わたくしは……」


 その時。


「マリアさん! アーレスさん!」


 可愛らしい女性の声が響いた。

 

 その場に現れたのは……



「女王陛下」



 亜麻色の長い髪に黄金の瞳の持ち主である、我が国の女王陛下だった。


「皆様、ごめんなさい。無くなったという研究データなのだけど、私が魔術師長に頼んで見せてもらっていたの。うまく手続きが出来てなかったみたいで、紛失したように見えていたみたい。本当に申し訳ございません」


 女王陛下が頭を下げると、魔術師たちの間にどよめきが走った。


 皆、「魔術師長と女王陛下が持ち出していたのなら仕方がない」と口々に話しはじめる。


「ごめんなさい、皆さま、お仕事に戻って大丈夫ですから」


 そうして、その場には、私とテオドール様、アーレス様、女王陛下と剣の守護者様の五人だけになった。

 しばらく沈黙していたが、それを破ったのは剣の守護者様だった。

 女王陛下に向かって、彼は口を開く。


「ティエラ、あんたは……何で面倒ごとに首をつっこもうとするんだよ!」


(へ!?)


 私は驚いてしまった。


(品行方正で名高い、剣の守護者様のしゃべり方が雑!? 女王陛下をあんた呼ばわり!?)


 あまりのギャップに私は衝撃で目を瞠った。

 すると、女王陛下は剣の守護者様に上目遣いで返す。


「だって、私の義妹になるアーレスさんと、ネロさんの妹さんが一緒にいるって聞いたから」


「はあ、ったく。もうなんだっていつもこうなんだよ、尻拭いさせられる身にもなってみろよ……」


 剣の守護者様がぶつぶつと呟いている。


(礼儀正しい、剣の守護者様はいずこへ?)


 本当に彼は、私の好きだった人と同一人物なのだろうかという位、喋り方が乱暴だった。


(夢が崩れる!)


 剣の守護者様がアーレス様に向かって話しかける。


「ほら、アーレス、マリアさん謝れ。本当はお前が失くしたんだろう、研究データ」


(え? アーレス様が研究データを?)


 アーレス様はバツが悪そうに、俯いていた。


「正直に話せば良いのに、なんでネロの妹にわざわざ罪をなすりつけようとしたんだよ」


 アーレス様は下を向いたままだった。

 そんな中、女王陛下が剣の守護者様に声をかける。


「もう。ソル、あなたは全然わかってないわ!」


「何がだよ?」


「乙女心よ!」


「は?」


 女王陛下と剣の守護者様の二人がいちゃいちゃしている(ように私には見える)中、アーレスさんがぽつりと口を開いた。


「ごめんなさい……テオドール伯爵……それに、アリア……さん……わたくし、おおごとになったと思って、それで……」


 アーレスさんは、しくしくと涙を流し始めた。


「研究データは魔術師長に言って復元してもらったから大丈夫よ」


 女王陛下の言葉にアーレス様はわんわんと泣き始める。

 私はなんだかアーレス様が可哀そうになって声をかけた。


「アーレス様、気になさらないでください! 研究データは無事だったのですから、ね!」


「ごめんなさい~~~~」


 私はぽんぽんとアーレス様の肩を叩いて慰める。


(一件落着かしら?)


 しばらく経った頃、私はとてつもなく大事なことに気づいた。


「あれ? テオドール様がいない?」


 自分のご主人様が、いつの間にか姿を消していたことに、今さらながら気づいたのでした。



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