第16話 令嬢に睨まれたメイド






「わ、私!?」


 突然名指しで犯人扱いされて、驚いてしまう。


(わ、私はびっくり仰天でしてよ!?)


 研究員と思しき魔術師たちが一斉に私の方を見ているではないか。

 胃がきゅうっと縮こまるような錯覚に陥ってしまう。


「違います、私は……」


 私がうろたえていると、アーレス様は畳みかけるように叫んでくる。


「犯人は、いつもそうやって、自分はやっていないと言いますのよ!」


(そんな! 全く身に覚えがなさすぎる!)


 しかしながら、周りも「証拠が落ちていたなら」とざわめき始めている。


(どうやって身の潔白を証明したら良いの?)


 私は身に纏っているオレンジのチュールのドレスのスカート部分をぎゅっと握る。

 その時。


「私の婚約者がそんなことをするはずがないだろう」


 地が震えるほどの、ものっすごく低い声が私の隣から聞こえた。


 声の主はテオドール様。


 もちろん、その声も恐ろしかったのだけど……



「はい!? 婚約者?」



 突然の恋人から婚約者に、設定内昇格していたことに、私はものすごく戸惑った。


(テオドール様の婚約者)


 私はちらりと、彼の綺麗な黒髪と菫色の瞳を見る。

 犯人呼ばわりされている時だというのにドキドキしてしまった。



「平民の女と、伯爵がそんな簡単に婚約なんてできませんことよ! この人たちは適当な嘘をついています!」

 


 アーレス様は負けじと叫ぶ。

 それに対して、テオドール様が淡々と話した。


「アリアは嘘をつかない。平民だなんだ、爵位がどうだと気にするような貴族の女たちよりも、よほど信頼できる」


 テオドール様のその言葉は、いつも以上に真摯で……だけど、なんだか寂しそうに聴こえた。


(なんだろう? テオドール様がとても辛そう)


 ムキになったアーレス様が続けた。


「だったら証拠を、お見せなさいよ!」


 テオドール様は、はあっとため息を吐くと同時に、見る者を震わせる声音で告げた。


「アーレス様、あなたは魔力が限りなく少ないから分からないのだろう。この場で、研究データを奪ったという本当の犯人について、私が口にしても良いのだが?」


 アーレス様は悔しそうに、その美しい顔を歪めた。


「わたくしに立てつくと言うの!? 裏で不正を働いて爵位を落とされた者の息子の分際で!」


「……っ!」


 テオドール様が息を呑んだのが分かった。


(テオドール様……)


 数年前の事件。

 テオドール様の父親であるピストリークス侯爵が、武器や食料を敵国であるスフェラ公国に流していたのだ。

 その不正を祝いの場で明らかにされたピストリークス侯爵は爵位をはく奪され、辺境の地に追いやられた。


(オルガノさんが教えてくれたわ。市民たちに不安が広がってはいけないからと、武器を横流しにしていた件については、貴族たちの間に一時的に緘口令が引かれたんだって)


 基本的に爵位を家が継承していく我が国だが、その息子のテオドール様には罪がないからと、当時の国王が温情で伯爵に爵位を落とすにとどめたというのは、国では有名な話だ。


(そして周囲には、テオドール様と目が合うと呪われるとまで言われてしまっていた)


 でも、そんな噂は噂でしかなかった。


(テオドール様は寡黙で時々怖いけど、本当はとても優しい方だわ)


 私は勇気を振り絞るとアーレス様に向かって叫んだ。


「不正を働いたのは、テオドール様のお父上です! テオドール様ご本人には関係ありません! テオドール様は、とっても優しいお方です!」


 私の言葉に、打ちひしがれていたテオドール様がはっとなった。


「アリア」


 アーレス様が叫んだ。


「わたくしが誰だかわかっているの!? 私は二大筆頭貴族の娘! アーレス――」



「そこまでだ」


 その場に、別の誰かの声が響き渡ったのだった。



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