第15話 ドジは禍の門!?






 今日も王城の敷地内にある魔術研究所へと、テオドール様と私の二人は馬車に乗って向かっていた。


「アリア、昨日の弁当、とても美味しかった」


 テオドール様が隣に座る私に向かって唐突に声をかけてくる。

 台詞は爽やかなものだったが、馬車酔いがとにかくひどいせいで彼の顔色は真っ青だった。


「テオドール様、ありがとうございます。だけど、馬車の中で無理してしゃべらなくて大丈夫ですよ」


 すっかり、馬車の中ではテオドール様の介抱するのが当然のようになってしまっていた。

 私が背中を擦ってあげると、彼が返事をくれる。


「アリア、お前がいてくれて良かった」


 私の心臓がどきんと一度大きく高鳴った。


(テオドール様は、あまりしゃべらない方だけど、時々こういう直球な言葉を私に告げてくるのよね。寡黙な方だけど、女性慣れしているのかしら?)

 

 テオドール様は具合が悪そうな表情のまま、ローブの懐から白いハンカチを取り出した。


「あ、それは……」


「アリア、お前に返しそびれていたハンカチだ」


 いつだったかに、オルガノさんの指の手当てに使ったハンカチだった。

 オルガノさんが、主人であるテオドール様に、私にハンカチ返しておいてくれと言っていたらしい。

 先日、草むしりの時に受け取ろうとして、結局受け取れていなかったことを思い出した。


「ありがとうございます」

 

 テオドール様の菫色の瞳が少しだけ明るい気がする。


「アリア、お前は、以前も誰かにハンカチを貸したことがなかったか?」


(以前……?)


 以前とはいつだろうか。


「その、たまにですが、誰かにハンカチを貸すことは、何度かありましたね」


 ハンカチを忘れたと話す友人、アルバイト先のおばちゃんや、近所の子ども。


(数えればきりがないわね)


「そうか」


 テオドール様の様子がなんだか少しだけ寂しそうに見える。


(どうしたのかしら?)


 そんな風にやり取りをしていたら、いつの間にか城に到着した。


 そうして、いつものように、魔術研究所に向かったのだけど……


 向かった先は、なぜかいつもと違ってざわついている。


「どうしたんだ?」


 テオドール様が近くにいた魔術研究員に声をかける。

 魔術研究員は、テオドール様の顔を見て「ひっ」と小さな悲鳴を上げたけれど、すぐに気を取り直して事情を説明してくれた。


「どうやら、大事な研究データが盗まれたらしいのです」


「データが?」


 テオドール様がいぶかし気な表情を浮かべた。


(なんだか大変そう)


 自分とは関係ない話だと思って少々蚊帳の外な気分だ。

 騒然とした場に、金髪に碧色の瞳をした女性――アーレス様が現れた。

 彼女は私を見るなり、きっと睨みつけてくる。


(なに? まだ目の敵にされているの?)


 アーレス様は周囲の皆に聞こえるように大声で話し始めた。


「盗まれた場所には、これが落ちていましたの」


 そうして、アーレスが手に掲げたものは……


「私の、包み?」


 この間、探しても見つからなかった、緑色のお弁当の包み。


「研究データを盗んだ犯人、それは……」


 アーレス様は声を張り上げたまま続けた。


「最近出入りを始めた、そこのアリアとか言う女が犯人でしてよ!」


 アーレス様が私を指すと同時に周囲の視線が一斉に向けられたのだった。


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