第14話 慌てるメイドはもらいが少ない!?

 この数日間、私はテオドール様に連れられて、城の中庭にある魔術研究所に毎日足を運んでいる。

 相変わらず、テオドール様は馬車酔いしていた。

 ちなみに、初日以外はオルガノさんは一緒ではないため、私とテオドール様の二人きりだ。

 ついでにいうと、この数日間、金髪碧目の美人・アーレス様から会うたびに睨まれてしまっていた。


「アリア、そんなに時間はかからないから、ここで待っていてくれ」


 テオドール様からそう言われ、私は昨日と同じく正面玄関目のフロアで待つことになった。

 私はふかふかの紅いソファに座って、目の前にある木でできたテーブルに、そっと緑色の包みを置いた。


(そういえば、今日はなんとかお弁当を作るのに成功(?)したんだった)


 ちょうどもうすぐ昼になる。

 屋敷に帰ってから昼ご飯をとっても良かったが、それだと食べるのが遅くなってしまう。

 そのため、私は太陽が昇る前からお弁当作りに挑戦した。

 卵は焦げるし、野菜の飛沫は顔にかかるし、水差しはひっくり返すしで、散々だったけれど、なんとか出かける直前に完成させることが出来た。

 この間の料理よりも食べれるはずだ。

 おむすびを何個かと、鶏の肉を揚げたものを入れただけだが……


(油を扱うなんて、至難の業だったわ)


 緑色の包みに入った二人分のお弁当を見ながら、悪戦苦闘した朝の調理場に想いを馳せる。

 そんななか……


「べ、弁当がない。し、死ぬ……」


 ピンクの髪に、眼鏡をかけた糸目の男の人が、ふらふらとした足取りで現れた。


「あのう、大丈夫ですか?」


 私は不憫に思って、その男性に声をかけてみた。


「え? ああ、まあ。今日は、彼女が怒ってまして、いつもなら弁当を作ってくれるんですけど、今日は作ってくれなかったんですよ~~」


 男の人は困っているのか惚気ているのか分からない調子で、私に事情を話してきた。

 オルガノさんよりも間延びした喋り方をしている。


「でしたら、こちらはどうですか? 二つあるうちの一つ。食べれはするかと思うんです」


 私は緑色の包みからおむすびを一つ手渡した。


「え? いいんですか~~?」


「はい、どうぞ」


 私がおむすびを手渡すと、男性はおいしそうにたいらげてしまった。


(糸目だからわかりづらいけれど、喜んでくれている)


 男性から感謝を告げられる。


「お嬢さん、本当に感謝ですよ~~! これで午後も乗り切れます!」


(少し間の抜けた喋り方をする男性だな)


「じゃあ、僕はこれで~~この御恩、いつかお返ししますね、マリアさん」


 それだけ言い残すと、糸目の男性は去って行った。


(あれ? 私、名前を教えたかしら?)


 不思議に思っていると……


「すまない、アリア。屋敷に帰ろうか?」


 テオドール様がひょっこりと姿を現した。

 彼が私に向かって手を差し出してきたので、私は頬を赤らめながら彼の手を取った。

 アーレス様に対して、恋人同士だと見せつけたいらしく、魔術研究所に出入りするときには必ず手を繋ぐようにしていた。


(何回つないでも、なれないよ~~)


 いつまで経っても、私は手をつなぐのに慣れなかった。

 だけど、テオドール様の表情は涼し気だ。


(なんだろう? 女性に慣れてるのかな、とか考えたら……なんでだか、もやもやしてしまう)


 手を引かれながら考えていると、私はあることに気づいた。


「あ! お弁当!」


 私は緑色の包みを、テーブルの上に置き忘れていることに気づいた。


「テオドール様、ちょっと失礼いたします」


 私は、彼の手をふりほどいて、慌てて魔術研究所に戻った。

 正面玄関を抜け、フロアのテーブルに近づくと……


「あれ?」


 そこには確かにお弁当箱は二つあったのだが、包んでいたはずの緑色の包みがなくなってしまっていた。


「どこ行ったかな?」


 テーブルの周囲をくまなく探したつもりだが見つからない。


(テオドール様を待たせてはいけないわ)


 そう思った私は、とりあえずお弁当箱だけを抱きかかえることにした。


 その時……


「きゃっ」


「ごめん遊ばせ」


 金髪美人のアーレス様が私にぶつかって、そのまま走り去ってしまった。


(急いでたのかしら? お弁当を落とさなくて良かった)


 そうして、私は魔術研究所を後にしたのだけど、その時は、まさか緑色の包みが事件に発展するなんて思いもしていなかったのでした。

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