第13話 女王の一声
私は驚いてしまった。
(ま、まさか、女王陛下にお声をかけられるなんて……でも、どうして魔術研究所に?)
そうして、彼女の背後から声が届く。
「マリア~~!!!」
ちょっと軽い調子の男性の声。
聞き覚えのある、この声は……
「お兄ちゃん!!」
魔術研究所に現れたのは、ネロ・ヒュドールこと私のお兄ちゃんだった。
青銅色の短髪に垂れたはしばみ色の瞳を持っていて、王国の騎士団の所属を意味する白いコートを着ている。
キリリとしたイケメンなので、意外と女性たちに人気なんだよ、えっへん。
(騎士のお兄ちゃんが、どうして魔術研究所にいるの?)
私の両肩に、お兄ちゃんの大きな両手が置かれた。
普段と違って、ちょっと真面目な表情をしていたので、私の方が緊張してしまう。
「母さんに聞いたぞぉ。マリア、今、ピストリークス伯爵のところに住み込みで働いているんだって? 今日は、伯爵についてきたのか? 目が合うだけで不幸になるとかなんとか、妙な噂が多い方だが、変なことはされていないか?」
「変なことはされてないかな?」
手を繋いだりしたぐらいだが、なんとなくお兄ちゃんと視線を合わせるのが躊躇われた。
「本当かぁ? 高い壺を割って弁償を迫られたり、脅されて愛人みたいな立場にされたり、呼び捨てで名前を呼べとか命じられたり、手を握られたり、肩を抱き寄せられたり、着替えをのぞかれたりしてないだろうな……!?」
「みゃっ!?」
(お兄ちゃん、私の行動を観察してた!?)
そう錯覚するぐらい、なんだか身に覚えのあることを言われて、私は返答できずにいた。
おろおろしていると、女王陛下がお兄ちゃんに声をかけてくれた。
「大丈夫よ、ネロさん。ピストリークス伯爵は、お父様のことがあったせいで色々な噂を立てられてしまっているけれど、ご本人は寡黙で、魔術師としては優秀な人のようなの」
「そうですかぁ? それでも、兄としては心配なんですよねぇ。若い男のところにやるのはちょっと」
「ネロさんが、心配する気持ちも分かりますけれど」
女王陛下はにこにこしている。
(平民のお兄ちゃんに対しても、丁寧だわ。そういえば、女王陛下と言えば……)
「今日は、剣の守護者様はご一緒ではないのですか?」
無礼なことに、私は女王陛下に尋ねてしまった。
私の憧れの人でもある剣の守護者様は、国の二大筆頭貴族公爵家のうちの一人で、国の神器に選ばれた王国最強の騎士様。太陽の名前を持っていて、燃える炎のように紅い髪に碧色の瞳を持った美青年。まさかの私のお兄ちゃんの親友であり、そして……
「あの人には、今日は別の仕事を任せているの。だから、代わりにネロさんについてきてもらっているわ」
(女王陛下の恋人)
本当は女王陛下には婚約者がいた。だけれど、城で竜との戦闘中に、その婚約者はいなくなってしまった。死んだという噂もあれば、失踪しただけだという噂も聞く。元々両想いだった女王陛下と剣の守護者様のために身をひいたのだとも……
(憧れの男性の恋人である女王陛下。もやもやしなくもないけれど……あれ……?)
剣の守護者様のことを思い出していたはずなのに、なぜか頭の中にテオドール様の顔が浮かんできた。
(な、なんで、テオドール様の顔が頭に浮かんでくるの!?)
私が混乱していると、女王陛下が私に向かって微笑みながら話しかけてきた。
「マリアさん。良かったら今後、ゆっくりお城に遊びに来てお茶でも一緒に飲みましょう?」
「へ!?」
突然の女王陛下からの申し出に、私はびっくりしてしまった。
「お、お茶ですか? 平民の私が、女王陛下と!?」
私の勢いにびっくりしたのか、女王陛下は目を真ん丸にしながら話を続ける。
「同年代の女性とお茶を飲むのに、平民だとか貴族だとか関係があるの?」
陛下はきょとんとした表情を浮かべていた。
(そういえば、よくお忍びで街に出て遊んでいるとの評判もある行動力高めの女性だった)
私はドキドキしながら返答する。
「あ、あの、陛下、ぜひよろしくお願いします!」
「良かった。すごく嬉しいわ。ありがとう」
微笑む女王陛下と、どきどきしている私に向かって、お兄ちゃんが声をかけてきた。
「女王陛下、マリア、そろそろ魔術師長に会いに行かないといけません」
「ネロさん、そうだったわね。じゃあ、行きましょうか、ネロさん。またね、マリアさん」
そうして、女王陛下とお兄ちゃんの二人は研究所の奥へと姿を消した。
(まさかこんなところで出くわすなんて……)
しばらくドキドキが落ち着かないままでいると、二階からテオドール様が姿を現した。
彼の姿を見て、少しだけ嬉しくなってしまった自分がいる。
(見知らぬ場所で心細かったのかな?)
テオドール様を見るだけでドキドキしてきている自分のことを、私はそっと否定した。
「待たせたな」
「いいえ」
「アリア、明日からまた城に来ないといけないのだが、ついてきてもらえるか?」
「そうなんですか? はい、わかりました。そうだ、テオドール様」
私がテオドール様に声をかけようとしたところ……
「それならば!」
甲高い声が、魔術研究所に響く。
そこに、ひょっこりオルガノさんが姿を現した。
(今までどこにいたのかしら?)
オルガノさんは早口で喋る。
「それならお二人とも、明日からはより恋人らしくしないといけませんよ! どう考えても、今日の二人はご主人様とメイドの域でとどまっていました! 私が見ててあげますから、さあ特訓です!」
「ええっ? って、きゃああああああああっ」
動揺する私は、何もないところで転んでしまった。
こめかみを指でとんとん叩いていたテオドール様が、慌てて私の身体を抱き寄せる。
私は彼の身体にぎゅっとしがみついてしまった。
「大丈夫か? 何も落ちてはいないようだったが……」
(ふぎゃああああああっ! うっかり抱き着いてしまった!)
私は頬が赤らんでいくのを感じる。
「それ! なんか、恋人っぽいです!」
オルガノさんが叫ぶ。
(こ、恋人っぽい!?)
私の胸のドキドキは、なかなか落ち着きそうになかった。
そうして……
わいわい騒いでいる私達三人のことを、影からのぞいている人物がいることに、その頃の私は気づいていなかったのでした。
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